ストレスチェック制度がスタートメンタルヘルス問題について約半数が「深刻化する」と回答 労働組合は職場実態の把握を
心の健康をめぐる情勢
わが国の自殺者数は2003年にピーク(3万4427人)を迎えてから、若干減少傾向を示しているが、昨年でも2万5427人と2万人台後半の高水準となっており、心の健康に関する社会的な関心が高まっている。政府や各自治体でも、自殺対策に本腰を入れはじめるなど、さまざまな取り組みが広がりつつある。厚生労働省も、労働政策審議会で労働者のストレスの把握によって心の健康維持を図る仕組みや、心の健康をサポートする体制の整備などの対策を検討し、労働安全衛生法を一部改正。企業のストレスチェック制度導入の義務化などを柱とする改正法が12月1日から施行された。
メンタル不調者「情報通信」に多く
厚労省の直近データである2013年の「労働安全衛生調査」によると、過去1年間にメンタルヘルスの不調により連続1カ月以上休業または退職した労働者がいたとする事業所の割合は10.0%。当然のことながら、従業員規模によって大きく異なり、100~300人未満で39.2%、300~500人未満は64.6%、500~1000人未満では81.2%、1000人以上は88.4%となっている。産業別に見ると、「情報通信業」の割合が28.5%ともっとも高く、次いで「複合サービス事業」(26.2%)、「金融業・保険業」(22.9%)など。メンタルヘルスによる休職者・退職者数の分布を見ると、どの産業も「1人」の割合がもっとも高いのは同じ傾向だが、「情報通信業」は他産業と比べて、多い人数にも分布が広がっている。
不調の原因「本人の資質」にされがち
筆者が2010年に実施した事業所調査「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」(以下、特に断りがない限り同調査のデータ)では、もう少し幅広く、「メンタルヘルスに問題を抱えている社員」(メンタルヘルス不調者)がいるかどうか聞いており、6割弱(56.7%)の事業所でメンタルヘルス不調者がいると回答している(図1)。そのうちの3割強(31.7%)の事業所は、3年前に比べてその人数が増えたとしており、増減の割合を比べると、減ったとするのは2割弱(18.4%)で、増加傾向が見て取れる。
メンタルヘルス不調者が現れる原因(複数回答)について聞いたところ、「本人の性格の問題」が67.7%と7割弱を占めてトップ、次いで「職場の人間関係」(58.4%)、「仕事量・負荷の増大」(38.2%)、「仕事の責任の増大」(31.7%)、「家庭の問題」(29.1%)、「上司・部下のコミュニケーション不足」(29.1%)、「成果がより求められることによる競争過多」(12.6%)などの順。客観的な原因というよりも、使用者の意識が強く出た結果のようにも見える。本人の資質要因もないとは言えないだろうが、原因の把握が緻密に行われていない実態が示唆されるのではないだろうか。
労働時間との関係
メンタルヘルス不調と深くかかわっていると言われるのが、労働時間だ。全国の男女8000人に聞いた個人調査「第2回就業実態に関する調査」(2012年、労働政策研究・研修機構)によると、25.7%と4人に1人が、メンタルへルス不調を感じたことが「ある」としており、1週間の総労働時間との関係を見ると、「90時間以上」で不調を感じた割合が37.5%と最も高く、次いで「70~79時間」で30.4%など、長時間労働をしている人で、全体の割合を大幅に上回っている。やはり、長時間労働がメンタルヘルス不調の発生に大きく関係しているようだ。
メンタルヘルス不調者の復帰状況
メンタルヘルス不調を抱えた労働者は、その後どのような状況になっているのだろうか。事業所調査から、休職、復職、退職などについて、もっとも多いパターンを見ると、「休職を経て復職している」割合が37.2%ともっとも高く、次いで「休職を経て退職した」が14.8%で、「休職せずに通院治療等をしながら働き続けている」が14.1%、続いて「休職せずに退職した」(9.8%)、「休職を経て復職後、退職した」(9.5%)、「長期の休職または休職、復職を繰り返している」(8.2%)の順となっている。4割弱の事業所では復職のケースが多い一方、結果的に退職したケースが多い事業所の割合(「休職を経て退職した」「休職せずに退職した」「休職を経て復職後、退職した」の合計)も34.1%で、ほぼ拮抗する形となっている。メンタルヘルスケアに取り組んでいない場合では、退職するケースが多くなっている(図2)。
休職者が復職する際の課題については、「どの程度仕事ができるかわからなかった」ことをあげる事業所の割合が59.9%ともっとも高く、次いで「本人の状態について、正確な医学的情報が得られなかった」(33.7%)、「本人に合う適当な業務がなかった」(21.1%)などの順。「本人が不調を受容できず休職前の職場に復帰することにこだわった」ことを指摘した事業所も約1割(9.5%)あった。
対策「必要性感じない」が4割超も
メンタルヘルスに不調をきたした労働者を、どこで最初に把握したかについては、「職場の上司など管理監督者」をあげた事業所の割合が48.4%ともっとも高く、次いで「職場の同僚」(31.5%)、「社内外の相談窓口」(10.9%)、「家族・友人・恋人」(5.8%)、「企業内の労働組合」(0.1%)、「その他の社外」(0.1%)の順となっている。
