特集2024.08-09

世界の戦争/紛争と
日本の平和運動
知ることで平和への思いが変わる
ミャンマーで起きる人権侵害
日本とのつながりを考える

2024/08/19
ミャンマーで軍事クーデターが起きてから3年以上が経過した。国軍の武力弾圧によって多くの犠牲者が出るとともに、人権侵害が今も続いている。日本の私たちに何ができるのか。現状と対策を聞いた。
笠井 哲平 国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ
アジア局プログラムオフィサー

増え続ける犠牲者

ミャンマーで国軍によるクーデターが起きたのは2021年2月でした。国軍は、これをクーデターと認めず、憲法に基づく非常事態宣言だと主張しています。2020年の選挙で不正があったとするのがその理由です。日本を含む国際社会は、これをクーデターだと認識しています。

ミャンマーの一般市民は、クーデター直後から路上に出てデモ行進などの抗議運動を展開しました。国軍がこれに対して武力で弾圧したことから多数の犠牲者が出ています。

ミャンマーの人権団体「政治囚支援協会」の統計によると国軍により殺害された人の数は7月18日時点で5405人に上り、逮捕・拘束された人は2万7000人以上に上ります。このうち2万776人は今も拘束されています。また、法的なプロセスを経ないで行われる即決処刑や、未成年者に対する死刑宣告といった殺害も起きています。

ミャンマーでは国軍と武装勢力との間で武力衝突が続いており、国土の3分の2が紛争化しているといわれます。その中で一般市民が犠牲になっています。国軍による一般市民に対する無差別爆撃や大規模放火なども確認されています。これらはすべて戦争犯罪です。国軍により殺害された人の数は、先に伝えた人数より多いことは間違いありません。

少数民族への人権侵害も深刻です。ミャンマーでは、クーデター前から少数民族のロヒンギャに対する著しい人権侵害がありましたが、クーデター以降その状況はさらに悪化しています。

表現の自由などの侵害

一般市民の暮らしも厳しい状態です。ミャンマーではクーデター以降、経済が破綻していると指摘されており、電気や水道、通信といった基本的なインフラも制限されています。各国は人道支援を提供しようとしていますが、国軍が妨害したり、横領したりしています。

表現の自由や結社の自由といった基本的な人権も侵害されています。国軍は、1日のうちインターネットに接続できる時間を制限するなどして、市民の情報へのアクセスを制限しています。こうすることで国外への情報発信や市民同士の情報のやりとりを制限しています。

民主化を求める根強い声

それでも一般市民の間には民主化を求める根強い声があります。私たちの理解では、ミャンマー国民の大多数が、自由と民主主義を求めています。

国軍に対しては、民主化を求める国民統一政府(NUG)が活動しています。NUGは、アウンサンスーチー氏が率いた国民民主連盟(NLD)の元党員などが中心となって2021年に設立された組織で、ミャンマーの民主化を求めています。NUGの下に国民防衛隊(PDF)という軍事部門が置かれており、国軍と戦闘を繰り広げています。

こうした状況に対して欧米諸国は、NUGの幹部と面会してソーシャルメディアで公表するなど、NUGが本来の統治者であるというメッセージを送っています。また、国軍の軍系企業などに対する標的制裁を実行しています。

日本政府の動き

こうした動きに日本は足並みをそろえられていません。日本政府は他のG7のように経済制裁を科しておらず、クーデター前からのODA事業を継続しています。日本政府のこうした姿勢の背景には、国軍との関係を維持しておかなければ、中国にミャンマーでの利権を奪われてしまうという懸念があるようです。

しかし、日本政府のこうした姿勢が民主化につながるとは考えられません。むしろ国軍に誤ったメッセージを送っていると懸念しています。つまり、日本は、国軍がどんなにひどい人権侵害を行っても制裁を科してこないし、ODAも継続してくれる都合のいい国だと見られてしまうということです。継続中のODAでは、国軍の関連企業に多大な資金が流れていると言われています。ODAには日本国民の税金も含まれています。日本のODA事業に対しては、民主化を求めるミャンマー市民から停止を求める声が上がっています。

日本企業に求められること

ミャンマー国内で事業を展開していた日本企業は、クーデター以降、撤退した企業もあれば、事業を停止させた企業、継続して事業を展開している企業があります。

私たちはミャンマーでビジネスを展開してはいけないとは思っていません。大切なのは、サプライチェーンやジョイントベンチャーで人権侵害が生じていないかをチェックする人権デューディリジェンスを継続的に行うことです。例えばミャンマーであれば、国軍に資金が流れていないかなどを常にチェックし、該当すれば軍に資金が流れないような形で取引を解消するなどの対応を取る必要があります。これはミャンマーに限らず、どの国でビジネスを行う際にも人権デューディリジェンスを実施する必要があります。

日本でも人権デューディリジェンスの必要性が認識されはじめ、国が2022年にガイドラインを作成しました。しかし他国では人権デューディリジェンスの法制化がすでに進んでいます。日本でも早期の法制化が求められます。

市民にできること

多くの人が行ったことのないミャンマーに思いをはせるのは難しいと思います。この問題を身近に感じるわかりやすい事例の一つが、先ほど述べたODA事業です。ODAには私たちの税金も含まれています。そのお金が国軍に流れ、人々の人権侵害につながっている恐れがあります。私たちの税金が人権侵害に加担してしまっているかもしれないという当事者意識を持つことは可能です。

ただ、すべての人に責任を求めるのは無理があります。責任を果たす主体は、あくまで日本政府であり、ミャンマーでビジネスを展開する企業です。政府や企業が責任を果たすよう声を上げることが、私たちに求められています。

このほか、日本が難民をより受け入れるようにしたり、日本にいる難民を支援したりすることも私たちにできることです。難民は、祖国で人権を侵害され、そこから逃れざるを得ない人たちです。その人たちを守ることも日本の私たちにできることです。

人権問題とは?

海外の人権問題は、遠くの国で起きていることで、日本と関係ないと思うことも多いかもしれません。けれども日本国内にも人権問題はあります。例えば、難民問題もそうですし、女性やLGBT、障害者などのマイノリティーの人たちの人権問題もあります。表現の自由や結社の自由の問題もあります。これらの問題は日本ではあまり可視化されていません。ミャンマーの問題をきっかけに、日本の人権を考えてほしいと思います。

人権問題とは、個人間のいざこざに還元されるものではなく、社会を統治する政府が市民の人権をきちんと守っているか、守っていない場合に市民が声を上げる権利が守られているか──ということが土台にあります。つまり、政府には人権を保障する責任があるとともに、政府が人権を守らない場合に市民が抵抗する権利も保障するものであるといえます。こうした観点から見つめ直すと、人権に対する視野が広がるかもしれません。労働組合による平和運動もこうした運動の一つだといえると思います。

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