委員長対談
SNS時代の選挙と労働組合分断する社会の中で労働組合にできることは?
リアルの対話を大切にし、
「違いの中に同じを探す」

中央執行委員長 常見 陽平 千葉商科大学准教授
世代間の違い
安藤常見さんの新著(『50代上等!──理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』平凡社新書)を拝読しました。私は常見さんより10歳ほど年上ですが、それでも違う世代感があるように感じました。常見さんは就職氷河期世代ですね。
常見本を読んでくださり、ありがとうございます。そう、私はまさに就職氷河期世代ですが、この世代には現在の収入や地位はばらばらでも世代的に共通する何かがあると感じています。それは、翼を折られたような、はしごをはずされたような、頑張っても無駄というような自己責任的な感覚です。本では、「自己責任グセ」と書きましたが、それが氷河期世代の生き方に刷り込まれているように感じます。
安藤それが私たちの世代とは少し違うところなのかもしれません。私たちの世代は団塊の世代が敷いたレールがまだ残っていてその上を通ってきたようなところがあります。それから約10年で社会が大きく変化したかもしれません。
2025年は戦後80年を迎えます。この間、社会は大きく変化しました。直近の衆議院議員選挙では与党が過半数割れとなり、各地の首長選挙でもSNSを活用した選挙戦が展開され、これまでとは異なる動きが見られました。労働組合はこうした変化にどう対応していけるかなどをテーマにお話をしたいと思います。
聞けていなかった声
安藤最近の政治の変化をどう見ていますか?
常見私も含め社会の変化を捉えきれていないように思います。衆議院選挙や東京都知事選、兵庫県知事選でのSNS選挙を、大衆扇動型の選挙として見るだけでは不十分で、その背景で何が起きていたのかを読み解かなければいけません。
話が少し寄り道に逸れますが、次のようなエピソードを紹介したいと思います。一つは、2019年に小泉進次郎氏と谷垣禎一氏が毎日新聞で行った対談です。その中で進次郎氏は「れいわ新選組」などの新勢力が議席を獲得したことに対して、「自分たちが聞けていなかった声がまだまだあるなあ」と発言していました。
これと同じようなことを国民民主党の玉木氏からも6年ほど前に聞いたことがあります。彼は「既存政党が振り向いていない層や、拾い切れていないイシューは何か」ということを繰り返し質問してきました。つまり、進次郎氏と同じような思いを持っていたのです。
そう、この時の玉木氏の質問が今、点と点を結ぶ線となって結び付きました。彼は先の総選挙で「手取りを増やす」をキーワードにYouTubeで若者に訴求するという方法で国民民主党を躍進に導きました。彼は、「既存政党が振り向いていない層や、拾い切れていないイシューは何か」をつかんだのです。まさに6年越しの伏線回収でした。
最近の選挙では、小政党が議席を増やしたり、SNSを活用した候補者が票を集めたりして、そのこと自体が分析の対象になっています。ただ、ここで注目すべきは、その背景には一定の支持層がいて、新たな感情が湧き起こっているという事実です。そこにはSNSが一部の声を増幅しやすいという構造はあるにしろ、既存の政党がカバーしきれてこなかった層やイシューが存在することも確かです。進次郎氏が聞けていなかった声がそこにまだあるのです。
その声の特徴は、いわゆる「右対左」とか「保守対リベラル」という視点ではまとめきれません。そうではなく、既存路線、既得権益かそれに対する改革かという視点で捉える必要があります。テレビや新聞といったマスコミが「オールドメディア」と呼ばれ、SNSとの対比の中で語られたことはその象徴です。こうした動きを既存の政党やメディアは捉え切れませんでした。「右対左」でも「保守対リベラル」でもなく、「既対新」「古対新」なのです。
これは労働組合にとっても同じです。労働組合は、「既存政党が振り向いていない層や、振り向いていないイシューは何か」をつかめているでしょうか。つまり、労働組合にとっても、新たに起きている困りごとや、こうなってほしいという人々の願望にどれだけ向き合ってこられたのかが問われているのだと思います。
困っていることは何か
