特集2026.07

AIが働く人に与える影響
働き方や労務管理はどう変わるのか
AI化で進む「労働の実質的包摂」
知識や技術を明け渡した
先にある仕事の姿とは?

2026/07/13
AIの利活用が進むほど、私たちの知識や技術はデータとして蓄積され、AIの分析対象になっていく。その結果、私たちの仕事はAIに指示されるものに変わっていく可能性がある。AIによる「労働の実質的包摂」にどう向き合うべきか。識者に聞いた。
三家本 里実 福島大学准教授

「労働の実質的包摂」とは

資本主義社会における労働や生産の目的は、利益や価値を生み出すことです。資本主義の下では、企業の仕組みや働き方も含め、あらゆることがその目的に資するように形を変えることが求められます。「労働の実質的包摂」という言葉は、その一環として捉えることができます。

「労働の実質的包摂」において、企業は、労働者の知識や技術を吸収しようとします。なぜなら、企業が利益を生み出すためには、労働者が企業の指示どおりに働くことが必要だからです。例えば労働者が本来100を生産できる能力を持っているのに、それを隠してわざと50しか生産しないとすれば、企業は本来生産できる量の半分を失うことになります。だからこそ、企業は労働者の持つ知識や技術を吸収して、生産を主導したいと考えます。

企業がそれらの知識や技術をすべてはぎとった状態が、「資本の下への労働の実質的包摂」と呼ばれます。その状態の下では、労働者は企業の命令に対抗する余地がなくなり、企業の指示どおりに働くしかなくなります。

AIと「実質的包摂」

労働の場面におけるAIの利活用は、こうした「実質的包摂」とどうかかわるでしょうか。技術を用いた「実質的包摂」は、これまでにもありました。いわゆる自動化やIT化もその流れの一つです。

AIがこれまでの流れと違う点はいくつかあります。一つは、AIがなぜそうした回答をしたのかが管理者側にもわからない点です。AIの回答生成のプロセスはブラックボックス化しているため、なぜその結果が出たのか、それを利用する側の企業にもわかりません。そのため労働者が企業に対して説明を求めることや、企業側が説明責任を果たすことが難しくなります。

その上で、より重要なのは、AIの活用によってこれまで以上に「実質的包摂」が進みやすくなることです。IT化によって仕事のあらゆる情報がデータ化される中で、AIの進化によって膨大なデータを分析できるようになりました。IT機器の利用が仕事に不可欠になる中で、それを使えば使うほどデータが自動的に蓄積され、AIによって分析されていきます。こうした状態では労働者がデータの収集に抵抗する余地がどんどん小さくなり、「実質的包摂」が進みます。

さらに興味深いのは、労働者側もAIの利用を抵抗なく受け入れているように見えることです。最近ではAIの利活用を昇進や昇格の条件にする企業も出てきていますが、労働者側もそれを自然に受け入れています。「実質的包摂」の観点からすれば、労働者が知識や技術を明け渡すほど抵抗の余地は小さくなるはずですが、現状では労働者自身がそれを積極的に活用しています。その結果、AIによる「実質的包摂」は、労働者とのあつれきを生まないまま進む可能性があります。

その先にある働き方

この背景には、職場だけではなく、日常生活にもAIの利用が浸透していることがあるように感じます。最近の大学生を見ていても、人間関係を含めてあらゆることをAIに質問していて、AIを使うことに対するハードルはほとんどないように思います。こうした日常的な行動が職場でのAI利用にも浸透していると感じます。

AIが進化しても、人間の直観力や組織間の調整力、いわゆる「暗黙知」はAIに代替されづらいという見方もあります。しかし、あらゆるデータが蓄積され、AIによって分析されれば、そうした「暗黙知」などもいずれはAIに代替される可能性があります。

問題は、労働者が知識や技術をAIに明け渡すほど、企業の命令に抵抗する余地が小さくなることです。実際、プラットフォームワークではアプリの指示どおりに働くことが求められており、「実質的包摂」が進んだ状態だと指摘できます。さらにAIの利活用が進めば、ホワイトカラーの職場でも同様の事態が広がる可能性があります。実際、私が見聞きした話でも、AIの指示に従って社内システムを構築したエンジニアは、AIのおかげでシステムは短時間で完成したものの、AIに指示されるばかりで達成感を得られなかったと言っていました。このようにAIの指示の下で仕事のやりがいが失われる事態は、今後ますます広がっていくかもしれません。

どう向き合うべきか

こうした「実質的包摂」に対して、働く側はどのように向き合うべきでしょうか。ITが職場に浸透し、それがなければ仕事にならない現実がある中で、企業にデータを明け渡さないことだけを運動の中心に据えるのは難しいと思います。

大切なのは、どのようなデータを収集し、それをどのように利用しているのかを納得できる形で運用することです。そのためには、労働組合がデータの収集や利用方法について企業と話し合える環境をつくることが重要です。さらに、AIを技術的な問題として専門家任せにするのではなく、よりよいAIのあり方について働く側の声を反映させていくことも必要だと思います。例えば、アマゾンの配達員は、アプリが明らかに間違ったルートを示した場合、それに従わず正しいルートを選択することで、よりよいデータをアプリに提供していると話していました。データを明け渡さないという抵抗ではなく、AIをより良いものにするという発想は、今後の運動を考える上で参考になりそうです。

新たな価値の提供

AIは日常生活に浸透し、労働の場面でも多くの人が違和感なく受け入れており、AIが持つリスクに気付く機会は少なくなっているのかもしれません。

しかし、「実質的包摂」が進めば、労働者は指示に従うだけの従属した存在に陥り、仕事はつまらないものになっていく可能性があります。

こうした状況を変えるためには、AIが提供できない経験や人間同士のつながり、創造性をどのように取り戻せるかが鍵になるのではないでしょうか。

世界的にもそうした議論が展開されるようになっています。従来の左派的な社会運動は、経済成長のパイをいかに公正に分配するかを中心に議論してきました。しかしそれだけでは、AIのような魅力的なサービスに対抗できないとして、テクノロジーとは異なる魅力ある何かを提供できるかどうかが問われるようになっています。その問いへの答えが、今後の方向性を左右するのかもしれません。

「実質的包摂」は労働の場面での議論でしたが、それを超えて資本主義による包摂が日常生活全体に及ぶという「総体的包摂」という議論もあります。つまり、労働に関する知識や技術だけではなく、生活に関するあらゆる情報が資本主義の下に包摂されていくという議論です。私たちの持つ知識や経験を資本主義のためだけに用いるのではなく、いかに自分たちのやりがいや生きがいにつなげていくのか。そうした価値の提供が労働運動にも求められているのかもしれません。

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