特集2016.11

「第四次産業革命」と労働運動IoTとはアナログなプロセスをデジタル化させること
技術より「デザイン思考」が問われる時代に

2016/11/14
モノのインターネットと呼ばれる「IoT」(Internet of Things)は、社会をどのように変えていくのだろうか。まず、IoTの意味するところを知り、それをどう生かしていくかを考えてみよう。
森川 博之 東京大学先端科学技術研究センター教授

IoTとは何か

今日は、テクノロジーの話はしないで、非常に柔らかい話をしたいと思います。

私から見たIoT(Internet of Things)とは、「アナログだったプロセスをデジタル化すること」です。どういうことか、わかりやすい事例を一つ紹介しましょう。

これは、スペイン・バルセロナにあるお笑い劇場の事例です。座席の前にタブレット端末を設置し、観客が1回笑うごとにそれを認識し課金するシステムを導入しました。劇場は観客がどこで何回笑ったかをリアルタイムで把握でき、集めたデータを次のステージに生かすことができます。やってみると、劇場の売り上げは30%アップ。観客の満足度も向上したそうです。これは、お笑いというアナログをデジタル化させた事例と言えます。

スポーツ産業でもIoTが活用されています。例えば、選手のウエアにタグをつける。これにより、視聴者はフィールドにいる選手の名前や動きをリアルタイムで把握できる。選手の成績をすぐに検索したり、選手間の距離を表示させたりすることも可能です。

ほかにも、コーチが「グーグルグラス」を装着すると、選手の走る速度などが表示され、選手の状態が把握できるようになる。これまで経験と勘で教えていたものに、デジタルを加えて、新しい価値を生み出そうという事例です。

このように、IoTとはアナログで運用してきた分野に、デジタルデータを付け加えて新しい価値を見いだそうとする動きです。例えば、地滑りや土砂崩れの危険がある場所にセンサーを付けて、危機を察知することが将来的に当たり前になるかもしれません。このとき、私たちの生活は表面上、変わりません。私たちの気付かないところで、社会の裏側が確実にスマート化していく。こうした社会がIoTの広がった世界だと捉えてください。

生産性向上と価値創出

IoTは、最先端の技術を必ずしも必要としません。今ある技術で十分活用可能です。背景には、クラウドセンサーや無線機器が安い価格で提供されるようになったことがあります。

IoTの目的は、生産性の向上と価値創出にあると言えます。人口減少社会を迎える日本にとって、IoTの活用による生産性の向上は不可欠だと言えるでしょう。

ここでまた事例を一つ紹介します。埼玉県のローカルバス会社「イーグルバス」は、IoTを活用して、黒字化を達成しました。何をしたのか大雑把に言うと、乗降客数を数えるセンサーとGPSセンサーをバスに設置しただけです。それによって集まったデータを分析して、時刻表を再設定し、バス停を再配置して、黒字化を達成しました。この事例も、経験や勘のすぐれた人が乗降客数などを分析していれば、アナログでも同じような成果が得られたと思います。しかし、それをデジタルを活用して達成したことに、この事例のポイントがあります。

もう一つは、高知県の古紙回収の事例です。ここではまず、スーパーに設置していた古紙回収ボックスにセンサーを装着します。回収業者はこれにより集積状況などをデータで管理して回収作業を効率化してコストを抑えることができます。回収業者は浮いた費用を、古紙を持ち込む消費者にスーパーのポイントとして還元します。スーパーは駐車場の古紙回収ボックスを設置することで、消費者を呼び込むことができます。このようにアナログで運用されていた仕組みをスマート化することで、全体を効率化させる。こうした事例は地域や暮らしのさまざまな場面に眠っているはずです。

日本の生産性が低いのは、ICT分野にいる私からすると、ユーザー企業にICT技術者が少ないことに要因があります。日米のICT技術者の分布状況を比べると、日本のICT技術者は、ICT企業に約75%、ユーザー企業に約25%の割合で分布しています。しかし米国では、この割合が逆転し、ユーザー企業にICT技術者の約50%が在籍しています(図表1)。IoTとは、ユーザー企業をスマート化するものだと言えます。価値創出という観点でユーザー企業がIoTへの理解度の高い人材をどう育てるのかが課題だと言えそうです。

【図表1】日米のIT/ICT技術者の分布状況
引用:IoT/ビッグデータ時代に向けた新たな情報通信政策の在り方について第二次中間報告書,総務省,2016年6月.森川教授学習会資料から

物理的資産のデジタル化

ここからはIoTをどのように考えるべきか。5点ほどお話したいと思います。

1点目は、IoTとは、「物理的資産をデジタル化すること」ということです。その意味で、いま関心の高まっているシェアリングエコノミーもIoTの一つだと言えます。例えば、車という物理的資産をデジタル化したものがタクシーの配車サービス「UBER(ウーバー)」であり、空き部屋という物理的資産をデジタル化したビジネスが「Airbnb」だと言えます。航空機の予約システムを開発した「セーバー」社も、航空機の座席という物理的資産をデジタル化したものだと言えるでしょう。

このように考えると、まだデジタル化されていない物理的資産とは何かを探すことが、新しいビジネスを生み出すポイントになるかもしれません。

ICTは何を生み出す?

