武器輸出の解禁をどう捉えるべきか武器輸出解禁がもたらすリスクとデメリット
平和こそが生活と経済を支える

(写真:zapper/PIXTA)

NPO国際地政学研究所理事長
理念から離れる現実
日本国憲法第9条は、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定めています。武器の輸出は国際紛争を助長することになり、この理念に反します。その表れとして日本は、武器の輸出を禁止してきました。
それが変わり始めたのは1980年代の終わりごろです。当時は、冷戦が終わる直前のタイミングで、貿易摩擦を背景にジャパンバッシングが激しくなっていました。そうした中、日本の次期戦闘機開発にアメリカが介入し、結果的に日米共同開発が行われることになりました。このときの理屈は、日本の装備品の高度化のために武器技術を含めた輸出を認める必要があるというもので、あくまで日本の防衛上のニーズが前提でした。
第2次安倍政権以降、そうした前提が変わっていきます。対テロ戦争や中国の台頭を理由として、東南アジアも含めて防衛装備品の輸出や協力が必要だという論理が高まっていきました。その中で安倍政権は2014年、「防衛装備移転三原則」をつくり、それまで事実上禁止されてきた武器輸出を解禁しました。このときは殺傷力のある武器の輸出は禁止し、救難や輸送、警戒、監視、掃海といった「5類型」に限ることにしましたが、そこには、中国の台頭に対応するための地域のパワーバランスの維持という観点が加わり、日本の防衛上のニーズという従来の枠組みから逸脱していきました。
この流れが、今回の武器輸出の解禁でさらに加速しました。今回の改定は、「5類型」の縛りをなくし、殺傷・破壊能力のある武器の輸出も含めて全面的に解禁するものです。その理屈は、国際紛争を助長しないために武器を輸出しないという元来の理念とは、大きくかけ離れています。すなわち、日本の有事に備え継戦能力を高めるためには防衛産業を維持する必要があり、そのためには武器の輸出が必要で、それは経済成長のエンジンにもなるという論理です。ここには国際紛争を助長しないという理念の影すら見当たりません。
武器輸出のリスクと
失うポジション
武器輸出が解禁されると、輸出相手をどう選ぶのかが重要な問題となります。現在は、日本と防衛装備移転協定を結ぶ国(17カ国)に限定されています。この中には、例えばUAEやフィリピンも含まれます。UAEはイランから攻撃を受け事実上の戦闘状態にありますし、フィリピンも中国との間で物理的な衝突が起きています。現在のルールでは、現に紛争当事国でなければ輸出できることになっていますが、こうした国々はすでに潜在的な紛争当事国になっています。現時点でも輸出に当たっては難しい判断を迫られることになります。
さらに、輸出先の国が実際に紛争当事国になった場合、本当に武器輸出を止められるのでしょうか。現実的には、戦争が始まったときこそ武器が消耗されます。それを踏まえれば、戦争が始まった際に相手国の要請を断って、武器の供給を止めることが本当にできるでしょうか。
このように考えれば、武器輸出を解禁すれば、日本は否応なしに国際紛争の一方の当事者に加担することになります。そうなれば、日本の行為は敵対行為とみなされ、日本自身が紛争当事国として戦争に巻き込まれる危険性が高まります。
加えて、手続き上の問題もあります。今回のルールでは、武器輸出の判断は国家安全保障会議で審査し、決定されることになりますが、国会への報告は事後通知にとどまります。最低限、国会での事前承認という手続きがなければ、歯止めがない状態に陥るリスクがあります。
それだけではありません。日本が一方に加担して武器を売ることになれば、公正な第三者として仲介役を担うことも難しくなります。武器輸出の解禁は、日本が外交によって紛争を終結させるというポジションを失うことにもつながるのです。
イラン戦争が突き付けた現実
私たちが直面しているより現実的な問題は、アメリカが国際法上違法な戦争をイランに対して実行したことです。今回のルールでは安全保障上、特段の事情がある場合は、紛争当事国への武器輸出も個別に判断できることになっています。特段の事情にアメリカからの要請が含まれるとすれば、日本は国際法上違法な戦争をしているアメリカに武器を輸出することも可能になるわけです。日本の国のあり方としてそれが妥当なのかという大きな課題に直面せざるを得ません。
このような意味で、武器輸出の解禁は、戦後日本の大きな転換点にあたります。にもかかわらず、国民に対して広く情報を公開し、説明責任を果たす仕組みは整備されていません。こうした状態が本当にいいのか。私たちは考える必要があります。
戦争のリアリティー
武器輸出の解禁は、戦争のリアリティーの面からも課題があります。イランでの戦争では、膨大なミサイルが使われています。ミサイルの数が継戦能力と密接にかかわっているわけです。しかし同時に戦争のリアリティーを見ると、継戦能力を担保するミサイルそのものが攻撃対象になることがわかります。そのため、ミサイルが配備されている基地や生産されている工場が攻撃対象になります。さらにそのターゲットは、産業一般や交通インフラにも拡大していきます。
このような現実を踏まえれば、日本の防衛産業の工場そのものも攻撃のターゲットにされるわけです。仮に防衛産業を強化するのであれば、それを守るために工場を地下に作るなどの対策を取る必要がありますが、それには膨大な費用がかかります。現在の議論には、こうしたリスクやコストの側面が欠けています。
加えて、武器輸出を解禁し、それを経済成長のエンジンにするのならば、売れば売るほどもうかる構造が生まれ、防衛産業の膨張に歯止めが利かなくなります。それは私たちが想像する平和国家の姿とはまったく違う姿のはずです。
平和が経済と生活を支える
今回のイラン戦争で私たちが直面したのは、ホルムズ海峡が封鎖され、原油が入ってこなくなれば、日本は立ち行かなくなるという現実でした。だからこそ、武力で何かを得るより、戦争が起きず平和であり続けることこそが、私たちの生活や経済を支える上で最も大切なのではないでしょうか。世界各地で戦争が起きている中、「武器なら需要がある」という方向へ流れて本当にいいのか。立ち止まって考える必要があると思います。
日本の戦争体験や被爆体験を生かした外交を展開すれば、国際世論に大きな影響力を発揮できるはずです。そうしたビジョンを描くのか、それとも武器を輸出して目先のお金を稼ごうとするのか。どちらを選ぶのかは国民の選択です。その意味で私たちは日本の姿が変わる大きな転換点に立っています。
![情報労連[情報産業労働組合連合会]](/common/images/logo_ictj.png)