安藤ご指摘のとおりだと感じました。「年収の壁」問題に関しても連合も政策の一つとしてきましたが、そこにスポットライトを当てた国民民主党の戦略が選挙で共感され、支持を得ました。ニーズをうまくつかんだのだと思います。
常見学生に話を聞くと、「年収の壁」の引き上げは、若者の心に刺さったようです。確かに、「年収の壁」の引き上げには財源の問題がありますし、基礎控除や特定扶養控除の引き上げによって若者の抱える問題が根本的に解決できるかというとそうとも言えませんが、一方で学生はアルバイトをたくさんしなければ生活に困るような状況に追い込まれているという実態もあります。そんな現実があるからこそ、訴えが響いたのだと思います。
そもそも論になりますが、みんなお金に困っているという実態があります。学生の話もそうですが、闇バイトが横行する背景にもお金に困った人々の存在があります。この問題はもっと提起されるべきだと思います。
SNS選挙の危うさ
安藤SNSで訴えが拡散されると大きな支持につながります。ただ一方でSNS選挙ではフェイクニュースが拡散されたり、誤った情報に基づいて相手を攻撃したりという危うさを感じることもあります。民主主義は、SNSとどう向き合っていけばいいでしょうか。
常見「ネット炎上」の原型は、1990年代のインターネット掲示板にもありました。さかのぼれば、雑誌の読者投稿欄にも「炎上」はありました。それが加速するようになったのは、2010年代に入ってからです。最近では、既存の政治やメディアが標的となって否定される動きも見られます。既存の政治や経済や組織はダメな、ダサいものとして批判をあおる投稿が拡散されています。
先の衆議院議員選挙では自民党が少数与党になりましたが、第二次安倍政権以降、「一強多弱」の状態が続いてきたことを踏まえるとよかったと思います。それだけ私たちの声が反映されるチャンスが広がったからです。
SNSにしても、それ自体が悪いわけではありません。個人が情報を発信できるようになるのは素晴らしいことです。問題は、その使われ方です。今のSNSは、その中で議論を深めることが難しく、合意形成を図るどころか、分断を深めることすら多くあります。多様性の時代といいつつ、分断が進んでいるという逆説に、私たちはもっと向き合わなければいけません。
安藤インターネット社会における健全性を保つには何が必要でしょうか。
常見ありきたりの答えのように聞こえるかもしれませんが、インターネット時代であるからこそ、リアルでの対話を大事にするというのが私の答えの一つです。これも感情論のように聞こえるかもしれませんが、リアルな場での対話や議論をいかに深められるかが重要なポイントなのではないかと思います。
安藤すごくわかるような気がします。実際、労働組合の活動でも、被災地におけるボランティア活動のようなリアルな体験に対する若年層からの共感は高いです。リアルなつながりの大切さを感じています。
「同じを探す」
常見それと同じでもう一つこだわっていることがあって、これは新著のメッセージでもあるのですが、「違いを尊重しつつ、同じを探す」ということです。私たちは一人ひとりが異なる存在で違う考え方を持っています。それでも、その根本にあって同意できる部分を探すことはすごく大切だと思うんです。
安藤それは民主主義を鍛えることにもつながりますね。
常見私はファシリテーションの研究をしていますが、合意を形成したり、新しい価値を創造したりする際には、対立はありつつも、その中で合意できるところを探すことが必要です。例えば、平和が大事とか、国民生活を豊かにしたいとか。違いの中にある同意できる点、「大きな同じ」を見つけることが欠かせません。
その意味で今年やってよかったことは、中学校の同窓会です。私の出身校は札幌にある普通の公立中学校ですが、50歳になったのを機に同窓会を開催しました。職業も暮らしも何もかもばらばらな同級生が50人集まりました。最終学歴も勤めている会社の規模も、暮らし向きもみんなばらばらです。それでも集まって本当に良かったです。「大きな同じ」を確認することができました。
労働組合にも同じことができるのだと思います。労働組合は、さまざまな働く人たちが集まる組織です。同じ会社で働く仲間、会社は違っても同じ業界やプロジェクトで働く仲間。一人ひとりに違いはあっても、そうやって「大きな同じ」を見つけて、思いを確認し合うのはすごく大事なことではないかと思います。それが分断を乗り越えるための一つの鍵になるのではないかと思います。
