特集2026.08-09

変わりゆく世界の中で平和を訴える意味
暮らしを守るために必要なこと
高市首相の政治ビジョンとは?
「平和国家」ブランド捨てても経済成長至上主義
異なるビジョンの提示が必要

2026/08/13
武器輸出の解禁をはじめとして戦後日本政治が大きな分岐点に立っている。高市首相はどのようなビジョンに基づいて政治を変えようとしているのか。それに対抗する側はどのようなビジョンを示せるのか。
田中 信一郎 千葉商科大学教授

二つの社会システムのビジョン

高市首相の政治ビジョンは、施設方針演説からある程度読み取ることができます。そのビジョンを分析する前に、まず社会システムに関する二つの考え方を整理しておきましょう。

一つ目は、経済成長を前提とした社会システムです。このシステムは、経済成長が、賃金や年金をはじめとしたさまざまな社会システムを維持するための前提となっています。そのため、経済成長すれば人々の暮らしは良くなるし、将来に向けた不安も解消されることを前提としています。しかし、逆に言えばこのシステムでは、経済成長しなければ暮らしは良くなりません。現実の日本経済は過去30年にわたって低成長が続いてきました。それによって、このシステムのさまざまな課題が明らかになっています。

二つ目は、経済成長に依存せず、低成長に合わせて社会システムを変えるビジョンです。このビジョンの下では、例えば賃上げは、成長の果実として行われるのではなく、格差是正などの政策目標を達成するために行われます。このように社会システムに関する異なる二つのビジョンがあります。

高市首相の経済成長至上主義

では、こうしたビジョンに照らした場合、高市首相の政治方針はどのように分析できるでしょうか。高市首相の政治ビジョンはある意味明確です。それは経済成長を至上の目標とした上で、その実現のために働く人を駆り立てるという考え方です。その考え方は、「成長のスイッチを押しまくる」という発言や、「働いて、働いて」という発言にもよく表れています。高市首相としては、人々の暮らしは経済成長すれば良くなるのだから、それが実現するまで頑張って働いてくださいというものであり、経済成長を追い求める政治ビジョンが明確です。実際、労働時間規制の緩和の検討指示は、そうした考え方の延長線上にあると言えます。

その上で高市首相の特徴は、経済成長のための国家の介入を積極的に認めている点にもあります。武器輸出の解禁はその一つです。この施策からは、日本が長年にわたって築いてきた平和国家というブランドを捨ててでも経済成長したいという意欲が伝わってきます。日本の防衛産業は従来、自衛隊に武器を供給する国内志向型の産業でした。しかし、これが武器輸出の全面解禁によって輸出志向型へと転換すれば、日本は自国経済の成長のために他国の戦争に依存することになりかねません。武器輸出の全面解禁は、戦後政治史の大きな分岐点の一つだと言えます。

大きな二つのリスク

このように高市首相の言う「強い国」の背景には、経済成長至上主義があります。高市首相は、武器輸出も含めて経済成長を追求しようとしています。

ただし、こうしたビジョンには大きく二つのリスクがあります。

一つ目は、経済成長を追い求めるからといって経済成長するとは限らないということです。「アベノミクス」を含め、これまでの自民党政権は経済成長を追求してきましたが、結果として低成長にとどまっています。経済成長を追い求めたとしても、それが実現するとは限らず、むしろ実現しない可能性の方が高いということです。

ここに大きなリスクが潜んでいます。つまり、社会システムが経済成長を前提としているからこそ、それが実現しなければ人々の暮らしは良くならず、いつまでたっても生活は苦しいままという状態が続いてしまうことです。

もう一つのリスクは、経済成長という大義名分のために、さまざまな犠牲が許容されてしまうことです。労働時間規制の緩和はその最たるものです。最低賃金の引き上げ目標の先延ばしも、こうした考え方に基づくものと言えるでしょう。

さらに労働者だけではなく、民主主義のあり方も犠牲の対象になり得ます。例えば、国会で議論された「議員定数削減」は、その具体例の一つです。与党は、比例代表の定数削減を提案しましたが、それは少数政党の意見を排除してよりスピード感ある政策決定をしていくことが、経済成長のために必要だと考えているからではないでしょうか。

さらに大きな問題は、武器輸出解禁に伴う平和国家ブランドの喪失です。これは日本が築き上げてきた国家ブランドを経済成長のために犠牲にすることを意味しています。これらは経済成長至上主義がもたらす大きなリスクだと言えます。

対抗するビジョンを示せるか

では、高市首相のめざすビジョンに対して、野党はどのようなビジョンを示せるでしょうか。

鍵となる考え方は、やはり経済成長に対する考え方です。重要なのは、低成長に合わせた社会システムの変革を提示できるかです。

現在の日本のシステムは、人口増加や経済成長を前提に形成されています。しかし、その前提は大きく変わっており、システムそのものを見直す必要性が高まっています。例えば、賃金に対する考え方もそうです。賃上げは経済成長しなければ実現しないということではなく、格差是正などの政策目標を達成するために行う。住まいの不安がないように家賃補助などの公共サービスを充実させていく。このように個人消費を支える政策を展開すれば、低成長であっても安定的な個人消費に支えられ、経済の持続可能性は高まります。経済成長しなければ暮らしを支えられないというのではなく、暮らしを支えることで経済の安定性を高めるという考え方です。こうしたビジョンを高市政権に対抗する側が示せるかどうかが重要だと考えています。

持続可能な経済へのビジョン

野党の大切な役割は、政府に対するチェック機能だけではなく、政権与党とは異なる社会ビジョンを有権者に提示することです。ただ、野党がそうしたビジョンを有権者に明確に示せているかというと現状では弱い部分があります。

野党に期待したいのは、国会に提出された法案への賛否を含め、自らが有する社会的なビジョンから論争を展開してほしいということです。それぞれの法案などに関して、綱領をはじめとしたビジョンに基づき賛否を表明することで、なぜそうした主張をするのかについて一貫した姿勢を伝えることができます。

同時に経済成長至上主義とは異なるビジョンがあることを労働組合の中でも議論を進めてほしいと思います。経済成長を前提とするシステムと現実の低成長との間に生じる矛盾は、ワーキングプアの増大という形で顕在化しています。そのシステムを見直さなければ、中間層から転落する人がより増えることが懸念されます。現状のシステムに対して、「経済成長すればうまくいく=しないとうまくいかない」ということではなく、「暮らしを支えることで経済を持続可能なものにする」というビジョンを示すことができます。その際のキーワードは、「格差是正」です。労働組合が職場集会などを通じて、これらのビジョンについてまずは議論することが大切だと思います。

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