特集2025.12

働く人の「ふところ事情」
物価上昇の影響と格差の実情
物価上昇が高齢者に与える影響は
年金と就労の両面から支援が必要

2025/12/15
物価上昇は、実質的な年金額を減少させるなど、高齢者の生活に大きな影響を及ぼしている。高齢者の生活を支えるには何が大切なのか。年金と就労の両面からの支援が重要だ。
物価上昇が年金生活者の生活を直撃している
(写真:Gugu/PIXTA)
鎮目 真人 立命館大学教授

高齢者の厳しい状況

高齢期の貧困は、女性の方が深刻です。高齢女性の貧困率は男性に比べて10ポイント程度高く、男性の貧困率は下降傾向の一方、女性は上がっています。中でも深刻なのは単身の高齢女性です。

その背景には低年金問題があります。年金の給付額を見ると男性の方が女性より1.5倍ほど高くなっています。特に差が大きいのは厚生年金の受給額です。

この背景には現役時代の就労状況があります。女性の就労率は高まってきたとはいえ、労働市場における女性のポジションは依然として弱いです。結婚や出産を機に退職し、非正規雇用になる構造は根深く残っており、「変形型の専業主婦モデル」が続いています。

非正規雇用になると厚生年金の加入率が低下し、受給できる年金額も減少します。そのため、配偶者と離婚や死別した場合、低年金に陥ります。自営業であればなおさら低い年金しか得られず、それが高齢期の女性の貧困に結び付いていきます。このように現役時代の就労状況と低年金がリンクして高齢期の貧困を生み出しています。

目減りする年金

次に物価上昇と年金の関係を見てみましょう。足元では物価上昇が賃金上昇を上回る実質賃金マイナスの状況が続いています。こうした状況で年金額は、賃金の上昇率に合わせて改定されるため、物価が上がると実質の年金額は目減りすることになります。

これに加えてマクロ経済スライドという仕組みがあり、この仕組みの下で年金額の上昇が抑制されています。そのため年金額の伸びは、実質賃金のマイナスとマクロ経済スライドの両方から抑制されています。

また、物価が上昇すると預貯金も目減りしていきます。高齢者の貯蓄の多くは、預貯金なので金利が物価上昇を下回ると、実質的な預貯金は目減りします。

このように物価上昇は高齢者の生活にさまざまな面で大きなインパクトを与えています。

高齢者の就労状況

次に高齢者の就労状況を見ていきましょう。高齢者の就労率は男性で特に高くなっており、70〜74歳でも43.8%が就労しています。働く理由としては年金額が少ないという理由の一方、生きがいや健康維持などのポジティブな目的もあります。高齢期の高い就労率というトレンドは今後も変わらないと思います。一方、60歳を超えると半数が非正規雇用になるという課題があります。

働いている高齢者の観点からは、在職老齢年金の問題があります。これは就労による収入が一定金額を超えると年金が減額される仕組みですが、就労に対するペナルティとして機能しています。今回の年金改革でそのラインが引き上げられたものの、適用対象の人は約30万人いるとされており、課題が残っています。

必要な年金の底上げ対策

こうした状況に対して、どのような対策を取ることができるでしょうか。

一つには年金の観点からの対策があります。今年6月に行われた年金制度改革の大きなテーマは、厚生年金の適用拡大と基礎年金の底上げでした。これは、非正規雇用の増加と、基礎年金給付水準の大幅な低下が見込まれるためです。

年金改革ではこれらの問題に対応するために二つの対策が検討されました。一つ目は、厚生年金の適用拡大をさらに進めることで、これにより非正規雇用者の年金給付を改善する方策です。二つ目は、基礎年金の削減期間を短縮し、基礎年金を底上げする方策です。国会での審議の結果、前者の厚生年金の適用拡大は賃金と企業要件を撤廃するという形で実現しましたが、後者の基礎年金の底上げは次の年金改革まで棚上げにされました。

低年金対策として、基礎年金の底上げを図る改革の方向性は理解できますが、その対策が採られたとしても最低生活保障の機能は十分ではありません。その対策としては、最低保障年金を設定の上、その給付水準を生活扶助水準まで引き上げて、生活基盤を支える必要があります。そのため私は、最終的には税を財源とした基礎年金に組み替えざるを得ないと考えています。財源としては、フランスの「一般社会拠出金(CSG)」のように、広い範囲の所得に負担を求める仕組みを導入すれば、納得を得やすいのではないかと考えています。

もっと柔軟な働き方を

もう一つは就労の観点からの対策です。高齢者雇用安定法が改正され、70歳までの就業機会確保が努力義務化されましたが、定年制を廃止する企業は依然として多くありません。その結果、60歳を境に非正規雇用が増え、定年後は働き方や処遇が大きく変わってしまう現状があります。こうした状況を見直すべきです。

高齢期の働き方は、本来もっと選択できるべきです。これまでどおりフルタイムで働いてもよいし、労働時間を減らしてもいい。多様な就労形態から自分に合った働き方を選べることが理想だと思います。そうした観点から定年制の廃止を進めることが重要なテーマです。また、在職老齢年金は廃止して、雇用を促進する施策があってしかるべきです。

その際、注意しなければいけないのは高齢者の健康格差です。この問題を年金制度でカバーするためには、北欧で実施されている「健康テスト」という施策が参考になります。デンマークでは「健康テスト」を受けて一定の基準を満たすと、給付減のペナルティなしで老齢年金を受給できる仕組みがあります。こうした制度があれば健康格差に対応しつつ、高齢者の雇用を促進できると思います。

労働組合に対する期待

現在の政治情勢では、世代間対立をあおるような言説が見られますが、そうした言説は社会保障システムの維持のために望ましくありません。労働組合は、新入社員から退職者まで幅広い年代層の働く人が加入する組織です。労働組合が世代間の対立を超えて利害を調整し、就職から退職まで安心して働ける環境をつくる役割を担ってほしいと思います。

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