安藤まさに労働組合に期待されることですね。人と人とのつながりを大切にした活動を展開していきたいと思います。
先手を取られる労働組合
安藤これからの労働組合に求められる役割についてどう思いますか。
常見労働者の権利を守るために企業と交渉し、働く人のための政治を実現するという意味で、労働組合に求められる役割自体は変わらないと思います。ただ、それを達成するための難易度が高くなっているとは言えます。あえて苦言を呈すると、社会や会社の変化のスピードに労働組合が追い付けていないのではないかと感じます。
この10〜20年の間にも労働組合が勝ち取った成果はたくさんあります。ただ、それが目立たなくなっているのも事実です。私は、第二次安倍政権のことを「右投げ左打ち」と呼んでいます。安保法制や特定秘密保護法のような右寄りの政策を掲げつつも、「働き方改革」や「女性活躍推進」のように左派が元来訴えてきたことも取り入れてきたからです。その中で労働組合の成果が見えづらくなりました。
それは会社との関係でも同じです。会社が社会の変化のスピードに合わせるために次々と新しい施策を打ち出す中で、労働組合は会社に先手を取られているように見えます。政府や会社の動きに対して、労働組合として訴えるべき論点を封じられ、その存在が見えづらくなったのではないかと思います。経営側が働きやすい環境づくりをどんどん進める中で、労働組合はもっと危機感を持つべきです。
先ほどの政治との話とも共通しますが、ここでの大事な論点は、人々が今困っていることや、その原因は何かを探ることです。労働組合は、政府や会社が振り向いてこなかった層やイシューを拾い上げ、形にしていく必要があります。
働く人の価値観に合わせる
常見もう一つは、働く人の価値観の変化に向き合うことです。いまや「石の上にも半年」といわれるように、同じ会社でずっと働くという世界観は急速に薄れています。この変化に対応するためには、労働組合も闘い方を見直さなければいけません。例えば、グローバル化がますます進む中で、日本企業で働くトップクラスのエンジニアの待遇はこの程度でいいのか、ということも問われます。そのためには要求に用いる指標を変えることも検討材料の一つです。対前年比の上げ幅を要求の指標にするので良いのか。違う指標を用いることも考える必要があります。
また、1社で長く働くことを前提としない場合、労働組合に入って良かったと思える機能を考える必要があります。突き詰めていえば、会社の枠を超えた団結や連帯だと思います。日本全体のエンジニアの待遇を良くしていく。情報労連が頑張ってくれたから末端のIT企業でも労働者の待遇が向上した。こうした役割発揮が求められていると思います。
経団連が2024年12月に2040年を念頭に置いた報告書「FUTURE DESIGN 2040」を発表しました。これに対する連合からのアンサーは絶対に必要です。日本の働き方はこうあるべきだ、エンジニアの働き方はこうあるべきだという理想像を連合や情報労連が掲げてほしいと思います。
安藤おっしゃるとおりで、連合は「働くことを軸とする安心社会」という政策を掲げていますが、働く人たちも含め社会にそのイメージを十分に伝え切れていません。連合や情報労連は何を実現しようとしているのかビジョンをもっと示す必要があると感じます。
楽観的に捉える
安藤最後に、常見さんは、日本の将来について楽観的に捉えていますか、それとも悲観的に捉えていますか。
常見「楽観的に捉えましょう」というのが私のメッセージです。悲観的に捉える材料はいくらでもあります。少子高齢化や巨額の財政赤字、硬直的な政治経済や地政学的なリスクもあります。それでも楽観的に前向きに捉えるべきこともたくさんあります。私は、日本のIT企業には底力があると信じています。コンテンツ分野では新しい才能が次々と生まれています。中高年が増えるといっても、その力をいかに活用するかが大事です。新しいことをしようとする人はたくさんいます。面白い国にすることは十分に可能です。諦めることはありません。楽しくいきましょう。
安藤前向きに楽しく運動を展開していきたいですね。本日はありがとうございました。
