特集2024.08-09

世界の戦争/紛争と
日本の平和運動
知ることで平和への思いが変わる
沖縄で進む防衛力の強化
「抑止力」のリスクを直視し、平和外交の努力を

2024/08/19
沖縄で自衛隊のミサイル配備が急速に進んでいる。この動きに住民は不安を募らせている。防衛力強化一辺倒の安全保障にはリスクがある。平和外交の役割を再認識し、抑止力とのバランスを見直す必要がある。(本稿は「沖縄ピースすて〜じ」の6月25日における布施氏の講演を編集部でまとめたものです)
布施 祐仁 ジャーナリスト

民間人犠牲の理由

沖縄戦ではなぜ、多くの民間人が犠牲になったのでしょうか。理由の一つは、当時の日本軍が民間人を戦争に動員したこと。もう一つは、首里城に司令部を置いた日本軍が、南部地域に撤退して持久戦を展開したことです。撤退した軍が、住民の避難先である南部に入ったことで、そこが戦場となり、多くの民間人が犠牲になりました。

持久戦とは、勝ち目がなくても1日でも長く戦闘を長引かせることです。日本軍はなぜそうした判断をしたのでしょうか。それは日本本土で連合軍を迎え撃つ準備ができていなかったので大本営が沖縄で時間稼ぎをするように命じたからです。一言で表すと、沖縄は「捨て石」にされたのです。

変質する防衛強化

79年前の沖縄で起きた悲劇は、現代の沖縄でも起きかねません。

沖縄では今、自衛隊のミサイル配備が急速に進んでいます。石垣島や宮古島から鹿児島の奄美大島まで、「ミサイルの壁」ができあがっています。陸上自衛隊の南西諸島への配備は、2010年の菅直人政権が決定したものでした。尖閣諸島周辺の緊張が高まり、日本の領土である南西諸島を守るために配備するというのが当初の目的でした。

しかし、その目的は今、大きく変化しています。2021年12月、自衛隊と米軍が水面下で台湾有事を想定した日米共同作戦をつくっていると共同通信が報じました。その概要は、アメリカの海兵隊が南西諸島に地対艦ミサイル部隊を展開し、中国艦船の太平洋進出を阻止する作戦を自衛隊の支援も受けてやるというものでした。つまり、南西諸島の自衛隊は、日本の領土を守るために配備されたはずだったのに、いつの間にか台湾有事の際に太平洋の米軍を守るためのものに変質してしまったのです。

さらに、配備されたミサイルの射程距離は150キロから1000〜1500キロに大きく伸ばされることになりました。ミサイルは、島を守るものから中国本土を攻撃できるものへと性質が変わってしまったのです。

台湾有事の時、米軍と自衛隊が南西諸島を拠点に中国軍を攻撃すれば、反撃を受けることになります。住民は、戦争の巻き添えになる、沖縄が再び「捨て石」にされると不安を募らせています。

住民保護の建前

こうした中、日本政府は、台湾有事の際には先島諸島に住む11万人を九州に避難させる計画を策定しようとしています。表向きは住民の保護ですが、私は懐疑的です。

沖縄戦では、先島諸島に米軍は上陸しませんでした。飛行場があったので空爆による犠牲はありましたが、そのほかにも多くの民間人が犠牲になりました。その一つが、戦争マラリアの流行です。石垣島ではマラリアによって3500人以上が命を落としました。

なぜ石垣島ではマラリアが流行したのでしょうか。それは日本軍が住民に対して山の中に避難するように命じたからです。米軍が石垣島に上陸する可能性は低かったにもかかわらず、日本軍は住民に山中への避難命令を出しました。その結果、マラリアが流行し、多くの民間人が犠牲になりました。

もう一つは、1945年7月に女性や子ども、高齢者を台湾に避難させる民間船が攻撃を受け、多くの犠牲者が出た事件です。当時、台湾海峡の横断は極めて危険だとわかっていたにもかかわらず、日本軍は避難命令を出しました。

これらに共通するのは、軍によって住民が危険な場所への避難を命じられたことです。軍は、自分たちの作戦を優先し、その邪魔になる民間人を移動させようとしました。

今の政府が作ろうとしている先島諸島からの住民避難計画も、米軍と自衛隊の作戦にとって邪魔になる住民を移動させるのが目的なのではないかと私は見ています。

先の大戦で日本が沖縄を捨て石にしたため、当時の沖縄県民の4人に1人が犠牲になりました。その沖縄を再び戦場にしないというのは、日本の国家としての責任だと考えています。

抑止力と平和外交

今年の沖縄「慰霊の日」の追悼式典で、玉城知事は対話と外交による信頼構築の重要性を訴えました。一方、岸田首相は防衛力の強化によって平和を守ると訴えました。

ローマ時代の格言に「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」という言葉があります。戦争の準備を万全にすることが戦争を予防するという抑止力論です。一方、これとは対照的な言葉があります。評論家・加藤周一さんの「もし平和を望むなら戦争を準備せよじゃあない。平和を望むならば、平和を準備した方がいい。戦争の準備は容易に本当の戦争の方へ近づいていく」という言葉です。抑止力論で戦争の備えをすると、かえって戦争になる確率を高めてしまうという考え方です。

抑止力をどう考えるかはとても難しい問題で、私も悩み続けています。しかし今の日本政府は、抑止力論に偏り過ぎていて、平和のための努力を怠っているように見えます。

このことを考えるための材料を紹介したいと思います。

その一つは、安全保障のジレンマという考え方です。これは、戦争に勝つための備えをするほど相手も同じように軍備を増強して、際限のない軍拡競争となって緊張が高まってしまうというジレンマです。緊張が高まれば、偶発的な衝突から本格的な戦争に突入するリスクも高まります。今の日本は、安全保障のジレンマに陥る危険性が高まっています。

もう一つが、国家間の緊張緩和と信頼醸成を図る外交努力です。東南アジア諸国連合(ASEAN)が、この手法を展開しています。ASEANは、加盟国一つずつでは大きな軍事力を持てません。そのため徹底した外交・対話によって戦争を予防する戦略を継続して展開しています。

ASEANがめざすのは米国と中国の大国間競争の克服です。対立や対抗ではなく、対話と協力のインド太平洋地域をめざし、そのためにASEANが誠実な仲介者の役割を果たすとしています。

平和外交の拠点に

平和にとって一番大切なのは、外交であるという考え方は、今や世界の常識になっています。しかし、日本の現在の安全保障政策は、自衛隊の強化や米国との同盟関係の強化など武力による抑止力論に偏り過ぎています。私はそのことに危うさを感じています。

前・沖縄県知事の翁長雄志さんは生前、沖縄を平和外交の拠点にしたいと訴えていました。私は沖縄だけでなく日本全体でその役割を果たすべきだと考えています。米国をはじめとする大国の力が相対的に低下し、ASEANのような新興国の力が増しています。その中で日本がASEANなどと連携して平和外交を展開すれば、その影響力を一層高めることができます。

今のままでは防衛費は際限なく増え、国民の暮らしにも影響を与えます。暮らしを豊かにするためにも平和外交への転換が重要です。日本は大きな岐路に立たされています。

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