メンタルヘルスケアに取り組んでいるかについては、「取り組んでいる」が50.4%で、「取り組んでいない」が45.6%とほぼ拮抗した形となっている。これを事業所規模別で見ると、規模が大きいほど「取り組んでいる」割合が高くなっているといえ、1000人以上では75.4%がメンタルヘルスケアに「取り組んでいる」としている(図3)。
メンタルヘルスケアに取り組んでいない事業所に理由を尋ねたところ(複数回答)、「必要性を感じない」をあげる事業所の割合が42.2%ともっとも高く、次いで「専門スタッフがいない」が35.5%、「取り組み方が分からない」が31.0%、「労働者の関心がない」が14.1%などとなっている。これを事業所規模別に見ると、「取り組み方が分からない」「専門スタッフがいない」を理由にあげた事業所は300人未満で比較的高い割合を示し、300人以上では低い割合となっている。「必要性を感じない」では、規模にかかわらず比較的高い割合を示しており、規模との特段の関係は見られない。
メンタルヘルス不調によって1カ月以上の休職または退職した労働者がいる事業所を抜き出して、メンタルヘルスケアの取り組み状況を見ると、取り組んでいる割合は64.0%と高くなる。逆に見ると、実際に不調者がいるのにもかかわらず「取り組んでいない」事業所が3割以上もあるのが目立つ。これは、意識の改革とともに、阻害要因である「取り組んでいない理由」をクリアすることで、大きく取り組みを進められる可能性があるということだろう(図4)。
企業のメンタルヘルス対策
メンタルヘルスケアの取り組みの具体的な内容については(複数回答)、「労働者からの相談対応窓口の整備」の割合が55.7%ともっとも高く、「管理監督者への教育研修・情報提供」が51.0%、「労働者への教育研修・情報提供」が41.7%、「メンタルヘルス対策について衛生委員会等での調査審議」が32.2%と続き、そのほか「メンタルヘルスケアの実務を行う担当者の選任」(24.3%)、「労働者のストレスの状況などについて調査票を用いて調査」(20.5%)、「職場復帰における支援」(16.8%)、「医療機関を活用した対策の実施」(15.2%)などの順となっている(図5)。
メンタルヘルスケアの担い手としてもっとも重視しているのは、「職場の上司・同僚」が38.3%とトップで、「人事労務部門」(18.6%)、「従業員本人の自己責任(セルフヘルスケア)」(14.6%)、「産業医等(健康保健スタッフ)」(6.0%)などと続き、ラインでのケアを重視する事業所が多いことが分かる。では、メンタルヘルスケアにおける上司の役割について、どのように定めているのだろうか。60.4%と過半数の事業所が「定期的ではないが、部下のメンタルヘルスに注意を払うよう指示」しているのに対して、「特段の役割を定めていない」事業所も25.3%あり、「定期的な面談等で積極的に部下のメンタルヘルスケアを行うよう指示」しているのは12.0%となっている。
「取り組み強化」派は約7割
使用者がメンタルヘルスについてどのように考えているのかを見てみよう。今後、メンタルヘルスの問題が深刻化するかどうかについては、46.0%の事業所が深刻化すると考えており、「ほぼ現状のまま」が42.1%で、改善に向かうと考えているのは9.2%とわずかに過ぎなかった。
生産性の低下や重大事故など企業のパフォーマンスとメンタルヘルスの関係については、「関係がある」(42.1%)、「密接に関係がある」(22.8%)、「どちらかと言えば関係がある」(21.3%)を合わせて、9割弱(86.2%)の事業所が、関係ありと認識しており、「どちらともいえない」は9.6%で、無関係だと考えているのは3.4%と少数だった(図6)。であれば、企業にとってメンタルヘルスケアに取り組む根拠は十分で、取り組みに一歩踏み出すきっかけを与える役割を労働組合が果たすべきだろう。
また、今後のメンタルヘルスケアの位置づけについては、「どちらかと言えば強化する必要がある」が55.2%と過半数を占め、「強化する必要がある」(15.0%)と合わせると、強化するべきだと考えている事業所は7割を超え、「あまり強化する必要はない」(20.4%)、「強化する必要はない」(6.1%)の消極派を大きく上回っている。これを、メンタルヘルスケアの取り組み状況別に見ると、取り組んでいないところでも積極派(「強化する必要がある」9.1%、「どちらかと言えば強化する必要がある」43.3%)が過半数となっており、今後の取り組みの広がりが見込まれる結果となっている(図7)。
労働組合は職場実態もっと把握を
労働組合にとって、職場の組合員のケアは得意分野のはず。使用者によるメンタルヘルス不調の発生原因の把握がうまくいっていないとしたら、労働組合がきちんと原因を把握するとともに、職場の勤務環境にチェック機能を働かせることが重要になる。組合員に組合に相談しようと思ってもらうためには、日頃からの職場活動の充実が欠かせない。事業所調査では、組合を通じてメンタルヘルス不調者を把握したという回答は0.1%とごくわずか。職場組合員の状況を組合がきちんと把握しているならば、メンタルヘルスだけではなく、さまざまな交渉で力を発揮することができるだろう。長時間労働とメンタルヘルス不調の関係は明らか。労働安全衛生委員会での活動はもちろんのこと、労働組合のまさに本来の労働条件にかかわる役割がメンタルヘルスの取り組みにもつながるといえる。
12月から義務付けられたストレスチェックについては、その結果が取り扱いの難しい機微情報であることを意識して、取り扱いルールの整備を求めることが必要だ。