暮らしから考える社会のこと 「社会への投資」が暮らしを変える「アベノミクス」で暮らしが楽にならないのはなぜ?
「うそ」の現状維持をやめ、新たな産業に転換を
成長していない
2017年度の名目GDPは約550兆円でした。この数字は、2016年12月に改定された基準に基づいて算出されたものです(2008SNAに移行)。しかし、旧基準で算出した名目GDPは約500兆円にとどまっています(図1)。旧基準の名目GDPは、ピークだった1997年から現在まで停滞したままです。安倍政権は「成長」を強調しますが、実は成長していません。
1997年から経済が停滞している間に猛烈な勢いで増え続けたのが長期債務残高です。長期債務残高は国と地方を合わせて2017年度末で1093兆円にまで膨らんでいます。安倍首相はプライマリーバランスの黒字化目標を2025年度に先延ばしし、自らの任期内での解消を諦めました。しかも、黒字化達成の前提となる成長率や金利は「甘め」に設定してあります。
成長率を高めに設定すれば、税収が増え財政赤字が減ることになります。しかし、景気回復で金利が高くなると利払いが増え、財政赤字が累積してしまいます。そのため低金利は維持しなければなりません。政府が発行する国債を日銀が大量に買い取って金利を低く抑えているのはそのためです。
一方、政府が成長を強調するGDPは、膨大な財政赤字によってようやく支えられています。日銀が保有する国債は日銀の「営業毎旬報告」(9月20日現在)によると460兆円を超えています。これは国債残高の4割以上を日銀が持っていることになります。歴史的には第二次世界大戦以来のことです。つまり、GDPを支えるために政府が財政赤字を積み重ね、財政破綻しないために日銀が政府の発行する国債を買い支える。今の日本経済は、政府の財政赤字と日銀の国債購入でなんとか経済を持たせているというのが実態。いわば「麻薬中毒」のようなものです。「麻薬」は、やめると猛烈な痛みが現れます。でも、それをやり続ければ、必ずどこかで破綻をきたします。
もう一つの危機
成長の「うそ」はもう一つあります。1997年以降、実質賃金と家計消費は落ち続けています。政府は企業の生き残りのために労働法制を緩和し、企業は人件費を削減することで利益を確保してきました。企業を生き残らせるために法人税の減税もしました。結果として、企業の利益は上がっても賃金が上がらず、雇用は不安定なので、家計消費は停滞。企業は生き残りのために配当金を増やして、内部留保をため込み、自社株買いやM&Aで自己防衛的な行動を取り続けてきました。日銀は企業の株式を大量に買い込んで、これを支えます。
しかし、これでは先がありません。技術革新や前向きな設備投資がなければ、新たな成長につながりません。加えて、労働への分配を行わなければ、働く人たちは家族をつくれず、少子高齢化に拍車がかかるだけです。このように、「うそ」を積み重ねて、何とか経済を持たせているのですから、豊かになったと感じられないのも当然です。
このような状態が続いた結果、懸念される最も悪い事態は、ハイパーインフレの発生です。ただ、ハイパーインフレは、お金を大量に刷っただけでは起こりません。それに加えて、歴史的に見れば戦争やデフォルト(債務不履行)がハイパーインフレの引き金になります。
戦争という危険性は以前に比べると遠のいています。もう一つの要素であるデフォルトは、貿易黒字があるときは起きにくいです。当面は2年連続で貿易黒字となっていますが、その点で心配なのは、貿易黒字の8割を稼ぎ出す自動車産業の動向です。日米貿易摩擦の対象になっていますが、日本のハイブリッド車の性能は世界でも優れていて、競争力も高い。ところが、世界の自動車産業がハイブリッド車を飛び越えてEV車に一気に移行すると、ハイブリッド車に関してサプライチェーンを抱える日本の自動車メーカーにとって不利な状況が出てくる可能性があります。そこでマーケットを奪われると貿易黒字が難しくなるという懸念はあります。
もう一つの心配は、金利の上昇です。膨大な財政赤字があるので、金利が1%上がっただけでも利払い費は兆単位で跳ね上がります。東京オリンピックが終わり、国内に流れ込んでいた資金が国外に流れ出すと、経済ショックに襲われる可能性があります。世界的に見ても、世界の民間部門の債務残高がリーマン・ショック前並みになっているというデータもあり、バブルの兆候も見え隠れしています。
ショックに強い経済をつくる
では、こうした流れをどう転換すれば良いでしょうか。金融緩和をやめるのは容易ではありません。やめた途端に金利が上昇して、国債や株の暴落などを招くからです。財政の崩壊を招かないように、難しいですが、ゆっくりと正常化を図っていくしかありません。
その一方で、ショックやリスクに強い経済をつくらなければなりません。新しい技術を取り込んだ産業を興し、危機に強い経済をつくる必要があります。
産業構造は大きな転換期を迎えています。私は、集中メインフレーム型から地域分散ネットワーク型の経済への転換が必要だと訴えています。再生可能エネルギーは世界で猛烈なスピードで発展しています。コストの低下もめざましい。地域をネットワークでつなぎ、エネルギー創出を地域ごとで行う。そうすると、インフラや建物の構造、耐久消費財が変わり、新しい需要を喚起します。新しい産業は、安全や環境といったより良い社会的な価値観を実現させながら、社会の仕組みを変えていきます。
地域分散ネットワーク型では、地域の市民たちが自分たちで暮らしにかかわることを決めます。自分たちで話し合って、参加して、投資して、需要を生み出します。このように地域分散ネットワーク型は、安全、環境、民主主義などをキーワードにしながら、地域に雇用を生み出し、ショックに強い社会をつくり上げていきます。「オリンピック」「新幹線/リニア」「万博」といった古臭いスキームにしがみついていては、前に進めません。
明るくて新しいテーマを
暮らしを良くするということは、自分たちがどういう社会をつくりたいか。そこに自分がどう参加できるかにかかっています。未来の社会をつくる上で自分が役割を果たせた方が、人は楽しさを感じるでしょう。
人々は何か明るくて、新しくて、飛びつきたくなるテーマがないと投票に向かわないものです。確かに、再分配政策は大切です。でも、それだけでは未来は見えない。北欧の福祉国家も90年代以降、IT化を含めたイノベーションの研究開発と教育投資を重視してきました。現代日本にとっても、エネルギー産業やケア産業など、新しい産業をつくって、雇用を生み出し、社会システムを変えることが大切です。今は、金融緩和と日銀の国債買い取りによって、「今がいいならいい」という状態かもしれません。でも、それではどんどん健康がむしばまれるばかりです。新しい社会をつくるという前向きなメッセージが必要だと思います。