「学び直し」を考える
「リスキリング」に必要な環境整備とは?培ってきた経験に新たなスキルを付け足す
高年齢労働者の「学び直し」を支援する
労働力人口の減少という背景
年金支給開始年齢の引き上げに伴い、就労人生が長期化しています。かつては55歳定年の時代もありましたが、現在は70歳までの就労も視野に入っています。就労期間の長期化を背景に、高年齢者の学び直しが重要になっています。
一方、企業も認識の変化に迫られています。少子高齢化が進み、労働力人口が減少する中で、高年齢労働者を貴重な戦力であると認識し、それに見合った対応をすることが求められています。
現在は、技術革新もあって、幅広い世代が新たな学びを求められる時代です。その中で、高年齢者特有の課題もあります。例えば、高年齢者は他の年齢層と比べて、新しいことへの適応力が弱いと指摘されています。また、企業が高年齢者よりも若年層の教育訓練を優先するという課題もあります。限られた資本を教育訓練に投資する場合、企業は残り数年の高年齢者に投資するよりも、数十年勤める可能性のある人に投資します。
こうした課題は以前から指摘されてきましたが、だからといって、このままでいいわけではありません。企業にとって労働力人口の減少に伴い高年齢労働者の戦力化が必要ですし、労働者にとっても年金開始年齢の引き上げなどに伴い働き続けられる能力の開発が重要です。高年齢労働者の学び直しに社会全体で取り組む必要があります。
高年齢労働者の強み
人手不足の影響で高年齢者が主力になっている業界もあります。警備業界では高年齢者の採用が増えており、中には70代の従業員を前提に教育訓練を実施している会社もあります。そうした企業にヒアリングをすると高年齢者ならではの強みを発揮している例も多数ありました。若い人が担当するとトラブルになることも、丸く収めて仕事を進めてくれるといいます。コミュニケーション力などこれまでの経験で培われた能力に、新たなスキルを付け加えることで、他の世代にはない仕事ぶりとなっています。
タクシー業界でも同様の話を聞きました。タクシーの利用者には高齢者が多いため、高年齢のドライバーだと利用者の気持ちがわかるといいます。消費者も高齢化が進んでいるため、高年齢者の能力を生かす機会は社会のあちこちに存在しています。
高年齢者の戦力化を進める企業の中には、高年齢者を前提とした教育プログラムをつくっているところもありました。20代への教え方と60代、70代への教え方は異なります。年齢層の特性に見合った教育プログラムを開発する必要があると思います。
意欲を引き出す「見える化」
高年齢者は、今まで使ってきたスキルを手放すことに葛藤があります。しかし、新しい技術を学ぶことは、それまで培ってきたスキルがすべて不要になることを意味しません。例えば、トラブルに対しても過去の似たような事例を参照できるのは経験あってのことですし、ベテランならではの人脈や調整能力を生かしていることは多いです。つまり、そこに新しいスキルを付け足すというプラスの観点で捉えると良いと思います。
また、職場の誰かが一歩踏み出すことが、世代を超えて多くの人の前向きな姿勢を引き出しています。ある建設会社で測量にドローンを用いるようになった際、一人の高年齢労働者がチャレンジしたところ、周囲も一緒にドローンを学ぶようになったそうです。
その会社では、新しくできるようになったことを表にして明示し、それを評価に反映していました。学んだことやできることを「見える化」し、きちんと評価することで、新しいことを学ぶ楽しみが生まれるのだといえます。
また、ドローンを利用することで、これまでの方法では体力的にきつかった山林の測量も高齢者ができるようになり、新しいスキルの習得が就労継続の可能性を高めていました。
役割や期待を示す
働く側が「あと数年で終わりだから」「いまさら学び直しても仕方ない」という意識では、教育投資の効果も低くなってしまいます。高年齢者自身の意識改革も必要です。
学びの意欲を高めるためには、何のために学ぶのかを本人が理解・納得していないといけません。企業は、学びがなぜ必要なのかということを労働者にしっかり示さなくてはいけません。
ところが現状では、多くの企業は定年後の業務や役割・期待を明確に示していません。職場での役割があいまいな高年齢労働者は意欲を低下させています。
その結果、現場では定年後の再雇用者と若手・中堅世代との意識のすれ違いも起きています。再雇用者は定年後、役職も降りて処遇も下がったこともあり、若手に口出しをして邪魔をしてはいけないという意識になりがちな一方、若手・中堅側はモチベーションが低い再雇用者に対して不満を抱えています。意識のすれ違いが職場の生産性を下げています。
しかし、高年齢労働者は、再雇用後の業務や期待・役割をきちんと伝えてもらえば、やる気を出してしっかり働いてくれます。企業は、高年齢労働者を戦力として生かすための人事戦略を練り、それを本人たちと意思疎通を図り、また、他の世代にも周知する必要があります。
個人差に柔軟に対応する
少子高齢化で従業員の年齢バランスが変化する中で、業務分担や役割分担が変わり、高年齢労働者にも責任ある仕事が任されるようになっていきます。企業はそのことを前提に制度設計し、処遇のあり方を見直していくべきでしょう。
高年齢者の処遇を巡っては、他の年齢層と同じように処遇すべき分野と異なる対応が求められる分野があります。
前者の一つは評価システムです。現在の高年齢者雇用では、定年再雇用後に賃金が大きく低下し、仕事を頑張っても頑張らなくても評価は同じという企業が少なくありません。高年齢労働者を戦力として生かすのであれば、こうした評価システムを見直す必要があります。
一方、他の世代との違いを考慮すべきなのは、健康や体力のばらつきなど、個人差が大きくなることです。さらに60代、70代になると家庭環境や就業目的の違いも大きくなります。他のダイバーシティ経営の施策とも共通しますが、複線型人事制度や、在宅勤務、短時間勤務を組み合わせるなど、従業員の多様性を考慮した柔軟な働き方を実現する必要があります。
高齢者だけで運営するお弁当屋さんを調査したことがありますが、病院や親の介護などの個人の事情も踏まえつつ、2〜3時間の勤務シフトを上手に組み立てていました。工夫次第でいくらでも対応できるということです。
就労期間の長期化に伴い、40〜50代での学び直しも求められるようになっています。70歳までの就労を見通した場合、現在、戦力として活躍している60〜70代の働く姿から学べることはたくさんあると思います。いずれの仕事でも、学び続ける姿勢が大切です。その意味で、「学び直し」というより「学び続ける」の方がしっくりきます。
労働組合は、若手・中堅と高年齢労働者のすれ違いを解消したり、多様な高年齢労働者の状況を把握し、その声を職場環境に反映したりすることができます。組合員化をさらに進めるなど、役割発揮が期待されています。