特集2023.07

AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
HRテクノロジーはどこまで進んでいる?
人材データ利活用の現状を知る

2023/07/12
企業経営の発展に資することなどを目的に、人材データの利活用が進んでいる。企業における人材データの活用の現状はどうなっているのか。「HRテクノロジー大賞」の審査委員長を務めるなど、HRテクノロジーの第一人者である岩本隆特任教授に聞いた。
岩本 隆 慶應義塾大学大学院政策・
メディア研究科特任教授

HRテクノロジーの流行

「HR TECHNOLOGY」という言葉は2000年にアメリカで商標登録され、日本でも「HRテック」「HR TECH」という言葉が2015年に商標登録されています。

私たちは2015年に慶應義塾大学で「HRテクノロジーシンポジウム」を開催しました。これが日本で「HRテクノロジー」という言葉が初めて使われたイベントになりました。商標登録をしていないので、誰でも使える言葉になっています。

HRテクノロジーはもともと、人事の情報通信システムをそう呼んだのが始まりです。給与計算や労務管理のシステムを指す言葉として使われていました。

潮目が変わったのが2010年代に入ってからです。AIやビッグデータの技術が発展したことにより、人事の領域にもデータ活用の波が広がりました。さまざまなクラウドアプリケーションが生まれ、HRテクノロジーの市場が急成長しました。スタートアップ企業も数多く生まれています。

人的資本経営の背景

HRテクノロジーの流行の背景には、人材を重視した経営戦略があります。

経済産業省は2017年から、生産性を高める「産業人材」政策に取り組み始めました。「働き方改革」の一方で、企業の競争力を高めることが狙いです。

一方、投資家から人的資本情報の開示が求められるようになっていることも、人材情報のデータ化を後押ししています。背景には、産業構造の変化があります。例えば、製品を量産する製造業であれば、財務諸表を見てアセットがどれくらいあるのかを確認すれば、次の利益を予測できます。しかし、現在のようにソフトウエアをはじめとした無形資産が大きな利益を生み出す時代になると、そうはいきません。企業の価値は優秀な人材の存在によって左右されますが、企業がどれくらい優秀な人材を確保しているのかは財務諸表を見てもわからないからです。そのため、人的資本を評価するための基準が求められるようになり、2018年12月には、ISO 30414という人的資本報告のガイドラインが公表されています。

人的資本経営の一番のポイントは、従業員が活躍することと、従業員の成長を企業がサポートすることです。この二つに取り組む企業が増えています。産業構造の変化を背景に、それをしなければ企業が利益を上げられないようになっているからです。こうした動向を背景にHRテクノロジーが広がっています。

日本企業の現状

日本企業のHRテクノロジー活用の現状を見ると、それまで使ってきた人事システムに、採用や育成などの分野ごとに分かれた単機能のクラウドアプリケーションをプラスアルファして使っている企業が多い印象です。分野ごとに分かれたアプリケーションを使っているため、分野を横断した全体的なデータ分析が難しくなっています。例えば、採用時だけのデータでは、その人材がその後、どのように配置され、育成され、スキル形成したのかがわかりません。採用から育成、配置、スキル形成などのデータを統合して把握することが大切です。

日本企業はこれまで従業員のスキル情報のデータ化などを進めてきませんでした。そのため、いざ従業員に対して人材情報の入力を求めても、従業員側はモチベーションが高まりません。

そうしたことから最近では、従業員を管理するためではなく、従業員が自分のためにデータを活用することを目的にシステムを使う企業が多いです。例えば、自分のデータを入力することで、自分が現在持っているスキルはこういうもので、こういうスキルを身に付けると、こういうキャリアを歩めそうということがわかる、というシステムです。従業員にとって自分の成長につながるため、データを入力するインセンティブになります。

また、最近特に多いのは、「スキルマップ」の活用です。自分の持っているスキルを登録して、他の従業員も見られるようにしておくことで、足りないスキルを補ったり、社内の交流を活発化させたりすることができます。

データ把握のポイントは?

私たちが実施している「HRテクノロジー大賞」を受賞した日立製作所は、従業員に対して、データを評価に一切使わないという約束で、個人の「生産性」と「配置フィット感」を主観に基づいてシステムに入力するよう求めました。それに基づいて上司がアドバイスします。

ポイントは、客観ではなく、主観データを入力してもらったことです。従業員は、自分の生産性を高めたいし、配置や配属のフィット感を高めたいので100%近い従業員がデータを入力したそうです。その結果、導入した部署の業績が伸びたため、他部門にも展開しようとしています。

最近は、従業員のキャリア・ウェルビーイング=働きがいをサーベイし、それを高めようとする企業も増えています。コミュニケーションの頻度をデータ化している企業もあります。マネジャーと部下のコミュニケーションの頻度などを分析した結果、さまざまな部下とこまめにコミュニケーションをとっているマネジャーの方がチームのパフォーマンスが高いことがわかったといいます。また、リーダーの自律神経の状態を調べた結果、リーダーの自律神経の状態が良いと、チームが活性化して、いいアイデアが出てくるという研究結果もあります。

チームビルディングのためのデータ活用も進んでいます。例えば、多様な人材を掛け合わせた方がイノベーティブな組織になるといわれているため、あらかじめ作成しておいた従業員のデータベースに基づいて、編成を決めるというような使い方です。企業規模が大きくなるほど、こうしたタレントマネジメントシシテムが必要になります。

経営戦略との連携

とはいえ、何でもデータを集めるわけにはいきません。どのようなデータを集め、活用するのかを決めることが必要です。

欧米でタレントマネジメントが普及した際、よく言われていたのが、データのパラメーターの数をいかに減らすかということです。人材のデータのパラメーターは無数に考えられます。スポーツ選手では1万を超えるパラメーターを取るそうです。しかしこれではコストがかかり過ぎます。

そこで大切なのは、パラメーターの数を減らすことです。具体的には、自社で最も大切なデータは何かを定義することです。それはつまり、経営戦略とパラメーターを連携させることです。そのためにも、経営戦略に基づいた人材戦略を経営会議で議論しなければいけません。

データ利活用に際して大切なポイントは、データを提供する従業員にメリットがある形でデータを使うことです。反対に、データを提供する人にデメリットがあるのであれば、データを使うべきではありません。

今後は、個人情報の取り扱い方をはじめとしたデータ利活用の基盤を整備していく必要があります。原則として、従業員の個人情報を用いる際は、個人の許諾が必要というルールを設けることが重要ではないかと考えています。

HRテクノロジーは、人的資本開示などと併せてブームになっていますが、今後は、財務や法務などとの連携も進んでいくでしょう。そうした動きの結果、HRテクノロジーは経営テクノロジーへと進化していくのではないでしょうか。

特集 2023.07AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー