中小企業で働くということ

『男はつらいよ』シリーズに、タコ社長という登場人物がいた。常に人手と資金の不足に悩む、いかにも昭和の作品の光景だが、中小企業、その経営者にとってこの悩みは今も変わらないのではないか。
二度ほど中小企業で働いたことがある。現在の勤務先の私立大学も、規模的には「中堅企業」のようなものである。中小企業体験の1回目は、トヨタ自動車とリクルートグループの合弁会社だった。設立と同時に、送り込まれ、縁もゆかりもない名古屋に転勤した。従業員が20人以下でのスタート。親会社にいた頃は、担当部署への電話、メール一本で済んだことも、何から何まで、自分でやらなくてはならない。出向先の社名にはトヨタ、リクルートの名前はなかった。取引先に相手にされないこともしょっちゅうだった。
2回目はリクルート時代の先輩が経営する人材ビジネスベンチャーだった。従業員はわずか5人で、神田の雑居ビルにあり、その1フロアを3社でシェアしていた。前職よりも年収は200万円落ちた。それでも、大企業ではできない何かをするために、がむしゃらに働いた。やはり、前職での取引先に相手にされないなど、悔しい思いをしたことは一度や二度ではない。企画も営業も納品も、全部一人で担当した。自分の代わりはいない。
中小企業の人事担当者向けのセミナーによく登壇する。たまに、アンケートでお叱りを受ける。「東京の、大企業でしか通用しないノウハウを紹介していないか」と。そのたびに反省する。物事を東京中心、大企業中心で見てはいけない。そして、多くの人は中堅・中小企業で働いている。
大学で長い間、キャリア形成支援、就職支援にかかわっている。「優れた中小企業と若者のマッチング」は長年、課題とされてきた。キャリアセンターも、地元の優良中小企業のリストアップや関係構築は進めている。ただ、売り手市場の今、学生は必ずしも中小企業に振り向かない。
人手・人材不足の時代である。中小企業は、ただでさえ応募が少ないだけでなく、大企業が中途採用を強化する中では、草刈り場となることもある。働き方改革、賃上げなども十分に行われるわけではない。大企業がホワイト職場へと変身していくのだが、それは中小企業やフリーランスに負荷をかけることによって成り立っていないか。
セミナーに参加した経営者と話をしていると、いつ事業を畳むのかという話になる。人手も資金も足りず、タコ社長のように悩む。ただ、製品を、サービスを依頼する大手企業が存在するがゆえに、やめるわけにもいかない。「成長産業に人材を」と政治家や経済団体は叫ぶ。間違ってはいない。ただ、衰退産業を支え続けざるを得ない人もいることを忘れてはいけない。
今、必要なのは中小企業と、そこで働く人に対する想像力だ。世の中の矛盾、さらには大人の事情を中小企業に押し付けてはいけない。「ともに栄える」という発想が必要だ。取引先を守る、育てるという姿勢を大切にしたい。経営者ではなくても、いち担当者視点で、中小企業とそこで働く人に無理なお願いをしていないか、立ち止まって考えたい。上から目線ではいけないが、中小企業を育てるという視点を持とう。
中小企業について考えること。それは、日本の現実を見ることであり、矛盾を捉えるという行為なのだ。
