特集2023.07

AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
汎用AIの進化で
ホワイトカラーの置き換え
労働移動を労組がサポートを

2023/07/12
生成AIの急速な発展による雇用の代替が予想されている。生成AIは雇用にどのような影響を及ぼすのか。働く人や労働組合に求められる対応などについて聞いた。
岩本 晃一 独立行政法人経済産業研究所
リサーチアソシエイト

変わるAIの活用法

プログラム技術の発展によって人工知能(AI)は、急速に進化しています。これまでのAIは、自動運転や翻訳のように特定の分野での活用が中心の専用AIでしたが、分野を問わず活用できる汎用AIが急速に進化しています。それによって、作業手順が文書化できるような業務であれば、プログラムへの置き換えが可能になり、AIが代替できるようになっています。生成AIの普及によって、作業手順がある程度、文章化でき、機械に対して指示できるような業務は、AIに置き換えられていくでしょう。

数年前までAIの活用法として想定されていたのは、「頭脳はAI、体はロボット」という使い方でした。AIとロボットを接続し、人間が行う単純な作業、例えばホテルの受け付けなどを代替するという使い方です。しかし、AIとロボットを接続する技術が難しく、人件費の低い作業に対して高額なロボットを製造するのは採算が合わないため、思ったように普及していません。

また、AI活用の一つとして挙げられていた自動運転も実用化が進んでいません。背景の一つにニーズとのミスマッチがあります。自動運転車に関する調査では、現在の価格より10万〜15万円の範囲なら購入するという回答が最も多かったといいます。しかし、これでは製造コストに見合いません。また、自動運転へのニーズが最も高いのは、山間部に住む高齢者でした。運転すること自体に魅力を感じる人もいて、自動運転へのニーズがそれほど高まっていません。事故を起こした際の法的責任などの問題も解消されておらず、当初から指摘された問題点がクリアできていないため、実用化が進んでいません。

むしろ、生成AIに見られるように、AIを自動車やロボットなどに接続するのではなく、高度な頭脳労働だけに代替するようなAIの使い方が主流になっています。

その結果、AIを道具として利用し、業務の効率化やスピードアップを図れる人は、仕事のパフォーマンスが上がりますが、AIで代替できるような業務をしていた人たちが、仕事を失う可能性があります。

ホワイトカラーの置き換え

AIによる雇用の置き換えが懸念されていますが、技術の発展に伴う雇用の代替はこれまでにも起きてきました。

例えば、ブルーカラーの労働現場は、かつてはたくさんの作業員がいて、流れ作業や人海戦術で製品を製造していました。そこに製造機器が導入され、人間の作業が機械に置き換えられ、大企業の工場は今ではほとんど自動化されていて、人間の仕事は、機械の不調をチェックしたり、故障を修理することが主です。

翻って、現在のホワイトカラーはどうでしょうか。オフィスにはたくさんの人がいて、かつてのブルーカラーの労働現場のようです。ホワイトカラーの労働現場は今も人海戦術ですが、生成AIが導入されることで変わります。かつてのブルーカラーの労働現場と同じように、人海戦術で行われていた仕事が、AIに置き換えられていきます。

例えば、ソフトウエア業界には「IT土方」という表現もあります。現在でも、プログラミングの自動化が進んでいますが、汎用AIの進化によって、より複雑なプログラムでも自動化できるようになります。人海戦術でつくっていた大規模プログラムをAIに任せることも可能になるでしょう。人間は、より高度なプログラムをつくるとか、顧客へのコンサルティングをするとか、そうした方向性へシフトし、より高度で人間に使いやすいプログラムをつくることが可能になります。

大企業の工場は自動化が進み、現在では人がほとんどいなくなっていますが、中小企業の工場に行くと今でも人海戦術で仕事をしているところも少なくありません。中小企業の工場では、生産量が少ない分、利益が出ないので機械化投資ができないのが実態です。つまり、機械に投資するより、人件費の方が安いというのが、中小企業経営者の判断なのです。この状態が変わらない限り、機械化投資は進みません。

AIの導入でもこれと同じことが起きると思います。生成AIが進化して、人件費よりも安いコストで導入できるようになれば、AIは一気に普及するはずです。

AIを生かす

人海戦術で働くことに慣れてしまうとそれが「仕事」だと思ってしまうかもしれません。実際、これまでの働き方を変えたくないなどの理由で、デジタル技術に対して拒否感を示す人も少なくありません。日本はその傾向が特に強い国です。しかし、それでは世界の流れからますます取り残されてしまいます。AIは、少子高齢化や人口減少を補う絶好のツールだと捉えています。AIに任せられる仕事はAIに任せ、定時に帰宅して心のゆとりを持つことで、人間はもっと創造的で人間らしい仕事ができる時間を増やしていくべきです。

働く人にとって、新しい技術が導入されると最初は戸惑うかもしれませんが、慣れてみると便利であることも多いはずです。仕事をしやすくなるという観点で積極的に活用していくことがいいと思います。

所得格差の拡大

一方、AIが導入されることで懸念される課題もあります。AIの導入に伴う雇用の代替や所得格差の拡大です。

雇用の代替については、AIに代替される業務に就いていた人は、研修を受けるなどして新しい仕事に移ることになりますが、新しい仕事に適応できない人は必ず出てきます。また、新しい雇用の場をどれだけつくれるのかも大切になります。AI市場を開拓し、雇用の場をつくり出す努力が求められます。

所得格差の拡大については、アメリカの前例があります。マサチューセッツ工科大学のデイビッド・オーター教授は、アメリカで情報化投資が進んだ結果、仕事の二極化が進んだことを明らかにしています。情報化投資が進み、データサイエンティストのような仕事に就ける人は少数で、多くの人は低賃金の仕事に移りました。

日本の情報化投資は遅れてきましたが、今後それが進むことでアメリカと同じような歴史をたどる可能性はあります。所得格差の拡大に対しては、政府による所得再分配などの政策が重要になります。

労働組合の役割

AIがこれまでの仕事を代替することによって、労働移動が生じます。労働者が企業の枠を超えて移動する場合、リスキリングやマッチングを行う主体が日本にはほとんど存在しません。個人の力で、リスキリングをしたり、新しい企業を見つけたりするのはとても大変です。そこで労働組合の役割に期待しています。

労働組合は、さまざまな会社の人事部とつながっていて、直接話をすることができます。労働組合が企業と労働条件などを事前に調整することで、働く人に安心感を提供することができ、スムーズな労働移動を促すことができます。教育訓練をサポートすることもできます。労働移動の責任を働く人個人に押し付けるのではなく、国や労働組合などがサポートしていくことが大切だと思います。

特集 2023.07AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー