特集2023.07

AIの進化と雇用・労使関係
技術の導入と労使関係のかかわり
生成AIの裏側に低賃金労働者
海外労組はAI利用を巡って団体交渉

2023/07/12
世界で急速に利活用が進むAI。海外では、どのような問題が生じていて、労働組合はどのように対応しようとしているのだろうか。国際産業別労組であるUNIの日本加盟組織連絡協議会の上田智亮事務局長に寄稿してもらった。
上田 智亮 UNI LCJ事務局長

シンギュラリティの到来

日常において「AI(人工知能)」という言葉が飛び交うようになった。実際AIは、さまざまな分野で活用され、超少子高齢社会により労働力不足が深刻化する日本においては、多くの企業がAIの活用によって効率化を図ろうとしている。

シンギュラリティ(技術的特異点)とは「AIの性能が全人類の知性を超える時点」を意味し、その到来によって、AI自らがより賢いAIを作るようになると言われている。それは、2045年問題と呼ばれていたが、今の爆発的なAIの成長が続けば、2030年には人間のように自律的な思考、学習、判断、行動ができる「汎用AI」が出現すると言われている。シンギュラリティが到来すると今ある仕事の47%はAIに代わられると言われており、その例として事務員、飲食店の従業員、コールセンター窓口等が挙げられている。もうすぐ人体の一部を人工化し、脳をコンピューターに直接つないで人格や記憶を保存できる世界が現実となるかもしれない。

アルゴリズム管理

現在、AIにかかわる労働者が直面する問題は、功罪織り交ぜながら深刻さを増している。UNIは、以前からコールセンター等におけるアルゴリズム管理に着目している。例えばAIは、時間で働く労働者からより多くの生産性を引き出すよう設計されている。コールセンター業務では、AIが顧客との通話をすべて記録し、マニュアルに沿って対応しているか、顧客を怒らせていないか等を評価している。AIによって目標通話時間が設定され、オペレーターは、顧客にいかに素早く対応するかを強いられている。

アルゴリズム管理は、労働者にとってプレッシャーとストレスの増大を意味し、使用者にとっては、顧客対応の標準化と厳格な管理を可能にするものである。他方、AIによって煩雑な業務が解消された例もある。既に一部の小売店では勤務シフトの編成にAIが導入され、店舗マネージャーの業務を軽減している。

生成型AI

2023年初め、「ChatGPT」等の生成型AIが大きな話題となった。生成型AIとは、与えられた入力データから新しいデータを生成する技術で、ディープラーニング(深層学習)によってデータのパターンや規則性を見つけ出し、それを元に新しいデータを生成するAIである。

現状コールセンター業界では、生成型AIが急速に普及しており、数年前から初期型のChatGPTを使用し、平均通話時間を39%短縮し、オペレーターの生産性を14%向上させたとしている。彼らは、コールセンター業務におけるベストな対応モデルを設定してAIを訓練し、AIによるリアルタイムの顧客対応支援を行っている。ただし、現在その範囲は、単純な対応や、新人の業務補助に限定されており、経験豊富なオペレーターや、より複雑な対応が必要な場合には、まだ十分ではない。

またエンターテインメント業界も生成型AIの影響を受けている。現在、全米脚本家組合が大規模なストライキを決行しているが、その理由の一つは、著作権侵害への懸念である。制作会社は、AIに既存の作品データを流し込めば、原作者に何の報酬も払うことなく新作の脚本を手に入れられるのである。

日本でも芸能従事者団体「日本芸能従事者協会」とUNIメディア部会が連帯し、日本政府に対し芸術・芸能業界で働くすべての人の権利の尊重とAIの利用に対して必要な法的保護を導入するよう求める声明を発信した。

そして2023年6月、欧州議会は、AIによる生体監視、感情認識及び予測的取り締まりの全面禁止、生成型AI提供企業に対するプログラム構築に使用するデータとAIトレーニングに使用する著作権素材の開示、違法コンテンツの生成防止策等を義務付ける「AI規制法案」を可決した。

AIトレーニング

自ら思考し、意思決定を行うことができない生成型AIには、AIを訓練するAIトレーナーが不可欠である。データをラベリングし、AIに流し込んで訓練する労働者は、AIが運用されているほとんどすべての国に存在する。

彼らは、その国の言語、文化、習慣等を理解している必要があるが、彼らの多くは非正規雇用労働者であり、毎日、膨大なデータと格闘しAIを訓練している。

この業務のほとんどはBPO(外部委託)企業によって行われ、彼らは契約を取るために、非正規労働者を低い賃金と労働条件で雇用し、価格競争力を得ている。BPO企業は、世界中で事業を展開しているが、労働基本権が保障されない国も多く、組織化は困難である。例えば、米国のあるAIトレーナーの時給はわずか15米ドルで、彼はChatGPTにより良い回答をさせるために、膨大なデータと時間をAIの訓練に費やし続けている。事実、彼らの存在なしに生成型AIは成り立たないのである。

コンテンツ・モデレーション

AIは以前からコンテンツ・モデレーション(SNS上の投稿内容チェック)に利用されていた。従来のChatGPTは、テキストのみに対応していたが、新しい「GPT-4」は、画像にも対応できるようになった。UNIは、この分野に関してはAIの活用によって、近いうちにモデレーターが有害コンテンツに曝されるリスクを軽減できると期待している。しかしそれでもなおすべてのチェックをAIのみで行うことは困難であり、人間がAIを訓練する必要がある。

またモデレーションの範囲は、非常に幅広く、有害動画以外に、詐欺サイト、著作権侵害、なりすましの監視・削除等、さまざまであり、モデレーターはその国の社会・文化・政治的背景の理解が必要なため、やはりその国の人間であることが望ましいとされている。

UNIとグローバル枠組み協定(GFA)を締結し、世界88カ国で44万人を雇用するテレパフォーマンス社は、2023年3月、コンテンツ・モデレーション事業への再参入を発表したが、併せて有害コンテンツを自動排除するAIの活用、モデレーターの安全衛生対策の強化、安全衛生委員会の設置等の施策を発表した。UNIは、この分野には新しい安全衛生施策が必要であるとして、今後も同社と協力していく旨を表明した。

労働組合は
どう取り組んでいるか

生産性向上によって得られた利益は、使用者が独占するのではなく、労働者に公正に分配されるべきである。AIの活用が、生産性向上につながっているなら、組合はその生産性向上分を賃金に反映させるための団体交渉を行うべきである。

UNIは、AI労働者を組織化し、団体交渉に参加させ、労働条件の改善につなげるよう、加盟組織と取り組んでいる。テレパフォーマンス社とのGFAが、AI労働者の組織化の一助となることを期待している。

UNIは、アルゴリズム管理に関し、AIによる過度な監視に対抗する方法や組合がAIに関する団体交渉に臨むためのガイドを発刊した。また専門家と協力しAI労働者を保護するための安全衛生スキームを開発中である。今後も私たちは、この新しい分野の労働者を守るため、世界中で連帯し取り組みを進めていかなければならない。

欧州議会が包括的なAI規制案を可決
生成AIに“透明性要件”を求める

欧州議会は6月14日、AIの包括的な規制法案を賛成多数で可決した。

規制案では、AIの利用をリスクに応じて4段階に分けて、それぞれに規制や禁止の規定を設けた。

禁止されるAIの利用法としては、▼“リアルタイム”な遠隔生体認証システムを公共空間で利用できるようにすること▼センシティブな特性(例:性別、人種、民族、市民権、宗教、政治的指向)を用いた生体認証分類システム▼プロファイリング、位置情報、過去の犯罪行為などに基づく予知的な警察システム▼法執行機関、職場、教育機関における感情認識システム、▼顔認識データベースを作成するために、インターネットやCCTV映像から顔画像を無制限にかき集めること──が挙げられている。

また、生成AIに関しては、透明性要件(コンテンツがAIによって生成されたことを開示し、いわゆるディープフェイク画像と本物の画像を区別することにも役立つ)を遵守し、違法なコンテンツを生成しないための保護措置の確保を求めるとしている。

上記の情報は、下記サイトから確認できる。

https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20230609IPR96212/meps-ready-to-negotiate-first-ever-rules-for-safe-and-transparent-ai

法案は今後、欧州議会と欧州理事会、欧州委員会の3者が協議し、最終的な詳細が決まる。

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