復興の力
人の力が復興の源ボランティア活動で見えてきた
能登の温かさと助け合いの原点


復興ボランティアの内容
「能登半島地震の復興支援ボランティアに100回以上参加してきました」
こう話すのは、NTT労組出身で現在は連合石川で副事務局長を務める宮前若恵さん。そこで感じてきたのは、能登の人たちの温かさと、労働組合の原点としての助け合いの精神だった。
宮前さんが能登半島地震の復興ボランティアに最初に参加したのは、震災の発生からおよそ20日後。石川県から連合石川に要請があった組織ボランティアだった。宮前さんは、その2週間後から一般募集のボランティア活動に参加するようになり、週末などの機会を使い、頻繁に被災地に通うようになった。
当初の作業は、がれき撤去や家財の運び出しなどが中心だった。その後、2024年9月に能登半島豪雨が発生すると泥出しのボランティア要請が増えた。
2025年に入ると、公費解体が本格化し、家財の片付け作業が再び増えた。公費解体を行うには、家の中の家具や生活用品をすべて運び出す必要があるからだ。被災者が金沢市内などへ二次避難していたため立ち会いができず、作業が延期になることもあった。
一方、泥出しの作業も完全になくなったわけではなかった。その後の雨の影響で、時間がたってから泥の除去が必要になるケースもあった。このように2025年後半になっても家財の運び出しや泥出しといったニーズは残っていた。
多様なボランティアの形
こうした復旧作業のほか、宮前さんは幅広いボランティア活動に参加してきた。その一つは、お祭りボランティアだ。準備や片づけを手伝ったり、にぎやかしとしてお祭りに加わったりするボランティアに参加してきた。
「能登半島には各地にさまざまなお祭りがあります。コロナ禍で中止になっていたのをようやく再開しようとしていた矢先に地震が起き、再び中断を余儀なくされました。お祭りを再開することで離れて暮らしていた人が帰ってくることもあります。町のポテンシャルを高める力になると思います」と宮前さんは語る。
また、農業ボランティアも参加した活動の一つだ。宮前さんは栗の収穫作業などのボランティアに参加してきた。能登は農業が盛んな地域だが、もともと担い手不足という課題を抱えていた。そこに震災が重なり、人手不足に拍車がかかった。「復旧作業が一段落しても能登には地域を支えるためのさまざまなボランティア活動が必要になっています。これからも継続して活動に参加したい」と宮前さんは話す。
連合石川としての支援
一方、連合石川としても能登半島地震に関して、さまざまな支援を続けてきた。発災以降の組織ボランティアでは、連合本部とも連携し、県内はもとより全国から多くの組合員を現地に派遣。
あわせて連合石川では、義援金の募集にも継続して取り組んできた。大会や各種会議の場で寄付を呼びかけ、寄せられた善意を石川県を通じて被災地へ届けている。
その活動は2025年に県から表彰を受けた。現在も石川県のボランティア連絡会にも参画し、他団体との情報共有や意見交換を行っている。
加えて、石川労働局や石川県に対する政策要請では、被災地の雇用確保や産業振興、生活再建にかかわる課題を要請している。
復興に向けた課題
宮前さんはボランティア活動に参加する中で、どのような復興に向けた課題を感じてきたのか。
一つには「移動」の問題がある。金沢市内から能登半島の先端に位置する珠洲市まで車でおよそ2時間半。移動の負担が小さくないことは、ボランティアの課題の一つとなってきた。昨年夏までは県のボランティアバスが運行されていたが、現在は自己手配となっている。さらに冬場は雪の影響で活動が制限される。今年は記録的な大雪に見舞われ、珠洲市ではボランティアが数週間中止になった。
二つ目は、能登を訪れる人の減少だ。ボランティアで訪れる人の減少は、買い物や飲食店を利用する人の減少にもつながる。三つ目は、これらに関連する産業振興の課題だ。働き手が地域からいなくなれば、商売を続けようとしても消費者そのものが減ってしまう。実際、町の中には更地のまま残っている箇所も少なくない。能登を訪れる人を増やし、地域の産業をどう活性化するのかが課題となっている。
能登の人たちの温かさ
ボランティア活動に参加し、地域の人たちと触れ合う中で、宮前さんが強く感じてきたことがある。それは能登の人たちの温かさだ。
「ボランティアをしていていつも思うのは、皆さんがとても前向きということです。現地の皆さんは厳しい被害に見舞われたにもかかわらず、ボランティアに対して、優しく感謝の言葉をかけてくれます。そうすると自然と『また来よう』という気持ちになります」
こうした経験を通じて宮前さんは、「自分がなぜボランティアをしているのか」を考えるようになった。そこでたどり着いた答えは、「これは人のためではなく、自分のためにしている」ということだった。災害はいつどこで起きるかわからない。もし自分が被災したら、誰かに助けてほしいと願うはずだ。こちらが寄り添えば、相手もまた寄り添ってくれる。「助け合いの精神こそが大事なんだと改めて感じました」と語る。
宮前さんは、こうした思いをSNSでの発信に反映させている。自身のSNSでボランティア活動の様子を発信する際、「#能登に恩返し」「#自分にできること」という二つのハッシュタグをつけている。能登の人や風景に癒やされてきたと感じるからこそ、「助ける」というより「恩返し」だと感じたからだ。
もう一つの「自分にできること」という言葉には、無理をしないという決意が込められている。続けられる範囲の活動の継続こそが大切だと考えている。「この二つは、自分の中のポリシーです。これからも変わらず続けていきたいと思っています」と語る。
労働組合活動の原点
宮前さんは、能登での経験が労働組合活動と重なると感じている。日々の組合活動では、大会やセミナーの準備、事務処理などに追われることも多い。その中で、「自分は本当に人に寄り添えているのだろうか」と感じることもあった。
しかし、ボランティア活動をする中で初心に立ち返った。「そもそも、なぜ労働組合に入り、役員になったのか。それは人に寄り添いたいと思ったからです。この精神を忘れてはいけないと思いました」と宮前さんは話す。能登でのボランティア活動が、労働組合の原点である助け合いの精神とつながり合っていた。
最後に、全国の仲間へのメッセージを尋ねると、宮前さんはこう語った。
「機会があれば、現在の能登を見てほしいと思います。報道で見るのと、実際に足を運んで感じるのとでは、受け止め方が違います」
もちろん、現地に行くことだけが支援ではない。義援金を送ること、能登産の物品を購入すること、復興を願い続けることも力になる。「できることは人それぞれです。自分にできる形でかかわっていただければうれしい」。その思いが、復興を支える力になると信じている。
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