特集2016.08-09

72年目の戦後責任
過去と向き合い、未来をつくる
ドイツの戦後教育から学ぶ戦争責任と現代の難民問題

2016/08/17
戦後教育で日本と比較の対象になることが多いドイツ。日本がドイツから学べることは何か。ドイツ文学翻訳家である池田香代子さんに聞いた。
池田 香代子(いけだ かよこ) ドイツ文学翻訳家、口承文芸研究家。著書に『引き返す道はもうないのだから』、訳書に『完訳グリム童話集』、ゴルデル『ソフィーの世界』、フランクル『夜と霧 新版』など。

ドイツの歴史教育

しばらく間があった。

「まずいですよね。まずいと思います」

ドイツの歴史教育に関して一通り話し終えた後、池田さんは日本の現状について、こう切り出した。深刻なトーンだった。

何がまずいのか。そのことに触れる前に、池田さんが説明したドイツの歴史教育を紹介しておきたい。そこに手がかりがあるからだ。

池田さんは、ドイツの歴史教育について「学校教育」と「社会教育」の二つに分けられると言う。まず、学校教育について池田さんはこう説明する。

「ドイツでは多くの州で強制収容所について学ぶことが義務づけられています。歴史教育は日本と違って近現代史に多くの時間が割かれています」

「授業ではフィールドワークや議論が重視されます。議論する際、生徒たちは自分の支持政党を好きなアイドルを言うように話したりします。歴史を学ぶことと現代の政治が地続きになっている感じがします」

池田さんは、こんな事例も紹介する。

「ドイツのとある高校のエントランスにはピカソの『ゲルニカ』のレプリカが飾られています。日本で言うと、公立高校の入り口に重慶爆撃の写真が展示されているようなものです。日本と違うなって思います」

もう一つの「社会教育」について、池田さんは次のように紹介する。

「ドイツ国内にはいたるところに加害に関するミュージアムや史跡があります。一番驚くのは、10センチ四方の小さなモニュメント『つまずきの石』。これは真ちゅうのプレートに、ナチスに虐殺された人たちの名前や、連行された年月日を刻印し、その人が住んでいた家の前の舗道に埋め込むものです。他の敷石より5ミリくらい高くなっているから『つまずきの石』。これがドイツ国内に無数に埋められています。最小で最多の記念物です」

「ほかにも2010年にベルリンに建設された『テロルのトポグラフィー』という施設があります。これは、ナチスドイツが侵略先で犯した罪を記録する博物館で、ベルリンの中心部、かつてゲシュタポの建物のあった場所にあります。日本で言えば、霞が関の中心に加害のミュージアムがあるようなものです」

このような加害の歴史を記録した施設は、ドイツ国内のいたるところにある。学生も社会人もこうした施設を訪れ、加害の歴史を共有している。

「特徴的なのは、『つまずきの石』も『テロルのトポグラフィー』も市民運動から始まっていることです」と池田さん。市民の運動をきっかけにしてこれらの施設はつくられた。過去の歴史に向き合うためである。

ベルリン市内中心部にある「テロルのトポグラフィー」
「つまづきの石」

生命は生命で相殺できない

ドイツで「過去に対する責任」を問う市民運動が本格化したのは1960年代後半から。いわゆる「団塊の世代」が学生運動などをつうじて、親世代の戦争責任を問うようになった。池田さんは言う。

「それはものすごい突き上げでした。子どもが親に『戦争中、何をしていたのか』と問い詰める。親子の縁が切れた人もたくさんいました。そういう運動がドイツの歴史認識に関する屋台骨をつくりました」

有名なワイツゼッカー大統領の演説(1985年)もこうした運動の延長線上にあるといってよい。ワイツゼッカー大統領は、「自らが手を下してはいない行為について自らの罪を告白することはできない」が、「だれもが過去からの帰結にかかわり合っており、過去に対する責任を負わされている」と述べた。有名な一節である「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」はこの後に続く言葉だ。

池田さんはこの10年後、ドレスデン爆撃50年の追悼式典でヘルツォーク大統領がしたスピーチを紹介してくれた。

ドレスデン爆撃は1945年2月に連合国軍がドイツ東部の都市ドレスデンに行ったドイツ国内最大級の無差別爆撃だ。その50年追悼式典でヘルツォーク大統領は、次のように述べた。式典には英米の軍関係者も参加していた。

「ここに参集された誰ひとりとして、告発されることも、後悔や自責の念を求められることはない。また誰ひとり、この出来事(ドレスデン空襲)がナチス国家におけるドイツ人の悪行によって相殺されると考える方はいない」「命を命で、苦しみを苦しみで、死の恐怖を死の恐怖で、追放を追放で、戦慄を戦慄で、辱めを辱めで相殺することはできない。人間の悲しみは相殺できないのだ。悲しみは、共感と思慮と学ぶことをつうじて、ともに克服されるのでなければならない」

池田さんは、こうしたスピーチを国民が受け入れるのも、学校や社会において過去と向き合っていく日々を過ごしているからだと受け止めている。

過去と現在はつながっている

それは現在にも受け継がれている。池田さんはこう話す。

「難民問題への対応でメルケル首相は憲法(基本法)を守ろうとしています。ドイツの憲法には『政治的亡命者は庇護権を有する』という一文があります。日本の9条のような位置づけの条文です。ナチスドイツは隣国にひどいことをたくさんして、多くの難民を生み出した。そのことに対する償いとして、この条文がつくられました。メルケル首相はこの条文を守ろうとしています」

「過去の戦争責任の果たし方と現代の難民問題がつながっているのです」と池田さんは強調する。メルケル首相は支持率が低下するなど、難民問題で確かに苦境に立たされている。難民の受け入れを拒否する政党が支持を伸ばしたり、排外主義的な動きが見られたりするなど、問題は深刻化している。「学校や社会の中で過去と向き合う姿勢をこれだけ大切にしているドイツでさえ、こうなのですから、日本は余計に怖いですよ─」

「まずいですよね」

冒頭の「まずいと思います」という警告にここで戻ってくる。池田さんはその理由を説明する。

「アジアとの交流がますます盛んになって、職場にもアジアの人たちが増えていますよね。そのときに『マニラ市街戦』を知らなかったら?シンガポールのチャンギ空港近くの政治犯を収容する刑務所(で日本軍が捕虜を収容していたこと)を知らなかったら?最低限知っておかなければいけないことを知らされていない。これではコミュニケーションがとれないですよね。とってもまずいと思います」

被害の歴史は知らされているが、加害の歴史は知らされてない。池田さんは、「日本人は等身大の自分の見方を見失っている」と評する。自分だけに目を向けるばかりで、他人からどう見られているかわからなくなっているということだ。「テレビを見れば『日本すごい』という番組が多いですからね」と池田さん。

「安倍首相は戦後70年談話で『子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません』と言いました。背景には、安倍首相を支持する『日本会議』が絶対に謝らないという方針をもっているからだと言われます。ですが、そのような姿勢では対話が成り立ちません。被害者の方も恨みを抱えたまま一生を終えたくないと思います。謝ってくれてありがとうという関係をつくりたいと思います。相手からのメッセージを注意深く読み取らないといけないと思います」

過去や他者に目を向けると、対話に向けたメッセージが込められていることに気づく。それに応えることが対話の始まりになる。等身大の自分を再発見するために視野を広げる必要に迫られている。

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