特集2026.06

職場のダイバーシティ施策を進めよう
ジェンダー、LGBTQ、外国人材、ニューロ、年齢
脳や神経の発達の多様性を尊重
職場におけるニューロダイバーシティに
どう取り組むか

2026/06/15
脳や神経、それに由来する特性の違いを多様性として捉え、誰もが働きやすい職場の実現をめざすニューロダイバーシティという考え方が広がっている。なぜ今、その考え方が注目されているのか。職場ではどのような実践が必要なのか。職場のダイバーシティ研究者に聞いた。
船越 多枝 大阪経済大学経営学部准教授

ニューロダイバーシティとは

ニューロダイバーシティとは、Neuro(脳や神経)とDiversity(多様性)をかけ合わせた言葉です。経済産業省は、ニューロダイバーシティを「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」とする考え方としています。自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害で生じる現象は、能力の欠如や優劣ではなく『人間のゲノムの自然で正常な変異』と捉える概念と説明しています。

ニューロダイバーシティという考え方が広がったのは1990年代以降です。オーストラリアの社会学者であり、自身も自閉症の当事者であるジュディ・シンガー氏がこの言葉を用いたことで広まったとされています。

この概念が生まれるまでは、脳の非定型的な発達は、医療による治療や矯正が必要だと考えられていました。いわゆる「医療モデル」といわれるものです。これに対して、ニューロダイバーシティの概念では、脳の非定型的な発達は人間の自然な違いであり、定型発達と比較せず受け入れようという「社会モデル」の考え方に立っています。

経営学との関連では、2017年のハーバードビジネスレビューに「ニューロダイバーシティ:『脳の多様性』が競争力を生む」という論文が掲載されたことによる注目が大きいと思います。著者であるAustin&Pisanoは、発達障害の特性がある人たちが、特にIT分野の高度人材として活躍している事例を紹介しました。当事者の特性を組織の強みとして捉える視点が広がったことで、経営学の分野においてニューロダイバーシティという考え方が注目されるようになりました。

従来の施策との違い

こうした流れを受けて近年、日本でもニューロダイバーシティの考え方が広がりつつありますが、その背景にはいくつかの要因があると捉えています。

まず一つ目は、少子高齢化がますます進む中で多様な人材に労働に参加してもらう必要があることです。

二つ目は、SDGsをはじめ、社会の多様性を尊重する考え方が広がっていることです。

三つ目は、海外企業の先進事例です。特にIT企業を中心に、ニューロダイバーシティの特性を持つ人材が、強みを生かし仕事に従事する事例が示され、注目されました。これらの点から、日本でも関心が高まってきたと考えます。

では、ニューロダイバーシティと、ジェンダーや国籍といったダイバーシティとの違いは何でしょうか。その一つはニューロダイバーシティ当事者の特性や困難が外からは見えにくい点です。

例えば女性活躍推進では、もちろん個々の事情は異なるものの、出産や育児といったライフイベントが共通した課題の一つであり、これらに対しては制度や支援策を整備しやすい側面があります。

これに対して、ニューロダイバーシティは、その特性が外からわかりにくいという特徴があります。加えて、障害者手帳を持っている人もいれば、診断を受けていない人もいます。「そういう特性が少しあるかも?」という「グレーゾーン」に当てはまりそうな人もいるでしょう。そのため、困りごとや必要な配慮の内容も一人ひとり異なり、統一的な施策を整備しにくいという課題があります。つまり、ニューロダイバーシティでは、これまでのダイバーシティ施策より、粒度の細かい対応が求められると言えます。

ただ、こうした対応は、すでに日本企業に求められています。2024年4月からは、障害者差別解消法の改正によって、事業者には障害のある人への合理的配慮の提供が義務付けられました。ここでの「障害者」には、発達障害や高次脳機能障害のある人も含まれます。さらにその対象は、障害者手帳を持っている人だけに限りません。企業には、働く人から申し出を受けた際には過重な負担にならない範囲で、働きづらさの障壁を取り除く対応が求められています。

この点においては、働く側からの意思表示も大切です。企業は働く側の意思表示を踏まえ、建設的な対話を重ね、対応を検討する必要があるからです。

具体的な実践内容は?

では、ニューロダイバーシティにおいて人事関係者には、具体的にどのような対応が求められるでしょうか。この点においては、損保総研が2023年に公表した土持寛樹氏のリポートが参考になります(「企業のニューロダイバーシティへの対応」)。このリポートでは、イギリスの保険業界の取り組み事例が紹介されています。事例の一つのイギリスのアビバ社は、「職場をより親しみやすいものにするための5つのステップ」を設定しています。具体的には、(1)物理的な環境への配慮、(2)明確な意思疎通、(3)従業員の教育、(4)ポジティブな言葉の使用、(5)ニューロダイバーシティに関する職場方針の作成の5つです。このうち(1)では例えば、「騒音や光に敏感な人がいるため、調節可能な照明やスクリーンパーテションを設置するなどの工夫をする」、(4)では「ニューロマイノリティ人材や特殊な学習に困難さを持つ状態にある人に対して『苦しんでいる』といった表現を用いない」といったことが記載されています。このように従業員がニューロダイバーシティの理解を深めるガイドラインの作成は、実践的取り組みの好事例でしょう。

ニューロダイバーシティの当事者でなくても、上司に困りごとを相談したり、物理的な環境の改善や風通しの良いコミュニケーションは重要です。ニューロダイバーシティの取り組みを通じて、すべての従業員の働きやすさを向上させるという前向きな姿勢が大切です。

お互いさまの職場へ

ダイバーシティ施策の推進には、職場の管理職(ミドルマネジャー)の役割が重要になります。そのため、企業としては管理職がマネジメント業務に専念できる環境を整備することや、管理職が参考にできる社内の好事例の共有が求められます。

同時に大切なのは、職場での雑談やあいさつといった日常のコミュニケーションです。ダイバーシティの推進には、職場レベルでの柔軟な対応が求められます。その際、職場でのコミュニケーションが少ないと個々のちょっとした事情を把握できません。職場の他愛もない雑談も、実は個別の事情を共有するためには重要です。そしてそれは、互いの特性を理解し合うための場にもなるでしょう。

ダイバーシティ施策は、マイノリティーのためのものと考えられがちですが、誰もがマイノリティー側の立場になる可能性は常にあります。普段からコミュニケーションをよくとり、まず互いの事情や考えを知ることが必要です。それが互いの事情の深い理解と、助け合う職場につながります。そして、その相互サポートは、結果的に職場や組織のパフォーマンスも向上させていきます。

労働組合は、そうしたコミュニケーションを活性化する上でも重要な組織と考えます。職場のダイバーシティを促進する上での、労働組合の役割発揮を期待しています。

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