特集2024.08-09

世界の戦争/紛争と
日本の平和運動
知ることで平和への思いが変わる
人権を守ることが平和につながる
平和と人権をリンクさせ
労働組合運動の重要性の再認識を

2024/08/19
労働組合の平和運動は、戦後日本においてどのような役割を果たしてきたのだろうか。平和運動を現代に合わせてどのように再構築できるだろうか。人権の観点から考える。
市原 麻衣子 一橋大学教授

──戦後日本の平和運動はどのような役割を果たしてきたでしょうか。

戦後の日本において自由主義概念は、主に国家を規制する役割を果たしてきました。日本は第2次世界大戦でアジア諸国を植民地化し、各地で人道被害を与えました。学術界やメディアも植民地政策を支えていました。そのため戦後日本は、戦争と植民地化を支えてしまったとの意識の影響を強く受けました。

その意識は、政府の力をどう縛るかという形で具現化しました。例えば、日米同盟や自衛隊への反対など、国家の力を縛ろうとする運動が展開されました。規制的な規範は、人権外交などの側面でも日本政府が積極的な行動に出ないように抑制する機能を果たしました。こうした傾向は冷戦期を通じて見られました。

しかし、1990年代に入るとこうした傾向に変化が見え始めます。天安門事件の勃発や湾岸戦争での日本外交の失敗などを経て、自国の動きを規制するだけではなく、人権という観点からより積極的に国際社会に貢献すべきという意見が出てくるようになりました。

典型的な最近の事例は、ミャンマーへの民主化支援です。この運動は、人権という観点から日本社会が国際的に積極的に貢献している好事例です。日本は、ミャンマー民主派の国外における最も大きな資金源になっています。

──国際社会への貢献という点では自衛隊のPKO派遣などもありました。

1990年代以降、「普通の国」論のように軍事的な側面での貢献を求める声も強まりました。ただし自衛隊の国外での活動には現地での武器使用をはじめ大きな制限があります。だからこそ、非軍事面での貢献が大きな役割を果たしてきたともいえます。1992年の政府のODA大綱には、人権や民主主義に関する条項が盛り込まれました。そうした流れが政府の価値観外交や人権外交に結び付いています。

日本政府は、人権や民主主義を重視した外交を展開してきましたが、言葉が先行して行動を十分に伴っていません。政府は、言葉では人権や民主主義が重要だと言いますが、他国の人権侵害などに対して具体的な行動を起こしてきたとは言えません。国内を見ても、いまだ人権機関を設置していません。

これに対して日本の市民社会は二分化しています。一方は、人権や民主主義のような価値の話にあまりかかわりたくない非政治的な人たち。もう一方は、それらの価値を実現するために実際に行動する人たちです。行動する人たちのネットワークは広がっています。

──市民社会にどのようなことができるでしょうか?

日本政府は、他国で起きる人権侵害に対して行動を起こすことに消極的です。背景には相手国の主権に配慮した主権規範があります。さらに安全保障環境のリスクが高まる中で、地政学的に重要な相手に意見を言うことがより難しくなっています。私が特に懸念しているのがインドです。インドではさまざまな人権侵害が起きていますが、日本政府は安全保障上の重要な相手として踏み込んだ対応ができていません。

だからこそ市民社会に果たすべき役割があります。政府が主権規範にとらわれて動けないからこそ、市民社会が先陣を切って行動を起こし、相手国に人権侵害をやめるよう動くことが重要です。

できることはたくさんあります。例えば私の方では、権威主義国内で命を狙われている人権活動家を国外の大学などで受け入れて保護する研究者のネットワークを形成しています。大学ではなくても企業が雇用して守ることもできます。政府が動きづらいところを市民社会が率先して行動することが、国を動かす原動力にもつながります。

──労働組合にできることは?

労働組合は、市民社会の大きなアクターとして人権や民主主義の分野で重要な役割を果たしてきました。政府の動きが言葉だけにとどまっている中で、労働組合には他国の労働組合を通じた他国社会への働きかけを強めてほしいと思います。

また、労働組合には社会の分断を防ぐ取り組みも期待しています。現在、中国やロシアなどの権威主義国は、民主主義社会を分断させ、社会を不安定化させることを戦闘の一形態として捉えています。その際、権威主義国が狙いにするのが人権関係のトピックです。例えば、同性婚や夫婦別姓、女性天皇などの問題で、活動家が騒いでいるといううその情報を流して社会を分断させようとします。最近では、在日クルド人を装ったⅩの投稿が拡散され問題になりました。情報戦によって社会が分断されることを防ぐのも平和に貢献する活動だと思います。

労働組合は、職場のつながりを土台にしたネットワークであり、考え方の違う人でもつながり合える組織です。例えば「考え方は違うけど、悪い人じゃない」というようなつながり方は、SNSでは難しいですが、職場ならできます。そうした中で労働組合が人権について話し合ったり、活動したりする場をつくることは、考え方の違う人たちをつなぎ、社会の分断を防ぐ方法として、平和運動の一つになるといえます。

例えば、沖縄に関して見ると、国内の右派が「沖縄が中国に影響されている」という情報を大量に流し、それが沖縄と本土の対立を深める要因になっています。労働組合が、全国の組合員を沖縄に招いて相互交流を図ることなども、分断を防ぐ意味でも平和運動になっています。

──平和と人権という概念をリンクさせ、平和運動を再構築できるでしょうか。

平和と人権の概念をリンクさせることはとても重要です。冷戦時代、東側諸国は平和を掲げて西側諸国を批判する一方、西側諸国は人権を掲げて東側諸国を批判しました。この二つを結び付けたのが1975年のヘルシンキ宣言だといわれます。この宣言は、人権と平和を結び付けることで冷戦の終結に一役買ったといわれています。

平和と人権は結び付いています。現在でも権威主義国では結社の自由や言論の自由といった自由権が保障されていません。このことはチェック・アンド・バランスが効かないことを意味し、恣意的な戦争が起きるリスクを高めています。つまり、結社の自由や言論の自由といった自由権を守ることは、恣意的な戦争を防ぐという意味で平和に貢献します。

労働組合は、結社の自由や言論の自由のような自由権と密接なかかわりのある組織です。権威主義国の民主化プロセスでは、労働組合支援が典型的なメニューの一つと考えられています。なぜなら労働組合を支援することは、労働に直接関わる社会権を支えるのみならず、人々の自由権を保障することにつながるからです。労働組合支援も大切な平和運動の一部なのです。

このように見ると、労働組合のこれまでの取り組みが平和への貢献につながっているとわかります。労働組合運動の重要性を再認識して、人権と平和を守る運動を展開してほしいと思います。

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