「学び直し」を考える
「リスキリング」に必要な環境整備とは?女性のキャリア支援のポイントは?
「初期キャリア」と「出産・育児期」が鍵
勤続年数の違い
日本は、国際的に見て女性の能力を十分に生かせていません。世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数を見てもそれは明らかです。日本は「教育」や「健康」の分野の順位は高いものの、「経済」や「政治」の分野の順位が低くなっています。これは、社会や組織の構造のどこかに女性のキャリア形成を阻害する要因があることを示しています。
職場に焦点を当てると、男女の勤続年数の違いがキャリア形成の阻害要因になっています。日本の雇用社会の特徴は、男性労働者の勤続年数がとりわけ長く、キャリア形成が企業内のOJTを通じて行われてきたことです。こうした特徴は、勤続年数が男性より短い女性に不利に働いてきました。
しかし、ここ10年間で出産後に同一企業で就労を継続する女性正社員が顕著に増えました。女性の採用を増やす企業も増加しており、勤続年数の問題は、採用の課題とあわせて改善の方向へ変化しつつあるといえます。
プロセスの中の阻害要因
次の段階として重要なのは育成です。女性の勤続年数が長期化する一方、昇進などに偏りがあるとすれば、女性のキャリア形成の阻害要因が職場のどこかにあるといえます。例えば、新入社員の4割が女性だったのに、十数年後に管理職になる女性が1割しかいないとすれば、そのプロセスのどこかに阻害要因があるはずです。
採用段階では、男女に能力差はないのに、キャリア形成において女性の方が多く抜け落ちていくのでは、女性の能力を十分に生かせているとはいえません。職場にある阻害要因を見つけ出し、取り除く努力をする必要があります。
職場における人材育成とは、どのような仕事を与えるのか、その仕事に対してどのようなフィードバックを与えるのかということです。そのため、キャリア支援に当たっては制度だけではなく、上司や周囲の意識変革も大切です。具体的には、上司や周囲が意識的に仕事の割り振りなどを工夫していく必要があります。
「初期キャリア」の重要性
私は、女性のキャリア形成の中でも、「初期キャリア」と「出産・育児期」への対応が重要だと考えています。
「初期キャリア」は、入社後数年間のことを指します。この時期は、その後の仕事への向き合い方を決める重要な時期です。この時期に仕事の面白さを体感したり、いい上司と巡り合えたりするかどうかで、その後の仕事に対する向き合い方が変わります。
多くの女性にとって「初期キャリア」は、結婚や出産などのライフイベント前の時期に重なります。その中で女性は、10年後の自分がどうなっているかわからないという不安な気持ちも抱えています。例えば、30歳前後で結婚し、出産・育児を経験するとすれば、その時の自分の仕事がどうなっているのかがわかりません。女性は男性よりも出産や育児などのライフイベントをより強く意識しています。
そのため、20代のうちにさまざまな仕事を経験しておきたいと考える女性もいます。私の周りにも、20代で海外で仕事をしたいと上司に申し出たところ、「10年待て」と言われ、モチベーションを低下させ、転職した女性がいました。苦労はあっても「初期キャリア」のうちにさまざまな仕事を経験してもらうなど、仕事の与え方を工夫する必要があります。
長期勤続を前提とした場合、「初期キャリア」の果たす役割は大きいといえます。現在の40代、50代の女性に聞いても、「初期キャリア」でいい上司に巡り合えたとか、仕事の面白さを体感できたことで仕事を続けられたというエピソードがよく出てきます。女性のキャリア形成のためには、「初期キャリア」において従来の男性基準のキャリア形成を当てはめるのではなく、丁寧に育成することが求められます。
「出産・育児期」への対応
もう一つ重要なのが、「出産・育児期」への対応です。最近は男性の育児が増えていますが、現実には女性が育児の責任の多くを負っているため、女性が仕事の内容や質を変えざるを得ないという実態があります。そうなってしまうと仕事へのモチベーションが下がってしまう女性も少なくありません。仕事の内容が簡単になり、評価が低くなり、将来展望を持てなくなる悪循環に陥ります。
育児中の女性社員は、育児による時間の制約はあるかもしれませんが、能力自体が落ちているわけではありません。能力の高い人に簡単な仕事ばかりさせるのは、人的資源の無駄遣いだといえます。
育児中の女性社員の能力を生かすためには、仕事の割り振り方や評価の方法を整理しておく必要があります。また、短時間勤務であっても責任のある仕事をしてもらうことも必要です。在宅勤務を組み合わせるなどして時には残業したり、出張したりして責任ある仕事をしてもらうことも必要でしょう。
もちろん、女性が家事や育児を一人で抱え込んで、仕事をするには限界があります。女性が責任のある仕事をしながら働き続けるためには、夫の育児は不可欠です。最近では、妻に促された夫が育児休業を取る事例も増えています。育児をしながら働き続ける女性が増えれば、家庭内の役割も変化し、企業も対応を求められるようになるのではないでしょうか。
転勤もそうした課題の一つです。夫の転勤に合わせて女性社員が退職してしまう事例に頭を悩ます企業もあります。女性のキャリア支援に力を入れる企業であっても、他社の転勤にまで関与できません。企業の枠を超えた社会的な対応が求められているといえます。
さらには、忙しすぎる管理職自体の働き方や評価の仕方を見直していくことも重要です。
ダイバーシティ経営への理解
女性のキャリア支援のためには経営者が、女性の能力発揮が企業経営に不可欠だと気付くことが重要です。少子高齢化などで企業を取り巻く外部環境が変化し、女性や高年齢者、外国人など多様な人材の能力発揮が求められています。その中で、人数の割合が大きい女性が能力を発揮できていないのであれば、その企業は人的資源を十分に活用できているとは言えません。
ダイバーシティ経営とは、変化する外部環境に対応し、新しい事業を生み出すために、新しい人材を取り入れていこうとする戦略です。企業が経営戦略の一環として女性のキャリア支援という人事戦略を取れるかどうかが問われています。
職場の人材が多様化すると、職場の意見も多様化します。労働組合は、組合員の意見が多様化する中で、少数意見だからといって切り捨てるのではなく、職場環境の改善にうまく反映してほしいと思います。