常見陽平のはたらく道2025.11

「ある人に仕事が集中する問題」を考える

2025/11/12
「優秀な人がいて頼もしい」。そうした感覚から特定の人に仕事が集中することを美談化してよいのだろうか。

「ある人に仕事が集中してしまう」という問題を考える。できる人、やる気がある人、頼みやすい人に、何かと仕事が集中してしまうということがある。「シゴデキ」「売れっ子人材」「ウチのエース」「超優秀」「困ったときの◯◯さん」など褒められると悪い気がしない。このような方がいる組織の未来は明るく感じる。ただ、これを美談化していいのだろうか?

私が労働問題に興味を持つきっかけとなった過労死のドキュメンタリーを思い出す。過労で倒れた社員が口にしていたのは「私がいないと職場がまわらない」だった。残酷なことに、彼が倒れたその日も職場は普通に動いていたのだが。ある人に仕事が集中するということは、過労を誘発する可能性がある。

特定の人に仕事が集中すると、その人に対して批判的な意見を言いにくくなる。実際、仕事が集中しているがゆえに、知識もますます強化されていく。頑張っているがゆえに、何か意見を言うことを遠慮してしまう。そして、ますます権限の集中が進む。

コンプライアンス対策の意味からも避けなくてはならない。大手金融機関では夏休み、冬休みのほか、1週間の休みをとることが義務付けられている。これには、人を業務から抜き、不正を防止する意味がある。実際、企業が起こす不祥事、特に粉飾決算、横領などはその業務を同じ人が担当しているがゆえに起こることが多いようだ。

「余人をもって代え難い」という言葉が発せられることもある。実際、能力、資質においてその人を上回る人がいないこともある。ただ、本当だろうか。

「優秀な人ほど現場からはずせ」。約20年前、トヨタ自動車出身者から学んだことだった。同社とリクルートグループで合弁会社が立ち上がり、私が送り込まれたのだった。世界のトヨタの仕事を至近距離で目撃した。仕事に関する格言を毎日のように聞いた。そのうちの一つがこれだ。何か改革プロジェクトを立ち上げる際には、優秀だと言われる人に声がかかる。その人には、通常の業務を任せず、プロジェクトに専念させるべきだという話である。優秀な人が抜けることにより、その現場も、残された人材も鍛えられる。そして、次の優秀な人材が育つ。

業務の定型化、標準化が必要なことは言うまでもない。ただ、このような話をすると、マニュアルで人を縛るのか、個性を否定するのかという議論が巻き起こる。そうではない。業務の問題点を明らかにする上でも創意工夫する上でも、この取り組みが必要なのだ。

長時間労働防止のためにも、組織の活性化のためにも、コンプライアンス対策からも一人に仕事が集中することは避けなくてはならない。そのような人を見かけたら「頼もしい」「優秀な人がいてうれしい」などと美談化してはならない。むしろ、危機だと捉えるべきだ。そして、さまざまな人にチャンスを用意したい。より強く、優しく、続く組織へと変わろうではないか。一見、普通に見える職場に潜む危機を察知できる感性を大切に。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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