分断社会を乗り越えろ!職場の分断が進む一方で人は本能でつながりを求めている
人と人をつなぐ場
「人は、分断させられ過ぎると本能で人間関係を求めると思う。そういう時代が来ているように感じます」
非正規雇用問題を追い続けてきた労働経済ジャーナリストの小林美希さんはこのように語る。
「人は一人では生きていけません。正規と非正規で分断された職場で、人と人をつなぐ何かが求められています。それが労働組合だと良いのではないでしょうか」
小林さんは、《正規・非正規の分断をどう乗り越えるのか》という問いに対してこう答えた。
「労働組合の活動に携わった非正規雇用の人は、仲間がいるからがんばれたと言っていました。自分が人として生きられる場所が労働組合なのだと。労働組合が働く人の精神的な支えになれるといいなと感じています」
労働組合は、人と人をつなぐ場だ。だが、組織率は年々低下し、人をつなぐ役割も発揮しづらくなっている。小林さんは、「相談できるとか、心配してくれるとか、そういうことが職場で失われているように感じています」と指摘する。
その背景には、非正規雇用の増加がある。非正規雇用労働者の割合は1999年の24.9%から2015年の37.5%まで増えた(総務省労働力調査、年平均)。構造改革の名の下にコストカットの経営手法が企業で多用されてきた。その結果が、雇用形態の違いによる職場の分断である。小林さんはこうした社会の流れに厳しい目を向ける。
「経営者の仕事は、事業の先を見通すことと、〈人を見る〉ことです。どういう人を採用して、どうやって育てていくのか。企業にとって社員は命です。それなのに経営者は採用や人事を派遣会社に任せて、人を見ることをおろそかにしてきた。その結果、〈目利き〉をとっくに失っています」
「企業は、目先の利益が上がればいいとか、人件費を切り詰めて利益を上げればいいとか、そういう手法を採ってきました。そういうやり方は当初は株主向けのものでした。けれども、それが社会全体にも浸透してしまって、短期の数字でモノを見る感覚が、普通の生活にも影響を及ぼしている気がしています」
「例えば、1回ミスをした社員はいらないと言う経営者がいたとします。けれども、1回ミスした後に10回成功すれば、1回のミスは無駄ではなくなります。こういう感覚が、さまざまな場面で奪われていると思います。危険な兆候です」
小林さんは、経営者の人を見る目を再構築する必要があると指摘する。
「経営者はこの10年間くらいの間に雇用形態の違いで格差をつけ、労働者を競争させてきました。それが結果的に非効率な事態を招いています。がんばることを諦める人が増えてしまったのです。採用した社員を信頼し、人を育てることをやり直さないといけません」
非正規雇用の厳しい現実
小林さんは非正規雇用の厳しい実態を語る。
「最近、中年層の非正規雇用の人たちを取材しています。一言でいうと、30代後半以降の非正規雇用労働者は、諦めの境地に入っています。闘う気力もなく、悲壮感に満ちています」
「仕事は短期の派遣で食いつなぐのが精いっぱいの状態。手取り15万~16万という生活が当たり前で、雇用期間が1年という仕事もなかなか見つかりません。1カ月の雇用期間でもほっとするという人もいました」
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、35~54歳の非正規雇用(女性は既婚者を除く)の数は2015年で273万人に上る。諦めてしまった人が多くなるほど、社会は活力を失っていく。
「身近にいる派遣先の正社員は長時間労働で、そこをめざす自信はない。そこまでやる価値があるのかを悩んで、挑戦しづらくなっています」
「さらに、正社員に転換できる人もごくわずかです。正社員登用があるよと言われて、悪く言えば、いいようにこき使われてしまう人もいます」
「非正規雇用が増えると、正社員の責任や負担が増えていきます。会社は正社員に対して非正規雇用になりたくなければ、長時間労働も厭わず働け、と求める。30代男性の長時間労働が減らない原因はそこにあります。一方で、非正規雇用でも店長になれますという低処遇のままの非正規雇用の基幹化も進んでいます」
労働者が自信を取り戻す
職場の分断がこのように進行する中で、小林さんは正社員・無期雇用への転換の必要性を訴える。
「労働組合による正社員・無期転換の動きが足りないと感じています。正社員登用が、既存正社員の処遇引き下げにつながると懸念されていますが、本当にそうでしょうか。仕事はチームで取り組むものです。正社員が増えると、生産性やモチベーションが向上する効果があって、単に総額人件費に占める正社員の割合が下がるわけではありません。労働条件が良くなると、労働の質が高まり、利益や業績の向上につながる。そういう好循環が忘れ去られてしまっています。働く側も自分たちの働きが業績向上につながっているという自負をもっと持ってほしいと思います」
「働く人がいるからこその経営です。製品を生み出し、サービスを提供するのは社員です。それが企業の利益の源泉です。そういう当たり前の積み重ねを再認識すれば良いのではないでしょうか」
何のために働くのか
職場の分断をどう乗り越えるのか。小林さんは再度、こう答える。
「職場が分断されると、生活そのものが分断されて、人生が豊かなものにならないように感じています。働く人の多くは1日の大半を職場で過ごしています。そこでの時間を充実させる方法を練っていくしかありません」
「私たちは何のために働いているのかをあらためて考える時期に来ているのではないでしょうか。仕事の原点には、人の役に立ちたいとか、社会とつながりたいという気持ちがあると思います。生活者であることを忘れずに、やりがいのある仕事をする。労働の生い立ちをもう一度考える必要があるのかもしれません」
「そう考えると、周りの人と助け合いながら仕事をした方が良い方向に必然的に進んでいくのだと思います。相手の体調を気遣うとか、そういうささいなことから変わっていくと思います」
繰り返しになるが、小林さんの冒頭の言葉に立ち戻りたい。分断された職場に対して、私たちはつながりを取り戻そうとする《本能》を持っているのである。
「人は、分断させられ過ぎると本能で人間関係を求めると思う。そういう時代が来ているように感じます」
人と人をつなぐ機能を発揮することが労働組合の役割である。