特集2025.12

働く人の「ふところ事情」
物価上昇の影響と格差の実情
広がる女性の貧困問題
シングル非正規の「見えない」課題とは

2025/12/15
物価上昇は非正規雇用で働く女性にどのような影響を及ぼしているのだろうか。女性の貧困問題は、そもそも社会から見えづらい存在として扱われてきた。その構造に目を向ける必要がある。
女性の貧困問題は社会から見えづらい存在だ
(写真:bee/PIXTA)
飯島 裕子 桜美林大学准教授

見えづらい存在

女性の非正規雇用や貧困問題は、社会から見えづらい存在として扱われてきました。結婚や出産で退職したり、非正規雇用で働いたりすることが当たり前のこととして受け止められてきたからです。

女性労働者に占める非正規雇用の割合は5割を超えています。コロナ禍では非正規雇用の女性が大きな影響を受けました。サービス・流通、宿泊などの分野で働く非正規雇用の女性が多かったことが背景にあります。同時に医療や介護、保育といったエッセンシャルワークで働く女性も大きな影響を受けました。それらの姿を『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち』(2021年、光文社新書)という本で書きました。また、2016年には『ルポ 貧困女子』(岩波新書)という本で非正規雇用で働く女性の姿などを描きました。こうした経験を踏まえれば物価上昇が非正規雇用で働く女性に影響を及ぼすであろうことは容易に想像できます。

最もぜい弱な立場にあるのは、単身世帯の非正規雇用で働く女性です。ただ、非正規雇用の女性と一口で言っても、主たる生計者の扶養の範囲内で働く場合と、自らが主たる生計者になって働いている場合では、見える世界や物価上昇から受ける影響も異なります。ただし扶養の範囲内で働いている女性も離婚や死別などによって一気に単身世帯やシングルマザーになることがあります。その意味では両者は地続きの関係にあります。

抜け出せない壁

非正規雇用の女性がそこから抜け出すのは容易ではありません。背景には正社員の働き方の問題があります。

40〜50代のシングル女性のうち、正規雇用への転換を希望する人は4割程度にとどまるという調査結果があります。数値だけ見ると、「不本意非正規」は少ないようにも見えます。しかし私が取材から得た実感は、さまざまな理由から非正規をあえて選択している人がいるということです。例えば、非正規雇用で働く女性の中には、かつて正社員として働いた経験がある人も少なくありません。けれども劣悪な労働環境で体を壊し退職したり、過酷な働き方を続けることが難しいと感じて非正規を選ぶ人もいます。その結果、自己肯定感が低くなり「自分には正社員の仕事はできない」と考える人もいます。長年にわたって職場を支え続けてきたのにその経験が評価されず、正社員になることを諦める人もいます。非正規雇用の働き方を評価しない日本の雇用慣行も、こうした問題の背景にあります。

日本社会の構造的課題

女性の貧困問題を取材して感じてきたのは、それが社会の構造的な問題であるということです。厳しい生活を強いられている女性たちは、働いていないわけではありません。正社員として働いた経験もあるし、今も働いているのに、収入は今の生活を維持するのに精いっぱいという状態です。今は何とか生活できても、賃金水準が低いので、将来は低い年金額しかもらえず、老後も働き続けなければとても生活ができません。実際、厚生年金を受け取っている人でも、月の手取り額が6万〜8万円という人もいます。65歳を超えてから慣れない仕事を始めて労災事故に遭う人も増えています。現役時代の雇用格差が、高齢期の生活に大きく影響するという日本社会の構造的な課題があります。

個人では解決できないこと

女性の貧困問題が見えづらい背景には、生活の工夫で限られた収入でも何とかやりくりしてしまう女性の生活能力の高さもあるでしょう。最近、書店では「年金5万円で丁寧に暮らす」という本がよく売れていて、「つつましく暮らす」というメッセージが並んでいます。

ただ、こうしたメッセージがあふれる一方で、なぜ生活が厳しくなるのかという構造的な問題には目が向きにくいという問題があります。個人の工夫では解決できない社会問題にも目を向ける必要があります。

日本の社会保障は、雇用と深く結び付いています。そのため非正規雇用で働く女性のように就業期間が短かったり、賃金が低かったりすると、その不利を生涯にわたって背負うことになります。これは理不尽な現実です。現役時代の働き方と切り離した高齢期の生活保障が求められると思います。

また、正社員の働き方が厳しいことも非正規雇用から抜け出しにくい要因の一つです。長時間労働をしなくてもきちんと評価される仕組みを整え、雇用形態間の格差を縮める必要があると思います。

声を上げられるつながりを

ジェンダー平等の取り組みとして、女性活躍推進の文脈では女性の管理職登用が促進され、少子化対策では仕事と家庭の両立支援などが進められています。その一方でシングル女性への支援はほとんどないのが現状です。こうした状況の中、非正規のシングル女性は声を上げづらい環境に置かれ、沈黙しています。シングル非正規女性の貧困問題は、今も社会から見えづらい存在だといえます。

こうした女性が支援のないまま高齢化すれば、将来的に貧困問題は深刻化します。「就職氷河期世代」が65歳に達する頃には、非正規で働くシングル女性のうち3人に1人が生活保護レベルになるといわれています。そうなれば社会が負担するコストはかえって増加します。

厳しい状況に追い込まれている人こそ、声を上げるための組織が必要です。しかし、現状ではそうしたつながりはありません。労働組合の皆さんには、同じ職場で働く仲間として支え合い、ともに行動できるような運動を展開してほしいと思います。

特集 2025.12働く人の「ふところ事情」
物価上昇の影響と格差の実情
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー