改正ワークルールへの対応 職場から改善を"過労死ゼロ"へ 労組は「36協定」で長時間労働防止を
過労死防止大綱が閣議決定
「全国過労死を考える家族の会」は、1991年に結成されました。私は家族の会の一員として、厚生労働省などに過労死問題に関する要請を行ってきました。しかし、その間も過労死の数は増え続け、現行法の範囲では、過労死を防ぎきれないことを実感しました。
昨年11月に施行された「過労死等防止対策推進法(略称・過労死防止法)」は、過労死を予防したいという遺族の強い思いもあって、成立に至ることができたと思っています。この法律は、過労死の調査・研究が中心で、内容も不十分でしたが、過労死の防止を国と自治体の責務として定めた点、また、国会で与党を含めて全会一致で可決された点は、大きな成果だったと考えています。
同法の方針を受け、過労死防止に関する大綱を作成するための協議会が厚生労働省に設置されました。この協議会に旧・過労死防止法制定実行委員会からも7人(有識者3人、家族の会から4人)が参画し、意見を述べてきました。その結果、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が7月24日に閣議決定されました。
家族の会が訴えたこと
家族の会が協議会で訴えたのは、過労死を“ゼロ”にすることです。過労死はあってはならないものです。だから、5%、10%などの数値目標が設定されることは許されません。私たちの意見を踏まえて大綱には、「過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ」という副題が設けられました。
過労死防止法には、「労働時間」「長時間労働」「過重労働」「賃金不払残業」などの具体的な語句の記載はありませんでした。大綱にはこれらの文言が加えられました。また、労働安全衛生法、労働契約法等の規定にも触れられ、事業者(使用者)には健康確保の責務があり、健康安全の配慮義務を有することも加えられています。これらは評価できる内容です。
加えて家族の会は、社会に出る前の教育課程で、労働者の権利やワークルールなどを学べる機会をつくってほしいことも主張しました。近年では、過労自殺が社会人になったばかりの若年層にまで広がっています。大綱には、大学生や高校生の段階から労働関係法令への理解を深め、学校教育を通して啓発する必要があることが記載されました。
過労死は、労働問題に加え、人権問題であることも主張しました。過労死に至るまでには、長時間労働などで、人間らしく生きる権利が奪われていきます。過労死は人権にかかわる問題であることが、大綱の導入部分で明記されました。
労組は「36協定」で残業抑制を
今回の大綱には、労働組合に関する項目も盛り込まれています。そこには、「この大綱の趣旨を踏まえた協定又は協議を行うよう努める」という一文が記されています。
過労死の主要な原因は長時間労働です。労働組合には、長時間労働を抑制する役割があります。36協定の締結権をもつ過半数労働組合に、時間外労働をできる限り短くさせる取り組みを行ってもらえればと思います。
また、大綱には、「労働条件や健康管理に関する相談窓口の設置」という項目があります。この点も労働組合に期待しています。過労死する方のタイプは共通していて、まじめで責任感が強く、優秀な場合が多い。仕事を途中で投げ出したら、周りに迷惑が掛かると思い、最後までやり遂げてしまうケースが多いのです。本人は必死になって仕事に取り組んでいるため、周りがその状況に気づき、止めてあげなければ解決できません。
多くの場合、企業は過労死を個別事例として扱おうとします。けれども、過労死が起きてしまう背景には職場の構造的な問題があります。労働組合には、過労死や過重労働の問題を個別の問題にしないでほしいと思います。長時間労働の背景には職場の構造問題があると捉え、それを把握し、職場では言いづらい心の問題なども相談できる体制を築いていただきたいです。
国などの取り組み |
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過労死ゼロをめざし、「2020年までに週労働時間60時間以上の労働者を5%以下にする」といった数値目標 労働者の勤務状況と、その後の病気との関係を長期的に追跡調査する 電話やメールを活用した相談窓口の整備 大学生らを対象にしたセミナーなどによる知識普及と啓発活動の展開 |
事業主の取り組み |
最高責任者・経営幹部が先頭に立って取り組みを推進するように努める。働き盛りの年齢層に加えて、若い年齢層にも過労死が発生していることを踏まえて、取り組みの推進に努める |
労働組合などの取り組み |
労使が協力した取り組みを行うように努める。労働組合および過半数代表者は大綱の趣旨を踏まえた協定または決議を行うよう努める |
「残業代ゼロ制度」は過労死増やす
家族の会では、安倍政権が打ち出した「高度プロフェッショナル制度」と「企画業務型裁量労働制の拡大」に対して、明確に反対の意思を表明しています。両者は、過労死防止法に明らかに逆行しており、過労死を拡大させる制度です。
高度プロフェッショナル制度が導入されれば、一定範囲の正社員を対象に無制限に働かせることが可能になります。「健康管理時間」や「休息時間」などの長時間労働の防止措置を講じる項目が加えられましたが、実行性が疑わしいうえに、具体的な時間に関する規定がなく、過労死防止になる保証はありません。
また、裁量労働制は、仕事のやり方に裁量はあっても、業務量に裁量がない場合がほとんどです。そのため過大な仕事量が与えられ、みなし労働時間を大きく超える長時間労働を余儀なくされています。現状でさえ裁量労働制で働く労働者の過労死・過労自殺が後を絶たない状況にもかかわらず、適用範囲をさらに拡大すれば、労働時間の歯止めがなくなり、過労死がさらに増加することは目に見えています。家族の会では、両制度を阻止するための警鐘を鳴らし続けます。
過労死ゼロの社会へ
今回、大綱が整備されましたが、実効性の確保などでいくつもの課題が残りました。家族の会では、「具体的な数値目標を盛り込むこと」「勤務間インターバル制度の導入を明記すること」「36協定の特別延長時間の限度を設けること」などを主張しましたが、いずれも明記されませんでした。過労死防止法は、調査研究の結果を踏まえ、3年をめどに見直しが行われるため、今回の課題を踏まえ、継続した取り組みを行っていきたいと考えています。
過労死防止法による具体的な成果を問われることもありますが、まだスタートラインに立ったばかり。成果が数値として表れるのは、国や自治体の取り組みが実践されてからになるでしょう。けれども、啓発活動を実施したことにより、今まで過労死に対して関心をもたなかった方々が、自分の働き方を見直し、長時間労働やハラスメントなどの問題を考えるきっかけになったと思っています。
過労死をゼロにするためには、法律の罰則強化に頼るだけではなく、働く人や企業の意識を変えていく必要もあります。まずは労働組合のある企業から模範を示し、それ以外の企業を巻き込んでいくことで、過労死ゼロの社会へと向かってほしいと考えています。