2点目は、ICTの汎用技術化が進んでいるということです。ここで重要なのは、ICTという技術が広がったことではありません。それによって、そのほかの産業セグメントに変化が生じることです。

かつての汎用技術といえば、蒸気機関でした。その蒸気機関の登場は、鉄道の発展を促しました。ここで重要なのは鉄道そのものの登場ではなく、それによって他の産業が大きく変化したことです。例えば、ビジネススクールは蒸気機関が生み出したと言う人もいます。なぜかというと、巨大になった鉄道会社には多くの中間管理職が必要になります。その育成のためにビジネススクールが生まれたというわけです。そして、鉄道会社という巨大な資本をサポートするために、ウォール街が発展したと言う人もいます。

このように、汎用技術の変化によって、他産業も含めて世界が大きく変わることが重要なポイントなのです。ICTはブロードバンドの登場を促しましたが、それがどのような新しい産業を生み出すのか、現時点ではわかりません。しかし、何か新しい変化が生み出されるのは間違いありません。

鉄道メーカーのバブルがはじけたのは1850年でした。それから約30~40年後に鉄道は全盛期を迎えます。ITバブルがはじけたのは2000年および2008年でした。私の主観では、バブルがはじけて30~40年後にその技術は「本物」になります。ICTは、やっと社会のインフラになった段階です。IoTへの関心が高まるに至って、ようやく社会の隅々にまでICTが広がっていくフェーズに入ったと言えるのではないでしょうか。

技術が社会の末端にまで広がるには膨大な時間がかかります。蒸気から電気に変化するのにも長い時間がかかりました。その背景では、工場の仕組みを変えたり、働き方や給与体系などを変えたりする必要があるからです。そのように考えると、IoTに関しても、社会全体に浸透するには、しばらく時間がかかると考えています。

問われる「デザイン思考」

3点目は、IoTに挑む際は、「海兵隊」のようにフットワークの軽い組織が必要だということです。現段階でIoTを活用することは、企業にとって新しい事業領域を開拓することを意味しています。「海兵隊」はリスクの高い地域に派遣される部隊です。同じように新規事業に挑むにはリスクを当然背負わなければなりません。「海兵隊」と同じように、何度でも繰り返し挑戦するフットワークの軽さが必要になるでしょう。

4点目は、「エコシステム」を構築していくということです。「エコシステム」とは、さまざまなアプリケーションを連携させる、プラットフォームビジネスのことです。例えるならば、サバンナの水飲み場に動物がたくさん集まってくるように、一つのプラットフォームにたくさんのアプリケーションが連動することを意味します。これからは、一つのアプリケーションの精度を高めるだけではなく、それをどのように連携させるかがカギとなります。

この点で日本企業は、個々のアプリケーションの質を高めることに注力しがちです。そうではなく、個々のアプリケーションをどのように連携させるかにリソースをもっと割くべきです。技術者の育成も、個々のアプリを生み出す技術を高めるだけではなく、全体をマネジメントするプロデューサーのような人材が求められていると言えます。

このような観点では、Invention(技術のハードル)よりも、Innovation(顧客のハードル)の方が高まっていると言えます。技術より価値が求められるようになってきたということです。

5点目は、デザイン思考です。4点目で指摘したように、技術を高めるだけではビジネスにならない時代になってきました。これまでは、技術を高めるために「考えて」「試す」能力が働く人に求められてきました。しかし、ICTという技術が成熟化してきたことで、技術だけではなく、「気づき」や「伝える」といったデザイン思考の能力が求められるようになっています(図表2)。技術開発にしても、ただつくるだけではなく、それを利用してもらうための「ストーリー」が求められています。技術者も、ニーズを見つけ出す、デザイン思考を身に付けていかなければいけません。

【図表2 求められるデザイン思考】
森川教授の学習会資料から

地方の中小企業にチャンス

AI(人工知能)が人間の仕事をすべてやるというのは言い過ぎで、メディアがあおり過ぎているところがあります。グーグルの「アルファ碁」が話題になりましたが、あのような機能が社会の中で求められる状況はほとんどないと言っていいでしょう。

IoTを使って、どのようなビジネスが生まれてくるのか、正直、まだわかりません。その点では、新しいビジネスが生まれれば、雇用も生まれるはずですが、それがどのようなものかわからない限り、雇用が減らないとも言い切れません。

IoTの広がりは、地方の中小IT企業にとってチャンスだと思います。地方のIT分野は雇用が増えると期待しています。身の周りに眠るニーズを見つけて、フットワークを軽くして挑戦してほしいと思います。

(本稿は10月7日の情報労連ICT政策WGでの森川教授の講演を編集部が構成したものです)

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