「第四次産業革命」と労働運動シェアリングエコノミーにも労働法の規制を
経済的従属性を重視した使用者性の判断が重要に
日本労働弁護団常任幹事
変わる使用従属性のあり方
厚生労働省の懇談会「働き方の未来2035」が今年8月、公表した報告書には、技術革新に伴う働き方の変化によって、個人請負の働き方が増えると予測されている。そうした働き方に現行の労働法はどう対応しているのだろうか。日本労働弁護団常任幹事の菅俊治弁護士はこう答える。
「形式は個人請負でも、働き方の実態が雇用労働者と同じであれば、請負労働者にも労働法が適用されます。その適否は、『使用従属性』の有無などによって判断されます」
「現在の裁判例では、整理された見解はなく、事例ごとに個別に判断されています。これまでの判例では、使用従属性の判断基準に関して、『一定の場所で働かせる』『始業・終業時間が決められている』といった『場所的・時間的拘束性』が重視されがちと言われています。しかし、シェアリングエコノミーやクラウドワークといった働き方が広まると、場所や時間の拘束性だけで使用従属性を判断することが難しくなります。働き方の実態に合わせるために労働法の適否も経済的従属性をより重視する方向に切り替えていくべきでしょう」
規制がないと事業者が優位に
場所や時間に捉われない働き方になれば、使用従属性がなくなり、労働者は自由に働けるのか。そうではない。「発注者」に対する適切な規制がなければ、「労働者」への使用従属性はより強まると菅弁護士は指摘する。
「アメリカの『ライドシェアサービス』の実態を見てみましょう。『ウーバー』などのプラットフォーム事業者は、利用者と運転者をつなげる仲介者に過ぎないはずですが、実際には運転者に対して強い使用従属性を持っています」
建前上では「ライドシェアサービス」の運転者は、プラットフォーム事業者に登録した個人事業主という扱いになる。しかし、実態を見ると運転者は料金の設定に関して裁量がなく、プラットフォーム事業者からの配車要請に即座に応じなければ登録解除、すなわちすぐさま解雇されてしまう。しかも、運転者が手にする報酬は最低賃金が適用されない。生活するには長時間働かなければいけない。このような実態を見れば、働く場所や時間が拘束されていなくても、運転者に対するプラットフォーム事業者の使用従属性があることがわかる。むしろ、規制がないことによってプラットフォーム事業者の優越的立場が強まるというわけだ。
「こうした状態を是正するためには、発注を受けた際の労務対価の設定や契約内容に関する裁量の有無といった経済的従属性をより重視した労働者性の認定が必要になると考えられます」
「これまでの日本の裁判事例では、すべてとは言い切れませんが、労組法上の労働者性を認める場合、経済的従属性を重視した判断が出てくるようになりました。一方で、労基法は労働者性の判断基準が厳格に解される傾向があります。これは労基法が刑罰法規なので、構成要件を明確にする必要があるからです。現状の判例では、労働者性を否定した判例(NHK西東京営業センター事件)と、労働者性が肯定された判例(東洋ガス事件)があります。ただし、どちらも事例判断に過ぎないので、今後適切に判断できるように考え方を整理していくべきでしょう」(菅弁護士)
最低賃金と労働時間規制
個人請負労働者が労働法の適用を受けられないと、労基法(賃金・労働時間・労働災害など)■労働契約法(解雇、安全配慮義務など)■労組法(団結権・団体交渉権など)─の三つの層にわたって保護を受けられないことになると菅弁護士は説明する。民法上のさまざまな法理論で、安全配慮義務や一方的な契約解除、損害賠償請求などに関して、労働法と似通った保護が請負労働者に与えられる事例はある。とはいえ、労働時間や最低賃金に関する規制は及ばない。
「民法の保護はあっても、労働法の適用がなければ、労働時間や最低賃金という時間と処遇に関する規制は及びません。この点に関する集団的な規制が今後求められるようになるはずです」
「また、中小企業の事業主も含めて、請負労働者を保護する法律として、独占禁止法とそれを補完するいわゆる『下請法』があります。しかし、これらを活用した取り組みも現状では弱いと言わざるを得ません。諸外国では公正取引委員会が活発に利用され、さまざまな勧告が出されています」(菅弁護士)
「誰が使用者なのか」
菅弁護士は、シェアリングエコノミーに関して、「誰が使用者なのか」を検討することが重要だと指摘する。「ライドシェア」のような運転者と利用者を仲介するプラットフォーム事業者の使用者性をいかに規制するかが法律上の課題となっていると話す。
「ライドシェアの場合、運転者に対する使用従属性を踏まえると、プラットフォーム事業者が使用者という方向で規制がなされるべきです。アメリカでは、ウーバー社のドライバーが、自らの労働者性を訴えて提訴し、『クラスアクション』が認定され、原告数が38万5000人に膨れ上がっています(カリフォルニア北部地方裁判所で係争中)。日本でも同様の問題が起きてくるでしょう」
一方、「クラウドワーク」に関しては、発注者と請負者との「請負」関係に問題があると指摘する。
菅弁護士は、「その仕事がグルメサイトに感想を書き込むといった軽易な作業にとどまっていればいいかもしれません。しかし、ウェブのデザインやプログラミング、翻訳といった、これまで雇用を通じて提供されていた仕事までクラウドワークが広がっていくと、雇用の質を問わない製品やサービスが市場にまん延するという問題があります。結果的には労働者ばかりではなく、サービスを受ける消費者や日本経済全体のためにもなりません。製品やサービスの質を確保するためには、最低賃金や労働時間規制といった労働法の規制を適用する必要があります」と訴える。
「そうした最低水準の規制を確保するためには、クラウドワークなどで働く人たちの何らかの組織化が求められると思います。あまりに低条件の仕事は、働く人が連帯して市場から排除する。雇用の質を担保することで、サービスや製品の質を高める取り組みが不可欠です」
危険性に十分な注意を
こうした状況に労働法をどう対応させていくべきだろうか。菅弁護士は次のように話す。
「労働法の適用に関しては、経済的従属性の判断を重視することでカバーできる範囲は相当程度あると思います。また、労働市場規制として、労働者派遣法や、下請法、家内労働法の見直しが求められるでしょう。フランチャイズ規制法の制定も求められます」
「シェアリングエコノミーやクラウドワークは、安倍政権が成長分野の一つとして促進しようとしています。しかし、こうした事業はプラットフォーム事業者が使用者としての責任を果たさず他人のふんどしで利益を得るという危険性があります。技術革新に伴う働き方の変化が、自由な働き方を保障するものではなく、より不自由な働かせ方を強いる可能性をはらんでいることは大いに強調されるべきです。労働組合も新しい時代の新しい課題に向き合わなければいけません」