格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」労働契約法20条違反で初の判決
労使に与える影響は?
今回、原告となった3人は、運送会社でそれぞれ20~34年間、トラックドライバーとして勤務し、60歳定年後に高年齢者雇用安定法に基づいて、1年契約の有期雇用として働いていました。
定年再雇用後の3人の仕事内容は、定年前とまったく同一でした。職務内容も、職務に関する責任も、労働日数や労働時間も、定年前の仕事と完全に同一でした。にもかかわらず、3人の賃金は定年後、約3割減額されました。正社員とは異なる賃金体系が適用されたり、賞与がゼロになったり、正社員にはある手当がなくなったりしました。
原告の3人は、こうした賃金の減額は期間の定めがあることによる不合理な労働条件を禁止した労働契約法20条に違反するとして裁判を起こしました。定年再雇用後に労働時間を減らしたり、責任の少ない部署に配置転換したりして、一定程度の賃金を減額することは多くの企業で一般的に行われています。このような場合には賃金格差があるからすぐに賃金格差は不合理だとは言えないでしょう。
ですが、本件の事例に関しては、仕事内容や責任などがまったく同じなのにもかかわらず、賃金が3割も減額されました。裁判ではこのことの不合理性が問われました。
─会社側はどのような主張を?
仕事内容が同一であることは会社側も認め、その点に争いはありませんでした。その上で会社側は、賃金切り下げの合理性に関して三つの主張をしました。
一つは、定年再雇用後の賃金見直しは、どの企業でも一般的に行われているではないかということ。たしかに、高年齢者雇用安定法により継続雇用が企業に義務付けられている中で、定年後の処遇見直しは一般的に行われています。そうした実態に照らすと、本件事例における賃金の切り下げも不合理とは言えないという主張です。ですが、再雇用後の仕事内容が定年前とまったく同一で賃金だけ引き下げることが広く受け入れられているわけではありません。
二つ目は、定年後再雇用の賃金については、労働組合と団体交渉し、労働組合の要求を一部受け入れながら決めたもので、一方的に決めたものではないから、不合理ではないと会社側は主張しました。しかし、労働組合は、あくまで同じ賃金水準での再雇用を求めていて、賃金切り下げに合意していませんでした。
三つ目は、定年後の労働条件に関して本人が同意して労働契約書に署名・捺印したということ。ですが、会社側は定年再雇用において、切り下げた賃金以外の選択肢を用意していなかったため、原告は再雇用のために受け入れざるを得ない状況にありましたし、賃金については異議があると会社に申し入れていました。
裁判所はこのいずれも不合理性を否定する事情には当たらないとしました。その上で同一労働にかかわらず賃金を3割カットしたことは労働契約法20条に違反するとの判決を下しました。
─裁判所はどのように判断したのでしょうか。
大きな争点の一つは、今回の賃金引き下げについて労働契約法20条が適用されるかどうかです。会社側は、今回の対応は定年後再雇用を理由とするものであって、有期雇用を理由としたものではない、だから労働契約法20条は適用されないと主張しました。
これに対して、裁判所は、労働契約法20条は、不合理な労働条件に関して、「有期契約であることを理由として」という場合は限られるものではなく、有期と無期を客観的に比べて、その労働条件の違いが有期であることで生じている点に着目して、不合理な労働条件か否かを判断すべきとして、会社側の主張をはねのけました。つまり、有期と無期の実態を比較し、不合理性が判断されるとしたのです。この点は今回の判決の中で重要な点です。
そして裁判所は、今回の事例が労働契約法20条における不合理な格差に当たるかを判断しました。裁判所は(1)職務の内容(2)職務の内容及び配置の変更(3)その他の事情─という労働契約法20条の判断要素に照らして、本件の場合は、同一労働であると判断し、特段の理由がない限りは賃金格差を設けることは違法であるとしました。
裁判所は、とりわけ(1)と(2)を重要な考慮要素として位置づけ、これが同一の場合に労働条件に相違を設けることは、「その程度にかかわらず」、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとしました。ここもこの判決の重要なポイントです。同一労働である場合の労働条件の格差は、程度の問題ではなく、同一の処遇でなければ不合理だと判断したということです。さらに裁判所が(1)と(2)を重要な判断要素として示したことも重要なポイントだと言えます。
次いで裁判所は、今回の事例に関して、特段の事情があるかを判断しました。ここで会社側は前述した3点の理由を挙げたのですが、裁判所は特段の事情に当たらないとして、賃金の切り下げは違法無効であると判断したのです。
─この判決は社会にどのような影響を与えそうでしょうか。
労働契約法20条に関して司法による本格的な判断が下されたのは今回が初めてです。定年後に労働条件を見直して(切り下げて)再雇用することはほとんどの企業で行われているため、本判決の持つインパクトは大きいと言えます。
このような判決が下されたからには企業もさまざまな対応を迫られるようになります。オーソドックスな対応は、定年前と定年後の職務内容や職務の責任などを変えることです。定年後の働き方を多様化し、働き方を選択できるようにする、そしてそれに見合った労働条件を設定するという方法もあります。さらには、定年を延長し、有期雇用にはしないという対応も考えられます。この場合、定年前の賃金体系を見直すなど、さまざまな対応が考えられます。
労働組合にも対応が求められます。労働組合は、判決が示した考え方を踏まえて、労働条件を見直していく必要があります。少なくとも、同一労働において格差を設けることは原則として違法であると認識を持つ必要があるのではないでしょうか。
─控訴審のポイントは?
労働契約法が成立したときに厚生労働省は定年後の有期契約労働者に関しても20条の適用対象になるという通達を出しています。ですから、判決の定年後有期雇用にも労働契約法20条が適用されるという判断を覆すのは難しいと思います。したがって、控訴審でも、不合理性があるといえるかどうかが争点になるでしょう。
─年功賃金にも影響を与えるでしょうか。
経験年数やキャリア、資格など考慮して労働条件に一定の差異を設けることは、同一労働同一賃金原則が確立している欧州でも認められていますし、賃金には、家族手当のような生活給的なものもあります。同一労働同一賃金といっても、賃金にはさまざまな要素があるので、単純に割り切れるものではありません。
有期と無期の賃金格差は、どのような場合に不合理なのか、いいかえれば、何が合理的な差異なのかを労使が議論する営みが欠かせません。今回の判決は使用者のみならず労働組合に対する問いかけでもあると言えるでしょう。