特集2023.01-02

「学び直し」を考える
「リスキリング」に必要な環境整備とは?
日本の学び直しの課題は何か
専門性を評価する仕組みづくりを

2023/01/18
時代の変化に対応するために政府もリスキリングを前面に打ち出すようになった。
学び直しを促進するための社会的な課題とは何か。どのような改革が求められるのか。
本田 由紀 東京大学教授

政府のリスキリング策の背景

政府が学び直しを打ち出す背景には、日本の競争力低下などがあります。IMDというスイスのシンクタンクが発表している各国の競争力ランキングでは、日本は1990年代前半まで5位以内でしたが、1990年代半ば以降、順位を大きく落とし、2020年は34位まで低下しています(グラフ1)。

また、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)は、他の先進国と比べ大きく後れを取っています。DXの進展度を比較した総務省の調査では、日本はアメリカやドイツに比べて大きく後れを取っていました。

加えて、日本は人材への投資も少ない国です。GDPに占めるOJT以外の人材投資額をみると日本企業は諸外国と比べて最も低くなっており、社外学習や自己啓発を行っていない人も他国と比べて高い割合になっています(グラフ2)。政府もこうした状況を認識しています。それがリスキリングを打ち出す背景になっているのだと思います。

グラフ1 国別競争力ランキングにおける日本の順位の推移
グラフ2 企業は学ぶ機会を与えず、個人も学ばない傾向が強い

学び直しの社会的課題

DXや気候変動対策、人口減少などの変化に対応するために、日本が技術変化を積極的に取り入れることは重要です。その点からも学び直しが重要になっていることには同意します。ただし、学び直しを押し付けるだけではうまくいきません。学び直しにまつわる課題を一つずつひもといていく必要があります。

どんな要因が人々の学び直しを阻害しているのでしょうか。経済産業省の2018年の調査(「リカレントと教育に関する実態調査」)では、次のような課題が明らかになりました。性別や雇用形態にかかわらない全般的な課題としては、「学びたい教育・研修プログラムが見つからない」「適当な教育機関に通える場所がない」という回答が約4分の1を占めており、教育機会の提供に課題があることがわかります。一方、非正規雇用では費用負担、女性では家事時間の長さ、男女の正社員や男性非正社員では労働時間の長さが、それぞれ特徴的な課題となっていました。非正規雇用の低賃金や性別役割分業、正社員の長時間労働などの課題が背景にあることがわかります。

若年段階での学習にも課題があります。OECDが15歳の生徒を対象に、試験に対する不安や学習に対する意欲を調べたデータがあります。これによると、日本は「試験不安」が強く、「学習への動機づけ」が非常に低い国であることがわかります。試験や入試など選抜への不安が、学びの意欲の低下にもつながっていました。これは「学び直し」を阻害する点でも大きな問題だといえます。

また、大学・大学院に関する別の研究では、費用の高さや学んだ内容、取得した学位・資格が職場での処遇や人事評価に反映されないことが重要な課題として指摘されています。

学び直しを促進するためには、これらの要因を分析してハードルを取り除かなければいけません。

他方、学び直しには、格差を拡大させてしまうという課題もあります。人生初期の教育をより多く受けた人が、その後の生涯でもより多くの学び直しを経験する傾向があり、それが格差を拡大させる要因となっています。学び直しを進めるに当たってはこうした課題にも留意する必要があります。

専門性を評価しない日本型雇用

日本は、初期教育段階における一般的なスキル形成は高い水準にある一方、専門的な職業スキルの形成は弱いという課題を抱えています。例えば、OECDが実施している「生徒の学習到達度調査」(PISA)では、日本の15歳の生徒たちは、数学的リテラシーや科学的リテラシー、読解力のテストで総じて高い水準の成績を示しています。OECDが実施している「国際成人力調査」(PIAAC)をみてもジェネラルな「能力」が高いことがわかります。

ただし、個別の専門的な知識になると状況は変わります。例えば、データサイエンスや人工知能(AI)は、専門的なスキルだといえますが、そうしたスキルはDXの後れにみられるように総じて低いです。

これが何を意味するかというと、日本では専門的な知識やスキルを形成することも活用することもできていない度合いが高いということです。日本の職場では、ジェネラルな「能力」があればいいとされ、専門的な知識・スキルが軽視されてきました。その中では、仕事への姿勢や「意欲」などを重視する職能給的な人事評価が中心であり、仕事の専門性を把握し、評価するということが行われてきませんでした。

どのような学び直しが必要かという点でも、日本企業では、従業員に期待する「能力」はあいまいなものになりがちで、求める知識やスキルを明確にしてきませんでした。これらは「メンバーシップ型雇用」の弊害だといえます。個人の学び直しやスキルを尊重し、十分に生かす体制が整っていません。

学び直しを普及させるためには、学びで得た具体的なスキルや専門性を職場が評価し尊重することが欠かせません。その意味で、職務内容や仕事の輪郭を明確にする「ジョブ型雇用」への移行は、学び直しの普及のためにも不可欠な前提条件だと考えています。

「ジョブ型雇用」については、正社員でも解雇しやすいという間違った理解も広がっています。そうした曲解を是正し、安易な解雇を防ぎ、働く側の希望に即して企業内での職務転換などの可能性を備えた形で、「ジョブ型」正社員の働き方のルールをつくっていくことが必要です。

学び直しの促進のために

一方、求められるスキルは明確で社会にとって必要な仕事なのに、人手不足になっている仕事もあります。例えば、看護師や介護士、保育士、自動車整備士、船員などの仕事が挙げられます。こうした仕事に就くための職業訓練にはニーズがあります。

しかし、こうした仕事は労働条件が悪くてなり手がいないという問題があります。職業訓練機会の提供と同時に、労働条件の改善を進める必要があります。

併せて、特定の職業に就いたら奨学金の返済を免除する仕組みをもっと活用すべきです。かつては、教育や研究の職に就いたら奨学金の返済が免除される仕組みがありましたが、制度変更によって廃止されてしまいました。こうした制度を再度活用したり、職種別の労働条件を改善したりすることで、学び直しのインセンティブを高める必要があります。

欧州は、「欧州資格枠組み(European Qualifications Framework:EQF)という仕組みをつくり、資格の共通化を図っています。この仕組みにより、働く人は、このくらい学べば、このくらいのランクに相当するという図式が見えるようになっています。日本でも厚生労働省が同様の仕組みづくりに取り組んでいますが、活用されていません。

学び直しを促進するためには、ちゃんと学ぶ環境があり、身に付けたスキルをちゃんと評価する仕組みがあり、それに見合った報酬をちゃんと与えるシステムが必要です。

日本の厳しい社会経済状況下で、手に職をつけて生き抜こうとしている人たちが、まっとうに暮らせる社会にする必要があります。

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