「学び直し」を考える
「リスキリング」に必要な環境整備とは?IT人材の育成をどうする?
経営戦略・人材戦略の同期化を
(IPA) 社会基盤センター
人材プラットフォーム部
勉強していない現状
──IT人材の学びの現状は?
IPAは、「デジタル時代のスキル変革等に関する調査」(以下、調査)で、企業などにおけるIT人材の確保や育成状況を継続的に分析しています。調査対象には、IT企業のエンジニアや、ユーザー企業のIT人材、フリーランスも含めています。
調査結果からは、日本のIT人材があまり勉強していない姿が浮かび上がります。2019年度の調査では、「業務外(職場以外)ではほとんど勉強しない」とする先端IT業務非従事者の割合が51.6%に上りました。
こうした傾向は他の産業もあまり変わりません。日本の社会人は職場におけるOJTが中心になっており、それとは別に社外学習や自己啓発を行っている人は諸外国に比べて非常に少ないです。新卒一括採用や長期かつメンバーシップ型雇用慣行の中で、組織から指示される仕事や研修をこなしていれば大丈夫という環境があったからでした。
IT業界特有の課題もあります。経済産業省の「DXレポート2.1」でも指摘されているように、その課題は、IT企業とユーザー企業の関係に起因しています。諸外国ではITは新たな事業創造や価値創造のために用いられるようになっていますが、日本ではいまだに既存業務の効率化や費用削減のために用いられるものという認識が主流です。ユーザー企業はできるだけ安くIT投資を済ませようと、IT企業を競わせたり、外注による変動費化を図ろうとします。一方IT企業は、“要求されたことに対してQCDをキープして実現するのが仕事。そのための労働力を提供し、その対価を得る”という考えでサービスを提供してきました。こうした考え方が根底にあると、両者が協創的に新たなデジタル産業を生み出したり、そのためのスキル変革を行う動機づけが働きづらくなってしまいます。IT人材がIT企業側に偏在していたり、多重下請け構造という状況も、こういったことが一因となっています。
求められる学びの場の提供
──最近の特徴点はありますか。
こうした傾向は、ここ数年変わりつつあります。ユーザー企業はDXを進めるに当たってITの内製化を進めており、それに伴いIT企業とユーザー企業での必要人材の共通化が進みつつあります。
2021年度の調査においてもIT企業からユーザー企業へという、業界を越えたIT人材の移動が、それぞれの業界内の移動よりも多かったことが確認されています。
一方、調査では、転職理由の上位に「自身のやりたい仕事ができなかったから」「クリエイティブな仕事ができなかったから」といった理由が挙がり、選ばれる企業の要件としては、「自身が携わる仕事を選べるしくみがある」「新しいスキル等を習得することが奨励される」といった項目が目立ちました。
こういったことから考えると、デジタル化への取組みという流れの中で、企業はそのための学びの場を提供することや、学んだ結果を実業務の中で活用する場を用意することが求められるようになるでしょう
経営戦略と人材戦略の一体化や長期のキャリア形成支援視点の不足
──育成に向けた具体的な課題は?
調査では次のこともわかりました。DXの成果がないユーザー企業では、IT人材の学びに関する会社の方針が「特にない」とする回答が43.6%。同様に「育成戦略や方針が不明確」は58.4%(グラフ1)、「社内にIT人材を評価・把握するための基準がない」は72.8%に上りました。さらに、「採用したい人材のスペックを明確にできていない」という企業も33.5%ありました。
これらの結果からは、IT人材にどのような仕事をしてもらうのか、仕事の成果をどう評価するのかといった、人材に関する問題もさることながら、それ以前のデジタル化戦略や方針が明確でないのでは、と思われる企業が少なくありません。経営戦略にITを位置付け、それを人材戦略と結び付けなければ、人材獲得や育成もままなりません。その意味では、経営者が、ITを経営に生かすための見識や能力を高める必要があります。
また、人材育成に関しては、短期的な知識獲得やスキルアップだけではなく、長中期のキャリアアップという流れの中で考えることも重要です。
DXで成果が出せていないユーザー企業では、IT人材のキャリア形成支援を「行っていない」企業の割合が46.9%に上っており、個人にキャリア形成を任せている実態もわかります。IT人材は、「キャリアアップのための計画的な配置・育成がされていない」ことや、「キャリア面談など、定期的に上司とキャリアについて相談できる場がない」に悩みを抱えています。企業としてIT人材のキャリア形成にどう向き合うかが問われています。
有効な学びの方法とは?
──どのような学びが有効でしょうか。
従来型の研修は、テキストや座学などで学ぶコンテンツ学習でした。しかし、まだテキストのような形式知になっていない新しい知や“柔らかい知”を学ぶためには従来型のコンテンツ学習では対応できません。
そこで有効なのは、組織外や社外コミュニティで体験的に学ぶ越境型学習です。社外コミュニティや勉強会に参加したり、他企業に出向したり、兼業・副業したりして、いつもの組織内では学べないことを体験的に学ぶことができます。
ところが企業が提供する学びの支援は、コンテンツ型学習が中心です(グラフ2)。越境型学習を実施している企業はまだ少なく、こうしたギャップを改善する必要があります。
企業からの働き掛けも大切です。直近1年以内にスキル向上・スキル獲得をしたきっかけについて聞いたところ、「配置転換が行われた」「自身のキャリア形成に関する面談を行った」とする回答が多く見られました。企業からの働き掛けや指示に一定の効果があるといえます。
2021年度の調査からは、ミドルマネジャーが自発的に学びを継続しているほど、部下の学びに影響を与えることもわかりました。まだ仮説段階ではありますが、ミドルマネジャーの自発的な学びが、組織のラーニングカルチャーや個人のグロース・マインドセットに影響を与えているということが言えそうです。
社会全体のDXリテラシーを高める
──ITに対する社会全体の認識も問われそうです。
社会全体でDXを推進するために大切なのは、スキルや知識もさることながら、最初に乗り越えるべき課題は「マインド」とも言えます。DXとは何か、デジタル化にはどんなメリットがあるのかなどをIT人材だけではなく、広く共有することが求められます。
経済産業省およびIPAでは、2022年3月に一般のビジネスパーソン向けに「DXリテラシー標準」を公表するとともに、12月にはDXを推進するリーダー層向けに「DX推進スキル標準」を公表しました(両者をあわせてデジタルスキル標準と呼びます)。また、IPAでは「トランスフォーメーションに対応するためのパターン・ランゲージ(略称トラパタ)」や、「大人の学びパターン・ランゲージ(略称:まなパタ)」といったコンテンツを作成し、ウェブサイトで公開しています。社会全体でDXへの対応能力や、その向上のための学びの力を高めることが重要です。