特集2015.12

ストレスチェック制度がスタートパワハラの背景にある企業体質 労組の活動で体質改善を

2015/12/22
パワハラを訴える労働相談の件数が近年、増加している。パワハラが発生する背景とその解消に向けて求められる取り組みを考える。
金子 雅臣 一般社団法人職場のハラスメント研究所所長

パワハラの背景にある企業体質

「マタハラ」の認知度が高まったり、「言葉のセクハラ」による処分を最高裁が認めたりなど、ハラスメントに対する認識が高まっている。パワハラに関しても、厚生労働省が3年前にパワハラの類型を六つに分類し、公的な基準を提供した。

ただ、この類型に関して私がいつも言っているのは、その分類方法が現象面への着目にとどまっているということ。例えば、「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大・過小な要求」などのようにパワハラとして発生した現象面に着目した分類となっていて、その「原因」に着目していない。そのパワハラがなぜ起きたのか、人間関係や経営手法などの原因を探るべきではないか。

パワハラが生じる原因を探っていくと、その企業の企業体質にぶつかる。例えば、上層部が上意下達で部下に指示を強要する「体育会系」の風土がまん延していると、部下は上層部に意見を言えなくなり、むちゃをして脱法行為に及んでしまう。こうした風土の背景にはパワハラがある。最近の企業不祥事を見ても、こうした傾向を読み取れるはずだ。

さらに最近の労働問題のほとんどはパワハラが背景にあると言える状況にある。「休暇を取らせない」「賃金を払わない」「クビにする」。これらの問題の根っこにはパワハラがある。

このようにパワハラ問題は、「熱血指導」といった個人的な問題だけに収めきれない。パワハラ問題を解決するためには、企業体質を変えなければいけないということが、いよいよ明らかになってきたと言える。

「体育会系」の上意下達の風土をもつ企業はこれまでもあった。だが、そこへ成果主義のように露骨に結果を求める制度が導入されると、私の経験からするとパワハラが必ず生じる。それがこれまでとの違いだと言える。

ずれている判断基準

ハラスメントに関して日本社会は従来の考え方では越えられない壁にぶつかっていると考えている。例えば都議会のセクハラ野次問題で責任があいまいにされたことがそうだ。欧米であればあのような野次は間違いなくセクハラと認識され、発言者は厳しい制裁を受ける。欧米では、発言を受けた側の被害者意識と、当事者間の力関係の二つがセクハラの判断基準とされる。しかし、日本の場合はそこに発言の動機や、本人の真意、発言が下品だったかどうかといったことまで加わる。判断基準が完全にずれているのだ。こうした意識は、均等法が成立してから徐々に変わってきたが、いまやその根本を変えなければ日本社会は、ハラスメント解消のための大きな壁を乗り越えられないところまで来ているのだと言える。

垂直型労務管理の限界

たしかに企業を取り巻く環境は厳しさを増している。仕事量が増え、経営のスピード化が進み、ミスに厳しい職場が増えている。それがパワハラの要因となっていることも否めない。労働組合としては、これらの行き過ぎに歯止めをかける必要がある。

けれども、労働組合としても、こうした経営環境の変化すべてを否定することは難しい。

そこで労働組合は、現実に生じているパワハラに一つひとつ対応していき、企業体質を変えていってほしい。具体的にはコミュニケーションギャップとして生じている上司と部下の齟齬などに労働組合が入って調整すること。ハラスメントの危険信号を労働組合がキャッチして対応するこうした取り組みの積み重ねが企業体質を変えていく。

企業は垂直型の労務管理を広げてきたことで、こうした危険信号をキャッチできなくなっている。そのため内部でたまったゆがみが不祥事として噴き出すような事例が次々と起こっている。企業も爆弾を抱えているということだ。

小さながんが身体にできたとき、体中に転移する前に気づかせるのも労働組合の役割だ。労働組合も一つの事例が企業全体の中でどのように位置づけられるのかを考えてみるべきだろう。

企業的価値観に負けるな

ハラスメントに対応する際に労働組合は企業的な価値観に負けないでほしい。これまでの事例を見ていると、労働組合が利益優先やスピード重視といった企業的な価値観に負けて、企業側の立場に立ってしまうことが多いように感じている。組合員から労働組合への相談が減っているのは、こうした価値観が影響しているはずだ。

このように、いまの日本社会は企業的な価値観が勝ち過ぎていてバランスがあまりにも悪い。「ブラック企業」のように儲かればいいんだとする風土が社会全体に広がっていることも否めない。しかし、そのような考え方の広がりは、非正規雇用や下請け企業のような弱い立場の人たちをさらに厳しい状況に追い込んでいく。一般的に人は自分より「下」だと思う人間がいると安心する。けれども、そうやって負の循環を続けると社会はさらに追い込まれていくしかない。

心の交流できる場を

労働行政への相談割合を見てもメンタルヘルスに関する問題が圧倒的に増えている。社会全体のゆがみが相談件数に表れていると言えるだろう。

メンタルヘルス不調に陥らせないためには、職場の中で相談できる人をつくることが大切だ。家族や友人よりも、同じ働く環境の中にいて、相談者の状況を理解してくれる人がいることが心の力強い支えになるということだ。労働組合はこの環境づくりに力を入れてほしい。それには単に同僚などと交流するだけでなく、心の交流ができるきっかけを意識的にしかけるべきだろう。

また、メンタルヘルス不調になった人に対するケアとして労働組合は、第三者の医療従事者に任せる前に当事者を積極的にサポートしてほしい。医療従事者の対応は画一的になることが多い。そのため現場の事情を知っている労働組合がかかわって、状況を説明しながら、医療従事者と連携して当事者をサポートしてほしい。これまでの事例を見ると医者任せになっている感も否めない。言葉で言うほど簡単ではないが、労組役員の関与が求められている。

経営者と現場をつなぐ

「パワハラは、腐った土壌に咲くあだ花」だと企業経営者に説明している。一つのあだ花が咲けばそれが注意信号だということだ。企業トップはイエスマンに囲まれて現場の状況を把握していない。経営者が相談窓口を視察して初めて危機を認識したという話もよく聞く。現場と経営者の回路をつなげられるのは労働組合しかいないと意識してほしい。

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