特集2025.01-02

情報労連の2025春季生活闘争
産別・加盟組合は何をしているのか/何をすべきか
人手不足と最低賃金の引き上げが
突き付ける雇用形態間格差の新たな課題
労使に求められる対応とは?

2025/01/16
雇用形態間格差の是正に向けて産業別労働組合に求められる役割とは何か。人手不足と最低賃金の引き上げが労使に新しい課題を突き付けている。どのような対応が求められるのだろうか。
金井 郁 埼玉大学教授

産別が果たす役割

産業別労働組合が春闘で果たす役割を調査したことがあります。2023春闘におけるUAゼンセンの雇用形態間格差是正などの取り組みを調査しました。

UAゼンセンは、この年の春闘で物価上昇分を上回る高い賃上げ要求を掲げました。妥結額は正社員の賃上げ率が4.01%で、パートは5.42%でした。このようにパートで高い賃上げが実現した背景には、イオングループの労働組合が7%という高い賃上げを獲得し、UAゼンセン傘下の他の労使交渉にも影響を与え、全体を押し上げる効果があったことがあります。産業別労働組合が賃上げで果たす役割は、デフレ下では見えづらい側面がありますが、物価が上昇する局面では、その役割は大きいと感じました。

23春闘の段階では、高い賃上げ要求に対して個別企業の組合員から「要求が高すぎるのでは」という心配の声が上がっていました。個別企業の労使交渉でも多くの企業は当初、要求に取り合わない姿勢を示しました。その中で産業別労組が方針を堅持し、個別労組を後押ししたことで高い賃上げの実現につながっていきました。春闘期間中は、高い賃上げで妥結した企業の情報を共有し、他の企業にも波及させる交渉戦術を展開しました。春闘が本来持つ賃上げの波及機能が効果を発揮したといえます。

最低賃金引き上げの影響

一方、パートの高い賃上げの背景には、最低賃金の引き上げも大きく影響しています。最低賃金が毎年上がり、それより高い水準にしないと人が集まらないので企業が採用時の賃金を上げているのです。特に小売業や飲食・サービス業は、最低賃金の引き上げの影響が大きく、採用時給を上げなければ人手を確保できません。高い賃上げ率の背景にはこうした事情もあります。

ただ、採用時給が上がったことで生じる課題もあります。それは採用時の時給が大幅に上がったことで新人とベテランとの時給差がなくなったり、逆転したりする現象が起きていることです。採用時給の引き上げが従業員全体の底上げにつながればいいのですが、それができないとこうした問題が起こってしまいます。

パート労働者の時給はこれまで、1年間に数円単位でしか上がらず、20年働き続けてようやく100円単位で上がるということも珍しくありませんでした。そうした賃金制度であっても能力の向上や経験などが賃上げの要因として説明されてきました。

ところが、採用時給が一気に上がり、新人とベテランの時給差がほとんどなくなったりあるいは逆転したりするとそうした理屈が通用しなくなります。

パート労働者の賃金は1990年代くらいまでは一律でしたが、企業がパート労働者の戦力化や基幹化を進める中で、その経験や能力によって差をつけるようになりました。しかし、その上げ幅は非常に緩やかで、企業は低賃金のパート労働者に依存した経営を続けてきました。それが人手不足や最低賃金の引き上げを背景に採用時給をアップさせる中で、徐々に通用しなくなっているのです。最低賃金の引き上げに伴って、企業がパート従業員の賃金制度をコントロールしきれなくなっています。

雇用形態間格差が残る理由

新人とベテランの賃金差がなくなると、ベテラン従業員にとっては他社に転職した方が割の良い仕事になるケースが出てきます。企業にとってベテラン従業員の退職は痛手です。こうした問題を解消するためにも公平で納得性の高い賃金制度をつくる必要があります。

その際にはパート従業員の賃金制度を見直すだけではなく、正社員の賃金との関係も見直す必要が出てきます。

雇用形態間格差の問題に対してパートや正社員の区別をなくし、雇用形態を一つにする「シングル・ステータス」化に取り組む企業が出てきていますが、こうした取り組みが進んでいるのは、銀行や保険などの金融業界で、小売や飲食などのサービス業ではあまり進んでいません。というのは、サービス業では店舗のスクラップアンドビルドに合わせた転勤や、営業時間の長さに合わせた長時間労働に対応できる働き手の存在が求められているからです。企業はそのために正社員という区分を設ける必要があると考えています。

正社員とパート従業員の実際の働き方を見ると職務内容がほとんど同じであることは珍しくありません。しかし企業にとって朝から深夜までの営業時間に対応できたり、転勤にも対応できたりする従業員の存在は貴重です。そのために企業は、正社員という区分を設けて処遇に差をつけたいと考えるのです。

減っていく主婦パート

それでも、パート従業員の賃金制度を見直す際には正社員も含めた均等均衡待遇を検討する必要があります。それは主婦パートに依存した経営モデルが今後、維持できなくなるからです。サービス業は現在、主婦パートとして働いてきた高年齢層に支えられていますが、すでに共働き世帯が増え、特に大卒女性では正社員比率が増えており、今後は主婦パートの存在自体が少なくなっていきます。正社員の中では人材確保などのために男女間格差をなくす取り組みが進んできましたが、今後はパート労働の現場でも同じようなことが求められるようになると思います。そうしなければ企業は人材を確保できなくなります。

このように考えると正社員の働き方を見直す必要が出てきます。具体的には転勤や長時間労働の問題に対応しつつ、正社員とパート従業員の処遇格差を改善していくことです。私は、正社員やパートという雇用区分をなくしシングル・ステータス化する中で、パート従業員に対しても経験年数を能力に読み替え一定期間、賃金に反映するような仕組みが求められるのではないかと考えています。

賃上げと制度の両面で

こうした課題に対して労働組合はどのように対応すべきでしょうか。労働組合には、春闘での賃上げを制度に結び付ける視点が大切だと思います。ここまで見てきたように賃上げ率だけに着目すると採用時の賃金だけが上がり、その後の企業内の賃金制度にゆがみが生じてしまいます。こうした問題に対応し、持続的な賃上げや公平で納得性の高い賃金制度の構築を実現するのは労使の役割です。さらにいえば、そうした仕組みを企業の枠を超えて企業横断的に適用できる仕組みを後押しすることが雇用形態間格差の是正のためにも産業別労働組合に求められることではないでしょうか。

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