特集2022.07

AIと人事・働き方
働く側はどう向き合うか
AIで熟練労働者が不要に?
知識のデータ収集にどう向き合うか

2022/07/12
働く現場へのAIの導入は、働き方にどのような変化をもたらすのだろうか。熟練労働者が不要になり、単純労働が増える懸念もある。労働過程の変化という側面から考える。
三家本 里実 福島大学准教授

熟練労働の代替

人工知能(AI)の導入は、さまざまな現場で進んでいます。新聞報道などで調べる限り、AIは三つの機能から導入されています。

一つ目の機能は、探索です。過去の問い合わせ内容などをデータベース化し、AIがその中から最適解を見つけ出すタイプの使い方です。コールセンターや弁護士業務では、こうした機能でAIが用いられています。

二つ目の機能は、アラートです。保育や介護の職場では、AIがアラートとしての機能を果たしています。例えば、人の動きや体温などの生体データなどをモニタリングし、子どもがうつぶせ寝をしているときや、被介護者が介助を必要とするタイミングなどをAIが察知して知らせるという機能です。

三つ目の機能は、熟練技能を代替する機能です。これは製造業で多くみられます。ビールの製造工程の事例では、それまで熟練労働者が当日の気温などの細かい条件を踏まえながら行ってきた仕込みや発酵の作業をAIが代替して行うようになっています。また、養豚場では豚の動きをセンサーで監視し、豚の動きや気候などを踏まえて、AIが繁殖に必要な確認作業を行うという使われ方もされています。

このようにAIの導入によって熟練の技術がAIに代替される変化が起きています。労働のあり方が変質するという点では大きなポイントであるといえます。

こうした変化は、採用や配置、人事評価にAIを用いる動きとは次元が異なるものだと捉えています。評価などに用いるのは働き方を管理する側面での変化ですが、熟練作業が代替されるのは働き方そのものの変化だといえます。

労働者の発言力低下

AIが熟練労働者を代替すれば、労働者の発言権や地位が弱くなる懸念があります。

AIの導入が比較的早く進んだタクシー業界では次のような話があります。タクシー業界では、新人ドライバーを教育するため、ベテランドライバーのノウハウを新人に教える研修が行われていました。しかし、ベテランドライバーは、ノウハウをすべて明かしてしまうと自分の売り上げが減ってしまいます。そのため、ノウハウをすべて明かさず、情報を小出しにするようなことをしていました。ところが、AIが導入されると、タクシーを走らせるたびにデータが蓄積されるので、どこに行けば乗客を拾えるのかといったノウハウが可視化されてしまいます。AIの導入は、ベテランドライバーの知識や経験を根こそぎ奪い取ることにつながりかねません。それは、労働者の発言力の低下をもたらします。

知識をはぎ取る狙い

技術の発展に伴い、職人の熟練が不要になるという動きは歴史的に繰り返されてきました。

資本家は労働者の技能や能力、生産工程について把握していないと、利益を最大化できません。例えば、労働者が本来100を生産できる能力を持っているのに、それを隠してわざと50しか生産しないとします。そのとき資本家はそのことを知らなければ、本来生産できる量の半分を失っていることになります。つまり、労働者の側に主導権があると資本家は利益を効率的に上げることができないのです。そのため、資本家は労働者の持っている知識やノウハウをどうにかしてはぎ取ろうとしてきました。

労働者が知識や技能を持っていれば、資本家に命令されても労働者は形式的に従うだけで仕事のペースなどを自分で調整することができます。しかし、知識や技能が資本家にはぎ取られてしまえば労働者は資本家の命令に対して対抗する余地がなくなります。マルクスは、こうした状態を「資本のもとへの労働の実質的包摂」と呼びました。AIの導入もその流れの中にあるといえます。

AIの導入がこれまでと異なるのは、製品を生産したり、サービスを提供したりするだけでそのデータがAIの「肥し」になることです。働けば働くほどデータが蓄積されてしまうので、知識や経験を隠すことがこれまでより難しくなったといえます。

労働者が、自分が提供したデータによって自分の仕事が代替されるリスクが高まるのならば、労働者にはデータ収集に同意しない権利が必要になります。データ収集を雇用代替に用いる前提で行うのならば、企業も労働者の承諾を得られないのではないでしょうか。

データのための労働

コールセンターでのクレーム対応など、AIが働く人の心理的な負荷を代替してくれるのなら、労働者にとってメリットがあります。また、介護や保育の現場でAIがアラートとして機能し、見落としやヒヤリハットを防ぐ二重チェックの役割を果たすのならば、メリットがあるといえるでしょう。

一方、熟練を不要にするという点では、労働者の発言権が低下し、多くの人が単純労働に追いやられるという懸念はやはりあります。

AIの導入議論ではよく単純作業はAIに任せて、人にしかできない複雑な作業は人間が行うという議論がされます。新しい発想などは人間が生み出すしかないので、AIでの代替は難しいでしょう。しかし、それがどのような分野なのかはっきりしていません。

むしろ、AIの導入によって多くの人が長時間の単純労働に追い込まれるリスクはあります。AIを用いるためには、膨大なデータが必要です。そのデータをつくるために人間の労働が求められるからです。人間の労働が、AIに用いるデータのために行うものになりかねません。

労働側のデジタル人材育成

働く側とすれば、AI導入がもたらすポジティブな面は歓迎すべきですが、一方でデータ収集に同意しない権利を求めたり、どのようなデータを集め、どのような仕組みにするのかなどを開示させたり、AIが出した答えに対して不服申し立てできる権利を確保しておくことが重要です。

また、働く側としても、AIに関する技能を企業に独占させるのではなく、働く人のためのAI活用に向け、デジタル人材を育成する必要があります。これは、労働者が企業のつくるAIを監視したり、歯止めをかけたりするためにも大切です。現在AIシステムの構築に携わる技術者に倫理的な教育を行うことも求められます。

データ収集は世界的な競争になっています。その中で日本企業は、海外の企業に比べて目的がはっきりしないままデータ収集を行っている印象があります。何のためにデータを集めるのか、それをどう活用するのか、労使で話し合うことが重要です。

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