「学び直し」を考える
「リスキリング」に必要な環境整備とは?学びの意欲を高める職場環境とは?
従業員のキャリア自律のサポートが不可欠
どのような職場環境が従業員の学びの意欲を高めるのか。ポイントを聞いた。
00年代と変わる文脈
キャリア自律という考え方は1980年代のアメリカで広がり、日本では2000年代初頭に話題になりました。当時、日本企業ではバブル崩壊後の景気低迷で終身雇用慣行が揺らいでおり、その中でキャリア自律は、企業が従業員に自分のキャリアに責任を持つよう促すという文脈で取り上げられました。
ただ、最近は異なる文脈で取り上げられています。キャリア自律は、予測困難な変化に対応するために、従業員にスキル向上のため学び続けてほしいという文脈で取り上げられるようになりました。現代は、企業にとって将来の予測が困難な「VUCA」の時代だといわれ、その中で企業も変化の方針を示すのが難しくなっています。そのため、企業は従業員にスキルを上げてもらい、企業と一緒に変化してほしいと考えるようになっています。かつてのキャリア自律がリストラの文脈で取り上げられたのに対し、最近のキャリア自律は従業員が企業とともに変化に対応してほしいという文脈で取り上げられるようになっています。
職場外での学びの重要性
近年のキャリア自律は、企業のためになるという文脈で捉えられているため、企業が従業員に学びの環境を提供することが重要になっています。
企業はどのような学びの場を従業員に提供する必要があるでしょうか。従業員の年齢層によって企業の対応も変わります。例えば、若手にとってOJTは引き続き重要です。新卒一括採用の慣行が残っている企業では、企業に入って仕事のスキルを初めて身に付ける人が多いからです。
一方、年齢層を問わず求められているのが、職場外での学びの支援です。日本は、社外学習や自己啓発を行う人の割合が諸外国と比べて低く、半数近くが何も行っていないといわれます。これは、社外で学ぶより、社内で長時間働いた方がメリットが大きいと認識されてきたことが背景にあると考えられます。ただ、変化が求められる時代の中でこうしたあり方を見直す必要もあります。
職場外での学びが大切なのは、それが自己認識の刷新につながるからです。キャリア自律には次の二つのことが大切だといわれています。一つは、環境への適応(adaptability)。もう一つが、自己認識(self awareness)です。自己認識とは、自分には何ができるのか、自分が何をしたいのかを把握することです。つまりキャリア自律のためには、外部環境の変化に適応するとともに、自分自身が何者なのかを知ることが大切だということです。一つの職場で働いていると、自己認識が固定されてしまいがちです。社外に出て、社外の人と交流することで、自分の仕事などを見つめ直し、自分に何ができるのかを知ることができます。
自己認識は何を学ぶかを考える上でも大切です。社会や組織に求められることを学ぶことも重要ですが、それまでのキャリアを生かせること、あるいは自分にとって意義を感じられることを学ぶという視点も重要です。その意味でも自己認識が大切です。
企業が従業員に学びの場を提供するに当たっては、働き方を効率的にフレキシブルにすることも大切です。また、リモートワークで働き方がフレキシブルになったり、オンラインでの学習機会が増えたりしたことで、企業で働く人の学習への意欲が高まり、学習時間も増える傾向が見られます。時間的な余裕がなければ、学びの機会も増えません。その意味では、長時間労働を見直す必要もあるでしょう。
学びの意欲を高めるために
従業員の学びの意欲を高めるために企業は何をすべきでしょうか。
一つには、企業が従業員に対して、どのようなスキルを身に付けてほしいのかを示すことです。
企業が従業員の能力開発支援を従業員にきちんと伝えることも重要です。従業員が、企業が自分のキャリア形成や能力開発を支援してくれているかについて、それをどれくらい認識しているかを測る指標があります。リモートワークを活用している正社員に実施したWebアンケート調査では、企業が自分の能力開発を支援してくれていると認識する度合いが強いほど、従業員はキャリア自律の意識が強く学びの意欲を高める傾向が見られました。
企業としては、能力開発プログラムを充実したり、継続して提供したりするなどして、従業員に企業の取り組みを発信することが大切です。
また、個人のスキルに合わせた仕事をアサインすることも、従業員が、企業が自分の能力開発を支援してくれると認識することにつながります。さらに、個人の働きを適正に評価することも、そのことにつながります。
これらを踏まえると、従業員が自分たちの能力開発を企業が支援していると認識するためには、次の三つのことが必要であるといえます。
(1)社内外で従業員の学びの場を提供すること。
(2)個人の能力やスキルに応じた仕事の場を提供すること。
(3)その成果を適正に評価すること。
実際の職場でこれらをすべて実践することは難しいかもしれませんが、企業がそうした姿勢を示し、社員との信頼関係を築くことが大切でしょう。
学びの成果の共有
企業は、従業員が社外で学んでいること自体を評価する必要はあまりなく、これまでどおり社内での働きを評価すればいいでしょう。
それよりも、学んだことのアウトプットを適正に評価することの方が大切です。その意味では、従業員が社外で学んだことを職場にフィードバックする仕組みがあると効果的でしょう。例えば私がかつてヒアリングした事例では、社外でSNSを活用したマーケティング手法を学んだ若手従業員がその内容を社内で報告し仕事に生かしたことがありました。これは社外での学びと社内の仕事がうまく結び付いた事例だと思います。
社外で学んだことを職場で生かすには、上司の役割も重要です。上司の強みは社内での経験や情報を豊富に有し、社内に幅広いネットワークを持っていることです。上司がゲートキーパーとして、部下が社外で学んだことを、どこで活用できるかを考え、それをうまく社内の情報や経験に結び付けることができればイノベーションのきっかけになりますし、従業員の学習意欲も高まると思います。
自己責任にしない
もともとキャリア自律した人は、変化に対応して継続的に自分で学習できる人であるといわれます。私が行ったWebアンケート調査でも、企業が能力開発をしてくれていると感じている人ほどキャリア自律意識が高く、自己学習を積極的に行っていました。
そうした結果を踏まえれば、従業員のキャリア自律を促すためには、キャリア自律を従業員の自己責任に終わらせず、企業全体で支援体制を整えることが必要です。もちろん企業主導で長期にわたるキャリア開発を行う人材がまったくいなくなるわけではないと思いますが、それよりも年齢や職種など幅広い層の従業員が能力開発の恩恵を受けられるような仕組みを整えること、例えば仕事のアサインや能力開発プログラムの整備のほか、社外でも学びやすい環境づくりを行うことが求められます。多様な従業員が学びを通じてスキルアップすることが企業全体の底上げにつながると考えるべきでしょう。労働組合には、働き方の見直しも含めて、従業員がスキルアップできる環境を整えるよう、企業に求めてほしいと思います。