トピックス2025.12

「労働時間規制の緩和」への対応労働時間規制の本丸は「裁量労働制の緩和」
「残業代を支払いたくない」が企業の本音

2025/12/15
高市首相の指示で、労働時間規制の緩和が争点化された。具体的な狙いは何か。焦点は「裁量労働制の拡大」と「残業代回避」にある。緩和指示の狙いを分析するとともに、労働組合の対応を検討する。
嶋﨑 量 弁護士
日本労働弁護団常任幹事

流れに逆行する緩和指示

10月に就任した高市首相が労働時間規制の緩和を厚生労働大臣に検討するよう指示しました。

まず現在の規制をおさらいしましょう。現行の労働時間規制は、2019年に施行された「働き方改革関連法案」の労働基準法の改正で定められたものです。36協定で設定できる時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間。臨時的な特別の事情がある場合は、年720時間(ただし、休日労働を含めば960時間)まで延長可能です。単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を超えられず、限度時間を超えて時間外労働を延長できるのは年6カ月が限度です。

こうした内容の上限規制が施行されて約5年。実際に時短を進めて長時間労働を是正した職場もあります。しかし、すべての職場に「働き方改革」が浸透したとはいえません。とりわけ中小企業の職場などでは長時間労働は根深く残っています。

実際、労働組合のない職場を中心に、36協定を締結する過半数代表者がきちんと機能していない職場も数多くあり、上限規制がなおざりになっている現状もあります。こうした中で労働時間規制を緩和しようとするのは、これまでの動きに逆行するものと言わざるを得ません。

そもそも現在の上限時間に関しても「過労死ライン」であり、休日労働を含めれば年間960時間までの時間外労働が許されてしまいます。増加する労災申請と長時間労働は無関係ではありません。トラックドライバーなどの上限規制を緩和することは、安全上問題があり、これまで起きてきた事故の教訓を軽視することでもあります。この点でも上限規制を緩和する理屈がありません。

緩和の本丸は「裁量労働」

「労働時間規制の緩和」といっても具体的に何を緩和するのか11月下旬時点で明らかにされていません。

私は、その本丸は、「裁量労働制の緩和」にあると考えています。そこには、「残業代を支払いたくない」という企業の本音があると考えています。

時間外労働の上限規制の緩和は、あくまで残業代の支払いとセットです。現在、月60時間を超える時間外労働の割増率は中小企業も含めて5割です。経営側から年間960時間を超えないと利益を上げられないという声は聞いたことがなく、そこまでして上限規制を緩和する必要があるとは思えません。

企業の本音は、やはり「残業代を支払いたくない」ことにあるのだと思います。その狙いは時給制の非正規雇用労働者ではなく、大企業などにいるホワイトカラー労働者です。そのために経営側はこれまでも「高度プロフェッショナル制度」や「裁量労働制の緩和」を手を変え品を変え導入しようとしてきました。安倍政権の際は、不適切なデータ使用で「裁量労働制の緩和」が頓挫しました。これをもう一度持ち出して実現したいというのが経団連の本音だと思います。その意味で労働時間規制緩和の本丸は、「企画型裁量労働制の拡大」だと思います。

このほかには、テレワークの「事業場外みなし制度」や、兼業・副業の複数事業所の労働時間の通算規制の緩和が具体的な項目として検討課題になる可能性があります。ポイントは「残業代を支払わず働かせること」です。

「もっと働きたい」?

働く側からも「もっと働きたい」という声があるとされています。ただ厚生労働省の試算では就業者の中で労働時間を増やしたい人は6.4%に過ぎません。また、インターネット上にある「もっと働きたい」という声は、法的な上限規制の話ではなく、職場単位のシフトや、勤務時間の設定に関するルールの話が多いのではないでしょうか。

とはいえ、もっと残業したい労働者も存在するのは事実でしょう。ですが、希望ややりがいを持って働いたとしても倒れたり、メンタル不調に陥ったりすることはあります。責任感のもとで仕事をため込んで追い詰められる人もいます。これらの事実は、過労死事件が明らかにしてきたことでした。ただし、こうした訴えも、「過労で倒れても自己責任だからいい」とか「規制をするな」と考える人には響きません。

しかし、社会の中には「自由」で済まされない問題が数多く存在します。例えば、この社会には人を傷つけたり、人の物を盗んだりしていい自由はありません。労働者同士もそれらと同じ発想で、労働法の規制が存在します。誰かの「長く働きたい」という自由は、それができない労働者の働く機会を奪ったり、労働条件を引き下げたりすることに間接的にせよ、つながります。長時間働ける人が長く働いた結果、(その人の意図とは無関係に)職場に対する高い忠誠心が評価されがちです。他方で、長く働けない・働かない人は、職場内で相対的な評価を落とされがちで、長時間労働が評価される職場風土が醸成されていきます。労働時間を無尽蔵に提供する労働者の存在で、労働者間における公平な競争が確保されなくなるのです。

また、日本では女性が家庭責任を事実上負うことで正規雇用や昇進の機会を失い、それが男女間の大きな賃金格差になってきました。こうした問題を背景に「働き方改革」が進んでいるのに、労働時間規制の緩和はこれらの動きを逆行させることになります。

効率化の契機を奪う緩和

また、時間外労働の上限規制の緩和は、働き方を効率化する契機を奪うことにつながります。上限規制があるからこそ、限られた時間の中でどうやって成果を上げるのかという労使の話し合いが生まれます。上限規制の緩和は、そうした労使コミュニケーションを後退させる可能性があります。

人手不足だから規制緩和をという声もありますが、長時間労働がまん延した職場に人が集まるでしょうか。経営者のやるべきことは業務の効率化や、単価の引き上げによる賃上げで人を集めることだと思います。上限規制を緩和しても人が集まるわけではありません。

残念ながら、高市総理の「馬車馬のように働く」などの発信は、好意的に受け止める声もあるのが実情です。ですが、一国のリーダーであればこそ、限られた時間の中で、効率的に働くことをめざす職場風土を醸成するようなメッセージが求められるのではないでしょうか。

労働組合への期待

労働組合的には上限規制の緩和は、労働組合活動をする時間が奪われることにもつながります。そうした意味も含めて労働組合は規制の強化を積極的に訴えてほしいと思います。例えば、「つながらない権利」や「勤務間インターバル規制」は、テレワークなどで働き方が多様化する中で働く人の共感を得やすい仕組みだといえます。上限時間そのものや、時間外割増率も規制を強める必要があります。そうした取り組みを通じて効率を高め、それによって生じた利益を賃上げにつなげる取り組みが重要です。労働組合が労働時間の規制緩和に反対するだけではなく、積極的な意見提起によって「働き方改革」を進めることが求められていると思います。

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