特集2017.01-02

分断社会を乗り越えろ!貧困問題×労働組合
既存の大企業労働組合はミクロの現場発の政策提言を

2017/01/17
格差・貧困問題に焦点が当たってから久しい。しかし、問題の解消に向けた社会的な機運の盛り上がりは足りているだろうか。この状況を乗り越えるためには何が必要か。労働組合に求められる役割を再考する。
(左) 藤田 孝典 (ふじた たかのり) NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(ともに朝日新書)、『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)など (右) 柴田 謙司 情報労連中央本部書記長

─格差・貧困問題がますます深刻化しています。藤田さんは「労働運動の不在」を問題の背景に挙げ、労働者が連帯して声を上げる回路のないことが、日本の労働現場を過酷化させ、貧困問題を深刻化させていると指摘されています。本日は、貧困問題と労働組合のかかわりなどについて意見を交わし、これから取り組むべき活動を展望したいと思います。

ミクロとマクロの連動

藤田

私は最近、「貧困問題から脱却を図りませんか」と提案しています。労働組合が貧困問題にクローズアップすると、組合員が自分たちの利益を感じられず、その層から幅広い支持を得られないからです。経済成長が鈍化する中で、正社員の賃金も上がらず、「まずは自分たちのことが先」という組合員の声が出始めていると聞いています。

そういう中で、私は「脱商品化」を求めましょうと言っています。教育や住宅、医療、介護、保育。こうしたサービスを個人が商品として購入するのではなく、公共のサービスとして利用できるようにする。これが「脱商品化」です。こうした政策を実現すると、貧困層だけではなく、正社員にも受益が行き渡ります。

柴田

そのための費用はみんなが税で負担しようという考え方ですね。

藤田

どのように税を上げるかは各論でさまざまな議論があります。しかし、全体的に税収を上げる必要があります。みんなで負担した税によって、みんなが安心できるサービスを利用しようということです。

柴田

連合は、「働くことを軸とする安心社会」というビジョンを掲げて、消費税の引き上げや福祉の充実を訴えています。めざすイメージは、いま藤田さんが述べたものに近いと思います。けれども、社会にはそうしたメッセージがきちんと伝わっていない。労働組合の発信力や日常の活動を振り返る必要があると感じています。

藤田

既存の大企業労組は、「ミクロ」「メゾ」「マクロ」という階層で、バランスよく運動を展開する必要があると思います。私は小さい個人加盟ユニオンとかかわっていますが、そうしたユニオンの強みは、ミクロの労働相談です。一方で、大企業の労働組合は、マクロのイメージが強い。連合の運動はややもするとマクロの要求に寄りがちで、世間から政治団体だと思われています。

しかし、ユニオンがいくらミクロの労働相談を受けやすいといっても、規模が小さいので政治的なマクロの発信力は弱い。一方で大企業の労働組合は、そうしたミクロの労働相談に原点回帰する必要があると思います。ユニオンはマクロの政策を見据えながら、大企業労組はミクロに寄り添いながら、バランスよく運動を展開することが大切です。

柴田

そういう点では、私たちも反省があります。ミクロの労働相談を分析し、マクロの政策につなげていく。こういう連動が足りていないと感じます。

藤田

皆さんが個々の現場で尽力されていることは知っています。産業別のメゾレベルやマクロレベルでさまざまな提言をされている。それがミクロの労働相談現場とどのように連動しているか。ミクロの現場に埋没してもいけないし、ミクロに寄り添わないのもいけない。ミクロの現場を分析して、メゾやマクロに働きかける。こういう連動は必須でしょう。

マクロとしての春闘

柴田

マクロの政策として「春闘」をどう見ていますか。

藤田

私はやり方を変える必要があると感じています。経済がこれだけ衰退する中で、十分なベアを勝ち取り続けることは難しいでしょう。それならば、教育や住宅などの支出を下げる要求の方が労働者全体の利益になり、大きな波及効果を生み出すはずです。

柴田

労働組合にとって勝ち取った成果をいかに「底上げ」につなげるかという配分のあり方が課題になっています。

藤田

「できる人」や「できない人」にかかわらず、「底上げ」をすることは大切だと思います。そのためには、みんなの共通の利益を探らないといけない。やはり、「脱商品化」が重要でしょう。

柴田

そう考えると、公共のサービスを増やしていく必要がありますね。

藤田

日本ではそうした公共のサービスがまったく足りていませんからね。企業がこれまで担ってきた福利厚生を行政に移行する必要があります。そのために、労使がともに費用を負担するという考え方が必要だと思います。

労働組合はもっと情報発信を

柴田

すべての人に共通するニーズを提供する必要がある半面、そうした政策を採ろうとすると「自己責任論」による反論が必ず出てきますね。藤田さんが主張する「オール・フォー・オール」の実現のために何をすべきでしょうか。

藤田

慶應義塾大学の井手英策教授も要求している政策です。「自己責任論」は本当に根強いものがあります。高度経済成長期に、多くの人が働ける土壌があった時代には、自己責任論はここまで激しくありませんでした。しかし、今は違います。「これだけ努力しているのに、これしか稼げない」。努力しても報われないという感覚が社会を覆っています。そこで生じる不平・不満が自己責任論につながっています。「あいつは俺より努力していないのに、いい思いをしている」という風に。

