特集2025.12

働く人の「ふところ事情」
物価上昇の影響と格差の実情
"中流"に広がる生活苦
「貧困バッシング」を乗り越え連帯を

2025/12/15
物価上昇の影響は、従来の生活困窮世帯だけではなく、これまで「中流」と考えられた層も直撃している。子どもの貧困問題の現場から見える格差の実情とは? 生活困窮世帯の支援に取り組む「キッズドア」の渡辺由美子理事長に聞いた。
渡辺 由美子 認定特定非営利活動法人キッズドア
理事長

──物価上昇が「子どもの貧困」問題に与える影響は?

一言でいうと非常に厳しい状況です。

私たちが支援している「ひとり親家庭」や生活困窮の子育て世帯は、コロナ禍で大きな影響を受けました。仕事がなくなったり、減ったりしたことで、わずかな貯金を使い崩して乗り越えた人がたくさんいました。それが一段落して、また頑張ろうと思ったところに物価上昇が直撃しました。

調査からもその実態が見えてきました。私たちは毎年、困窮子育て家庭に対してアンケートを実施していますが、今年は初めて夏休み後に実施し、1716件の回答を得ました。このうち世帯所得300万円未満の世帯が約8割を占めます。こうした世帯の暮らしは非常に厳しいです。夏休み期間中、経済的な理由で子どもの食事の量や回数を減らすことはあったかを聞きました。その結果、週1回以上減らしたことのある世帯は58%、週5日以上減らした世帯も13%ありました。夏休み明けに子どもの体重が激減したという声も多く寄せられました。

──物価上昇でも影響が大きいのは?

食費の値上がりです。特に米の値上がりが本当に響いています。卵の値上がりも影響しており、お米や卵を食べさせられないという声をたくさん聞いています。電気代の値上がりも影響しており、冷房を我慢して熱中症になる子どももいます。地方ではガソリン代の影響が大きいです。

──生活困窮世帯は広がっているのでしょうか。

世帯年収200万円以下の世帯が増えているという印象はありません。むしろ世帯年収が300万から500万円くらいの世帯の暮らしが一気に苦しくなっていると感じます。実際、これらの世帯でお金に余裕がなくなって塾に通わせられなくなったり、部活を続けられなくなったりするケースが増えています。つまり、低所得層が増えたというより、これまで「中流」だと思われていた層の暮らしが、物価上昇によって急速に厳しくなっているのが現状です。

問題はこうした世帯で賃上げがほとんど進んでいないことです。最低賃金は上がっていますが、それによる収入増は物価上昇に追い付いていません。正規雇用になりたくてもなれない保護者はたくさんいますし、地方では正社員であっても年収が低く、物価上昇の影響をダイレクトに受けている世帯が数多くあります。また、児童扶養手当の所得限度額を超えないように就労制限する「ひとり親」もいます。

これまで生活困窮世帯への支援は、主に住民税非課税世帯に行われてきましたが、それだけでは十分にカバーできない状況になっています。これまで「中流」と思われていた層の賃上げを進め、支援を広げる必要があります。

──格差がもたらす悪影響について教えてください。

生活困窮世帯で育った子どもたちは、将来の自立が難しくなります。生活困窮が背景となって不登校になったり、コミュニケーションが苦手になったりしてしまうからです。私たちは子どもの教育支援活動も展開していますが、数万円の受験料を支払えない家庭が想像以上に存在しています。教育をちゃんと受けて就職すれば自立した生活を送り、社会の担い手になってくれるのにその機会を失っています。

2016年の日本財団の調査によれば、子どもの貧困を放置すると将来的に約40兆円超の社会的損失が発生するとされています。日本は少子化が進み、ただでさえ社会の支え手が少なくなるといわれているのに、貧困対策に取り組まないことで子どもの将来の可能性を奪っています。非常にもったいないことをしていることに気付いてほしいと思います。

──2023年のメーデー中央大会で「貧困バッシング」が賃上げを阻んでいるとスピーチをされました。

「ひとり親家庭」の保護者は、ものすごく頑張って働いています。休みの日にもスポットバイトを入れて、子どもが体調を心配するほど働いています。

それほど働いても生活が苦しいのであれば本来なら賃金を上げてほしいというデモやストライキが起きてもおかしくありません。でも日本では生活困窮に対する社会の目線が非常に厳しく、「生活が苦しいのは自分のせい」とか、「もっと割のいい仕事に就けばいい」とか、当事者をバッシングする声がインターネットなどで広がります。当事者たちもバッシングを恐れて声を上げることができません。それが背景の一つになって社会全体で賃上げをしようという声が広がらず、悪循環になって日本全体の賃金も上がらないのだと思います。「貧困バッシング」ではなく、声を上げた人をみんなで応援することが賃上げのために大切だと思います。

──労働組合に対する期待を。

日本の強みは真面目で優秀な労働者がたくさんいることだったのに、ものすごく稼ぐ一部の人とそうでない人の格差が広がっていると感じます。今安定している人もいつ不安定になるかわかりません。実際、黒字でもリストラという動きも起きています。だからこそ労働組合の力がますます必要な時代になると考えています。労働組合が力を強くするためには、多くの人を包含することが必要です。「貧困バッシング」を乗り越え、幅広い層との連帯ですべての働く人の処遇を改善してほしいと思います。

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キッズドアでは、12月25日までクラウドファンディングを実施中です(「【冬休み食料支援】年末年始におなかをすかせる子どもたちに食料を届けたい」)。皆さんのご支援をお願いします。

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