AIが働く人に与える影響
働き方や労務管理はどう変わるのかAIの透明性と説明責任の確保へ団体交渉
テック労働者の組織化も進む

国際部
はじめに
生成AIをはじめとする人工知能(AI)の急速な発展は、ICT産業のみならず世界中の人々の働き方を大きく変えつつあります。ソフトウエア開発、コールセンター、事務業務、コンテンツ制作など、多くの職場でAIの活用が進み、生産性向上や業務効率化への期待が高まっています。一方で、雇用への影響や労働条件の悪化、アルゴリズムによる監視・評価など、新たな課題も顕在化しています。
近年、こうした課題への対応は国際労働運動でも重要なテーマとなっており、情報労連が加盟するUNIグローバルユニオンも、労働者の権利を守るためのAIの開発・導入におけるルール形成を、各国の加盟組合とともに推進しています。
AIを巡る労働組合の課題認識
世界の労働組合がAIについて懸念しているのは、単に「仕事がAIに置き換わること」だけではありません。むしろ大きな課題は、AIが労働者の働き方や評価、人事管理のあり方を大きく変える可能性です。
第一に、AIやアルゴリズムによる労務管理の拡大です。企業が勤務状況や業務実績を分析し、人事評価や配置などに活用する「アルゴリズム管理」は業務効率化につながる一方で、過度な監視や評価基準の不透明化を招く恐れがあります。
第二に、個人データの利用に伴うプライバシーや権利への影響です。AIは個人の行動や特性を分析・評価することが可能であり、採用や人事評価への活用が進む一方、本人が知らないうちに評価や分類が行われることへの懸念もあります。
第三に、AIが人間の認知や意思決定に与える影響です。生成AIやレコメンドシステムは人々の考え方や行動にも影響を及ぼし得るため、欧州では、認知的自由や人間の尊厳といった「人権保護」の観点から、EU AI法やGDPR(EU一般データ保護規則)によるルール整備が進められています。
こうした背景から、世界の労働組合は、AIを労働者の権利や人間の尊厳にかかわる課題と捉え、その運用ルールづくりへの主体的な関与を重要な課題としています。
ストライキや団体交渉による権利確保
近年、AIを巡る労働運動として最も注目を集めたのが、米国ハリウッドにおける脚本家組合(WGA)と俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキです。
2023年、両組合は生成AIによる脚本作成や俳優のデジタル複製が進むことに危機感を持ち、大規模なストライキを実施しました。その結果、AIによる脚本作成を人間の創作活動の代替として扱わないことや、俳優のデジタル複製には本人の同意と補償を必要とすることなどを盛り込んだ協約を締結しました。
これは、AIによる影響に対して労働組合が団体交渉を通じて具体的なルールを確立した代表的な事例として世界的に注目されています。
アルゴリズム管理への対応
欧米の労働組合は、AIによる監視や評価への対応も強化しています。
ドイツでは、Amazon Alexaの開発拠点における労使協議会が、AIを活用した従業員評価の運用に異議を唱え、2020年に労働協約を締結しました。この協約では、AIが生成したパフォーマンスデータを昇進や解雇などの人事判断に直接利用できないよう制限しています。
イタリアでは、SLC-CGIL(イタリア通信労働者組合)が、コールセンター企業や通信事業者との交渉を通じて、AIを活用した従業員監視システムの利用を制限する労働協約を実現しました。
さらにスペインでは、プラットフォーム労働者の権利保護を目的とした『ライダーズ法』が制定され、企業に対してアルゴリズムによる管理や意思決定の仕組みに関する情報を労働者代表へ提供することが義務付けられています。同法の成立には、スペインのUNI加盟組合であるCCOOとUGTが大きく貢献しました。
これらの事例は、AIの透明性と説明責任を確保するため、労働組合が制度形成や団体交渉を通じて積極的な役割を果たしていることを示しています。
「見えない労働」への関心の高まり
生成AIの発展を支えているのは、AIシステムそのものだけではありません。AIには膨大な学習データが必要であり、その準備や評価を担う労働者が存在します。また、SNSなどに投稿される有害コンテンツを確認・削除するコンテンツモデレーターも、AI社会を支える重要な存在です。
こうした業務の多くは、フィリピンやインドなどでBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)として行われていますが、低賃金や精神的負担の大きさが国際的な課題となっています。
近年、UNIや各国労働組合は、AIトレーニング労働者やコンテンツモデレーターの労働条件改善、安全衛生対策、メンタルヘルス支援などを重要なテーマとして取り上げています。
テック労働者自身の組合化
最近の特徴的な動きとして、AIを利用される側だけでなく、AIを開発・運用する技術者自身が組合化する動きが広がっています。
米国では、カリフォルニア大学のIT技術者が組合加入を進め、「AIを理解する技術者こそがAIの運用ルールづくりに参加すべきだ」と訴えています。また、Google DeepMindの技術者が組合を結成し、自社技術の軍事利用などに対する懸念を表明する事例も見られます。
韓国では、Google、Microsoft、SAP、Oracleなどの労働組合が、グローバルテック企業による労働者の権利侵害や不透明な人事評価、AIによる雇用への影響などを重要な課題として取り上げています。2026年には国会議員との意見交換を行うなど、AI時代における企業の説明責任やルール形成を求める取り組みを進めています。
これらの動きは、AIを巡る議論が雇用問題だけでなく、「技術の社会的責任」や「AIの倫理的利用」にまで広がっていることを示しています。
日本の労働組合への示唆
日本においても、生成AIの導入は今後さらに加速すると考えられます。その際、労働組合に求められるのは、AI導入そのものへの賛否ではなく、「どのようなルールで導入するのか」という視点です。
具体的には、「AI導入時の事前協議」「アルゴリズム管理の透明性確保」「リスキリングの機会提供」「AIによる生産性向上の成果配分」「労働者のプライバシー保護」「雇用と労働条件への影響評価」などを労使協議の対象としていくことが重要になります。
世界ではすでに、「AIを導入するか否か」ではなく、「AIのルールを誰が決めるのか」という段階へ議論が進んでいます。日本のあらゆる産業の労働組合にとっても、労働者の権利と尊厳を守りながらAIを社会に生かしていくためのルール形成に主体的に関与することが、今後ますます重要となっています。
![情報労連[情報産業労働組合連合会]](/common/images/logo_ictj.png)