柴田

そういう声が職場で出てくることはありますね。そうした点から、労働組合に対する批判もあります。

藤田

労働組合は職場にあった方がいいですよ。NPOで相談を受けていると、労働組合のない職場から相談に来る人の方が圧倒的に多いですからね。分かち合いとか連帯とか労働組合の存在意義が見直されてほしいと思います。

そこで気になるのは、労働組合の情報発信力の低さです。ブラック企業、長時間労働、過労死、非正規雇用の増大など問題山積のいまこそ、労働組合が連帯を呼び掛ける時期なのに、ツイッターなどのフォロワー数が少なすぎます。これはとても残念です。

柴田

おっしゃる通りで、発信力を強化しないといけません。最近、ツイッターでの発信を再開しました(アカウント:@infoictj)が、一つのツイートに2万4000件を超えるリツイートがあったりと、拡散力の強さを実感しています。

藤田

労働組合の皆さんにお願いしたいのは、労働組合の意義や活動の「見える化」です。役に立つ情報発信や、働く人にとって身近な存在であることを示してほしい。

カリスマ経営者は、一人で10万人とか20万人のフォロワーがいるわけです。一方で、労働組合にはそれほど情報発信力の強い個人も組織もまだいません。ぜひ本腰を入れてください。

柴田

御著書でも述べられていましたが、「勇気をもって理想を語れ」ということですね。

藤田

みんなが委縮していますからね。働く人たちに自信を取り戻してほしいです。連帯やつながるきっかけが多数あるのにもったいないです。

分断を乗り越える組織化

柴田

世界の動きを見ると、トランプ現象やブレグジットなど、分断の動きも強まっているように見えます。日本も同様の動きの中にあると感じています。

藤田

分断の背景には、中間層以下の受け皿がないことがあると思います。ここに行けば助かるとか、自分たちの要求を実現してくれるとか、信頼できる組織がないと思われている。けれども本当は、ないのではなく眠っているだけだと思います。労働組合は「眠れる獅子」状態なのです。

そういう意味で、連合にはとても期待しています。連合には社会を変えるポテンシャルがある。ただし、従来通りの要求では社会は衰退していきます。本気でやれるかどうかです。 いまのところ、若い人たちは労働組合のことを市民とともに歩む組織とは感じていません。それよりも政治団体だと思っている。この距離感を縮めるためには、ミクロの現場を大切にするという原点に立ち返る必要があります。先ほども申し上げましたが、現場発の政策提言がほしいところです。

そういう観点から私たちは、さまざまな機会を設けて、ミクロの現場で働く人たちと出会う場所を増やしています。マスコミやSNSを活用して、ホットライン(電話相談)を展開し、現場の人たちとつながろうとしています。そういうアソシエイト(組織化)に力を入れています。

柴田

現場で相談を受けて、それを分析して政策提言につなげられる人材の育成も重要になりますね。

藤田

相談を受けて適切な社会福祉につなげられたり、その背景を分析したりできる人材が必要です。私はそうした人材をソーシャルワーカーと呼んでいます(一般的には社会福祉士の資格のある人がそう呼ばれています)。専門的に面接相談を受けて、問題の背景を分析し、政策提言につなげられる人材を労働組合でもっと育成できれば、状況は随分変わってくると思います。教育機関の問題もありますが、ソーシャルワーカーの育成は必須です。

現場に足を運ぶことから

柴田

市民運動との連携について、地域からできることはないでしょうか。

藤田

まず、さまざまな現場を知ってもらいたいですね。私たちはフィールドワークと呼んでいますが、現場に足を運んでほしい。例えば、ホームレス支援の現場に行ってみる。すると当事者の多くは元々は労働者で、ホームレスになった理由を聞くと過酷な出来事が背景にあるわけです。企業の中で働いているだけでは経験できないフィールドにどんどん出て来てほしいと思います。

これだけ社会が分断して、苦しい状況になると、人びとの共感性はますます薄れていきます。分断を乗り越えるためには、異なる生活をしている人たちの現場に寄り添うことが大切だと思います。ゆとりがなくなるほど、他人の境遇に対して無関心になってしまいます。連合に加盟する人たちが、比較的余裕のある状況のうちに問題に気付き、行動を起こしてほしい。その力は分断を促す側にとって大きな脅威になるでしょう。

もう一つお願いしたいのは、活動家としての矜持を持ってもらいたいということです。労働組合の役員として社会を良くしていこうという気持ちを持ち続けてください。かつての日本社会にはそういう人たちがもっといたと思います。

団体交渉やストライキ権など憲法で保障された権利が使われず、さび付いています。ストライキ権ももっと行使されるべきだと思います。

日本社会全体が縮小過程に入っている中で、変革者が求められているのは確かです。その変革者が分断を促す側ではなく、こちら側に現れる必要があります。皆さんの活動に期待しています。

柴田

さまざまな課題を提起していただきました。労働組合の存在が社会から認知されるためにも、社会に積極的にかかわる取り組みを展開しなければなりません。人材育成や情報発信などは急務です。危機感を持って対応していきます。

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