特集2022.07

AIと人事・働き方
働く側はどう向き合うか
AI活用は労使関係をどう変える?
交渉力を維持するための戦略とは

2022/07/12
AIの活用によって産業構造はどう変化するのだろうか。それによって広い意味での労使関係にどのような影響が及ぶのだろうか。労働者が発言権や交渉力を維持するための戦略などについて聞いた。
山崎 憲 明治大学准教授

二つのAI活用法

世界で起きているのは、プラットフォームビジネスの広がりです。

プラットフォームビジネスの特徴は、関連したサービスが、プラットフォームの基幹システム上で展開されることです。サービス提供者は、その基幹システムの上でアプリケーションを開発したり、労働力を提供したりします。そこでは、市場シェアを握った会社が市場を支配する「勝者総取り」のビジネスが展開されています。AIはその中でデータ分析をするツールとして主に活用されています。

こうしたプラットフォームビジネスでは、人やサービス、情報などが瞬時のうちにつながります。そこでは、蓄積されたデータがAIによって分析され、どのつながりに付加価値があるのかが探られます。

抜きんでた成果を上げるためには、多様性に富んだ「集合知」が大切だといわれています。「集合知」を探るためには、例えば愚痴やチームのもめごとのような合理的とは思えないようなことがらも、分析の対象になり得ます。人と人をどうつなげるか、どうつながっているか、どこに「集合知」があるのか。そうしたポイントを探るためにAIが使われます。グーグルやネットフリックスのようなアメリカ企業が取り組んでいるのはこうした活用法です。AIは、経営戦略を考える上流工程で用いられています。

一方、AIは、より単純な業務についてそれらをコントロールしたり、監視したりするためにも使われます。

つまり、AIの使い方には、(1)上流工程で連携を促すような使い方と、(2)単純作業の業務を監視しコントロールする使い方──の二つの方向性があります。技術革新が進む中で、AIの使われ方は今後こうした二つの方向性に分かれるのではないかと考えられます。

日本企業の場合

日本企業の多くは、この二つの役割の違いをきちんと認識していません。だから、ホワイトカラーの作業を一挙手一投足まで監視するようなデータの集め方をしてしまう。けれども、経営戦略を考えるために大切なのは、そうしたデータの集め方ではありません。より本質的に重要なのは、プロジェクトがどううまく回ったのか、そこにおいて人々がどのように連携したのか、人材の育成をどう促したのか、それによって競争力がどう高まったのか──といったことです。こうしたデータの集め方をするには、ホワイトカラーの一挙手一投足を監視するのではなく、むしろ自由に働いてもらいながら、連携のつなぎ目を探ることが必要になります。

一方、作業を細かく監視し、仕事のコントロールを高める方向でのAIの使い方もあります。例えば、倉庫管理や在庫管理、保険料計算などの仕事ではこうした使われ方がされます。これらの仕事は、アウトソーシングされやすく、働く人の交渉力や賃金・労働条件が低下する懸念があります。こうした二方向でのAIの活用方法を踏まえると、その導入によって、どこかの産業における雇用が失われるというのではなく、同じ産業の中で階層が分離するという可能性の方が強くあります。

現状、日本企業はAIの使い方について役割分担をきちんとできていないため、両者を混同したようなデータの集め方や分析するケースが多いですが、外資系企業では経営戦略を明確に意識したAI分析がすでに行われています。AIを使うにしても、経営戦略に基づいてデータの収集と分析を行わなければ、高い効果は望めません。

労働者の戦略とは?

ホワイトカラーの仕事は、連携のどの部分が成果に貢献したかわかりにくい部分がまだ残っています。AIで定性的に評価するにしても、何を基準にしているかで結果が変わります。そのため、どのようなデータを読み込ませているのか、アルゴリズムをどのように構築しているのかなどの情報の開示を求めていくことが働く側にとって重要になります。

一方、仕事を細かいタスクに分解し、作業を監視する人事管理のあり方は、フォード生産方式の焼き直しのようにも見えます。フォード生産方式では、目の前にベルトコンベヤーがありましたが、現代ではそれが目の前になくてもAIによって作業が細かく管理されます。単純作業を時間どおりにこなすことが求められる場合、AIは現代版のフォード生産様式として用いられるでしょう。

単純労働になるほど、仕事のやりがいを奪われたり、仕事がアウトソーシングされたりする可能性が高まります。また、単純な仕事ほど、賃金や交渉力は低下します。そのため、働く側としては、単純な仕事と、より付加価値のある仕事を組み合わせるといった交渉をする必要が出てくるでしょう。

例えば、アメリカのトラック運転手の労働組合は、AIを導入する際のルールや範囲を決めて、協約化する取り組みを行っています。仮に、自動運転が導入されたとしても、それをチェックする仕事が必要だから、その仕事に対する手当はいくらになる、というような協約です。このように、アメリカの労働組合は、職務分析をした上で、AIを導入する仕事と導入せずに人が行う仕事の範囲を決め、そこに付加価値を設定するという交渉を行っています。

日本ではこうした交渉の仕方はこれまで一般的ではありませんでした。しかし、そうした交渉をしなければ、仕事が丸ごとアウトソーシングされかねません。仕事のどの部分に価値があるのか。それがなぜ切り離せないのか。付加価値のある仕事と単純な仕事と組み合わせてアウトソーシングさせない交渉も必要になるでしょう。

労使の力関係が反映

付加価値として残るのは、連携や調整が必要となる作業です。「ジョブ型」の議論に伴って、さまざまな会社がタスク分析を行うようになっていますが、価値が高いのは「連携タスク」で、「単純タスク」は価値が低く、アウトソーシングされやすい傾向は変わりません。良好な人間関係やコミュニケーションも経営資源になります。会社側だけが職務分析をするのではなく、労働組合側も職務分析を行い、仕事の価値やAIを導入できる範囲などを見定めておく必要も出てくるはずです。

どの仕事を残すのか、それともアウトソーシングするのかの判断は、労使の力関係によるところが多分にあります。労働組合に力があれば仕事を残せますが、力がなければ多くの仕事がアウトソースされかねません。自分たちの仕事にどうやって付加価値を持たせるのか。そうした戦略を考えることが、労働者の発言権や交渉力を高めることにつながるのではないでしょうか。

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