特集2024.08-09

世界の戦争/紛争と
日本の平和運動
知ることで平和への思いが変わる
平和運動を次代に継承するには?
個性を大切にする人間関係が大切

2024/08/19
戦後80年に向かう中、日本の平和運動は団塊世代の高齢化などで曲がり角を迎えている。平和運動を次世代にどう継承するのか。どのような運動のあり方が求められているのか。平和運動に従事する菱山南帆子さんに聞いた。
菱山 南帆子 「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」
共同代表

──団塊の世代が高齢化し、平和運動に携わる人も減っています。

2012年の第二次安倍政権の発足後、戦後日本の平和国家としてあり方を覆すような悪法が次々と出てきました。2013年の特定秘密保護法や2014年の集団的自衛権行使の閣議決定などがそうです。こうした動きに対して、それまでの組織の垣根を越えた運動として、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が生まれました。この運動は、平和運動の一つの転機になりました。さまざまな組織や世代の人たちが集まって行動することで、平和運動に参加したいと思う人たちの一つの受け皿になりました。

それから約10年が経過しました。人口の多い団塊の世代が運動から抜けていくことに危機感はあります。けれども、さまざまな運動で頑張っている若い世代はいます。ガザの問題では、多くの若者が声を上げています。また、フェミニズム運動では特に若い世代が声を上げています。「総がかり行動」の運動は、こうした若い世代の運動の受け皿にもなっています。

平和運動をけん引してきた団塊の世代は確かに減りつつありますが、運動は若い世代に継承されています。平和運動といえば、「反戦・平和」を訴えるイメージですが、それに限らず、若い世代が取り組むさまざまな運動が平和運動につながっています。例えば、フェミニズム運動は、反戦運動もします。なぜなら戦争は最大の暴力であり、最大の差別でもあるからです。戦争では性暴力も引き起こされます。女性差別に反対することが戦争反対にもつながります。

同じように、戦争は環境破壊にもつながります。若い世代で環境問題に取り組む人が増えていますが、環境問題の取り組みも戦争反対につながります。このように若い世代が取り組むさまざまな運動が平和運動につながっています。従来の平和運動と声の上げ方は違うかもしれませんが、めざす社会は同じです。これらの運動に取り組む若い人は増えていると思います。

──10年前と比べ、政府は防衛強化をさらに進めています。

日本の平和を巡る状況は10年前より悪化していると思います。防衛費の増額やセキュリティークリアランスなどの問題は、10年前に比べて大きな反対なく通過してしまいました。戦争の危機が迫っているにもかかわらず、危機に対する社会全体の感覚が鈍っているようにも感じます。

背景には、一人ひとりが社会の問題について考える時間がないことがあるように思います。多くの人が、仕事に行って生活するだけで精いっぱい、自分の将来も見えないような状況の中で、政治や軍拡のことを考える余裕がない。その中で、政治に対して怒りの声を上げている人たちを見るとつらい気持ちになって、政治について考えることを避けてしまう。政治を変えるためにも、こうした状況を変える必要があると思っています。ゆとりのある働き方を実現することが、一人ひとりが社会のあり方を考えることにつながっていくと思います。

──戦後の平和運動を支えた人たちには「戦争はダメだ」という強い価値観があったように思います。

戦後の平和運動を担った人たちは、戦争を体験していたり、リアルな話を聞いていたり、身内に亡くなった人がいたり、戦争をより身近なものに感じていました。今はそうした感覚は薄れています。

団塊の世代の人たちが熱心に平和運動を続けてきたのは、運動を通じた成功体験があったからだとも思います。労働組合運動などを通じて闘うことで世の中を変えてきたという成功体験があったから、平和運動を頑張れたのだと思います。

一方、若い世代にとって労働組合は身近な存在ではありません。長い不景気の中で育ってきたので労働組合で声を上げたり、闘ったりすることに価値を見いだせていません。それよりも、もっと合理的に世の中をうまく立ち回ることに価値を見いだしているように見えます。

──平和運動の大切さを伝えるのにも工夫が求められそうです。

「戦争反対」を訴えるだけでは若い人に伝わりません。「戦争が近づいている」といってもイメージが湧きづらいです。

だからこそ、まずは、「こういう社会にしていきたい」という理想像を示すことが大切だと考えています。私が街頭でよく話すのは、どんな時代や家庭に生まれても平等に未来の選択肢のある社会、貯金しなくても生きていけるような、生きることに何の不安も持たなくても済む社会にしようということ。今の政治のここが悪いと訴えるだけではなく、まずは自分たちがこういう社会にしたいという理想像を示します。その上で、今の政治を変えていこうと話します。すると若い人も反応してくれやすくなります。

社会を変えるためには、一人ひとりが自分のめざす社会像を持つことが大切なのではないかと思います。リーダー待望論ではなく、一人ひとりが自分のめざす社会に向けて行動する。そういう運動にこそ明るい希望があるように思います。

──批判ばかりの運動は特に若い世代から敬遠される傾向があるようです。

私たちはこういう未来をつくりたいという前向きな運動にしていきたいですね。怒りの表明は必要ですが、その方法も一つではありません。いろいろな方法で実践する必要があると思っています。

──運動の輪を広げるために何が大切でしょうか。

運動って楽しいんだなと感じてもらいたいと思います。だから自分のSNSでもポジティブな発信を心掛けています。

私もそうですが、運動に携わることは実際に楽しいです。何より、信頼できて、日常的な悩みを相談し合える仲間ができます。本音を言い合える、自分の居場所だと思える関係性をつくれるのが私たちの運動の最大の魅力だと思います。

私たちの運動は、一人ひとりの個性を大切にする憲法の理念に基づいた運動です。だから差別をせず、互いを認め合いながら関係性をつくっていく。こうした関係性こそ運動の輪を広げるポイントになるのではないでしょうか。そのためには運動の中にあるジェンダーバイアスにも向き合う必要があると感じています。

──菱山さんの運動の原動力は?

一番の原動力は怒りです。こんな社会はおかしいという怒りが一番の原動力です。そして信頼できる仲間がいることも大きいです。

──同世代に向けて一言。

やっぱり、不安を抱えながら生きるよりも、楽しく生きていきたいですよね。闘うことはつらいことではありません。これからを楽しく生きるためにも一緒に楽しく闘っていきましょう。

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