特集2026.10

「支え合い」の大切さを見つめ直す自分のお金だけでは生活は成り立たない
税で支え合うことで自由になれる

2026/10/14
税や社会保険料は単なる負担ではなく、病気や失業などの不安から私たちの生活を守り、自由に生きるための土台でもある。自分のお金だけでは生活は成り立たない。みんなで支え合うからこそ成り立つ。財政で支え合うことの意義を考える。
高端 正幸 埼玉大学教授

税の必要性とは

私の財政学の授業では、初回に次のような話をします。

「今日がごみの日だったら、大学に来る前に収集場所にごみを出してきますね。それが夕方になったらなくなっている。それは誰のお金でまかなわれていると思いますか。みんなの税金ですね」

そこから続けて、家を出てから歩いてきた道路、皆さんが勉強してきた小学校や中学校、病気になったときの病院──といった話をします。

このように私たちの生活は公共サービスなしではとうてい成り立ちません。だからこそ、私たちは税金を互いに負担し合って、みんなにとって必要なことを社会全体で整える共同作業をしています。

では、税や社会保険料をなくしたら自分たちの生活はどうなるでしょうか。例えば、病院に行ったら診察代も薬代も全額自己負担。でも、そうしたことは十分に意識されず、税や社会保険料の負担ばかりに意識が向かっているのが現状ではないでしょうか。その背景には、増税をしなくても国の借金を増やせば対応できるとする考え方もあるように思います。その結果、みんなに必要なことを、税を出し合うことで提供するという機運が高まらなくなっているように感じます。

経済発展とともに拡大

もう一歩、踏み込んで考えるとすれば、自分のお金だけで生活を維持できる人は、社会の中で多くありません。医療費や薬代もすべて自己負担、保育や介護も、子どもの教育も税でまかなわれないとしたら、そのすべてを自分のお金でまかなえる人はほとんどいないでしょう。だからこそ、私たちの社会は、みんなの生活に必要なことについてはお金を出し合って、公共サービスを生み出してきました。冒頭のごみ収集の話もそうです。経済が発展して都市化が進めば、街に人口が増えてごみも増えていきます。それをきちんと処理できなければ、衛生環境が悪化して、社会問題に発展します。失業手当や職業訓練といった雇用保険も資本主義経済の発展とともに公共サービスとして整備されてきました。

このように現在ある公共サービスは、歴史的な根拠があって整えられてきました。もちろん民間に任せられる部分は任せるといった見直しは必要ですが、その見直しには慎重であるべきです。

自分のお金の限界

自分でお金を出して自分の好きなモノやサービスを買うということは、市場経済の基本です。多くの人にとって「自分のお金は自分で好きなように使いたい」というのは、直感的にわかりやすい考え方だといえるでしょう。しかし、ここには二つの課題があります。

一つ目は、お金がなければ、必要なモノやサービスがあってもそれらを買えないということです。もう一つは、お金があったとしても、そのモノやサービスにアクセスできなければ、それらを利用できないということです。例えば、ある人が住んでいる地域に病院がなければ、お金があっても医療サービスを受けることはできません。このように現実的には市場に任せるだけでは解決できない課題があります。

税や社会保険料による財政は、こうした課題に対応するためにあります。つまり、みんなでお金を出し合って、お金に困った人には現金で所得を保障する。また、どこに住んでいてもモノやサービスにアクセスできるように体制を整えておく。このように財政は、日頃から負担する余裕に応じてみんなで税金を出し合っておくことで、必要なときに必要なサービスを受けられ、家計や生活が破綻しないようにする仕組みだといえます。

支え合うからこそ自由

税や社会保険料への負担感が強まる一方、NISAなどを活用して自力で将来に備えようとする意識が強まっているように感じます。しかし、自力で将来に備えることが難しいからこそ、みんなで負担を分かち合い、支え合おうと考えることもできるはずです。そこに財政の大切さを見つめ直す契機があるのではないでしょうか。

ご承知のとおり、賃金がなかなか上がらず、物価上昇が続く中で、家計に余裕を感じられない人が数多くいます。すると税や社会保険料に払うお金が1円でも少ない方がよいと考える人もいるでしょう。ただ、そのように少しずつお金を節約したとしても、病気や失業などに直面すると生活は一気に行き詰まります。そうなった場合でも生活不安に陥らない保障があるということは、病気や失業といった不安から私たちを自由にしてくれることでもあります。

自由とはどんな状態でしょうか。例えば、将来の生活への不安から、どんなに過酷な働き方でも我慢しなければいけない状態は、自由といえるでしょうか。自由とはいえないはずです。不確定要素の多い世の中で、税を出し合っているからこそ、自分の生活が深刻な危機にさらされることはないという安心感を持てる。こうした状態こそ、不安から解放された自由な状態なのではないでしょうか。

そうした意識を国民が共有することに一定程度、成功してきたのが北欧の国々です。北欧諸国にもさまざまな課題はあります。ただ、北欧諸国の人たちは高い税金を払っていても、日本の私たちより自由を享受しているといえます。例えば、スウェーデンの若者は、高校を卒業して大学入学する前に半年間くらい自由な時間をつくってインターンをしたり、入学後も休学して自分の好きなことをしてから復学したりします。卒業後に大学に入り直しても学費はタダです。こうして30歳くらいまで、いろいろな経験をしてから自分の職業を見定めていくことができます。こうしてみれば、スウェーデンの若者たちは、高い税金を払っているかもしれませんが、日本の若者たちより自由を享受しています。つまり、税を出し合うことで自由になれる環境を整えているのです。

参加と「受益感」

スウェーデンで高い税金が一定程度、許容されている背景には、税金の使い道に関して、自分たちも意思決定に参加しているという感覚があるからです。例えば自治体では、道路をどうするか、公園をどう使うかといった身近な問題についても、住民を巻き込みながら議論して政策を決めていきます。そうした経験があるからこそ、「税金は取られるもの」ではなく、「みんなに必要なものを実現するために出し合うもの」という意識が生まれやすいのだと思います。

こうした感覚を共有するためにもう一つ重要なのは、「受益感」です。税金は弱者を救うためだけではなく、みんなのニーズを満たすために負担するものです。その「みんな」の中に自分も含まれていると感じることが大切です。

その点、医療や介護などの自己負担割合の引き上げは、「受益感」を弱める方向に作用するといえます。高い自己負担を求められれば、負担感だけが残って税や社会保険料を払う意味を感じづらくなるからです。公共サービスは、なるべく無償に近い形で提供されることが大切です。

こうした政治参加や「受益感」があってこそ、「税金は、みんなに必要なものをみんなで支え合う大切なもの」というメッセージが、きれい事ではなく人々の意識の中に根付いていき、支え合うことで自由になれるという実感を持てるのだと思います。

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