特集2016.07

格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」「同一労働同一賃金」は「ブラック企業」で働く正社員の処遇を底上げする

2016/07/19
「ブラック企業」における労務管理は、正社員も学生アルバイトも問わず、最低賃金がベースになっている。同一労働同一賃金原則は、「ブラックバイト」の職場にどのような影響を及ぼすのだろうか。
今野 晴貴 NPO法人POSSE代表

「ブラックバイト」の背景

「ブラックバイト」とは、学生であることが尊重されないアルバイトのこと。「ブラックバイト」の職場で働く学生たちは、長時間にわたるシフトや正社員並みの仕事を背負わされ、仕事を休んだり、辞めたりすることができません。私たちのもとには、そのせいで留年や退学を余儀なくされた学生からの相談が相次いでいます。

近年、深夜まで営業しているサービス業の店舗が急増しています。営業時間が長いとそれだけ労働力が必要になりますが、主婦層はその時間帯に働くことができません。さらに営業時間が長いとそれだけコストがかかるので人件費はなるべく安く抑えたい。そのため、時給が安くて、時間に融通が利く学生を当て込んでいるというのが「ブラックバイト」の背景の一つです。

「ブラックバイト」の職場はいつでも人手不足です。重要な仕事を任された学生たちは、責任感から容易に職場を抜け出すことができません。企業が学生たちに仕事の責任を負わせても大丈夫なのは、そこでの労働が単純化、マニュアル化されているからです。「ブラックバイト」の職場ではアルバイトでも、研修を受ければ仕事を回せるほど業務が形式化されています。

「ブラックバイト」の職場の正社員も学生たちと同じ構造の中にいます。例えば、居酒屋チェーン「日本海庄や」の過労死事件で亡くなった正社員は月給制とされながらも、その金額には月80時間分の残業代が含まれていました。残業時間分を含めて賃金を計算すると、時間あたりの賃金は法定最低賃金とほぼ同額。つまり、正社員も学生も、同じように最低賃金をベースに賃金が組み立てられていたわけです。

正社員は一見、月給制で採用され、優遇されているように見えても、アルバイトと同じように最低賃金をベースに人件費が計算されています。そして正社員の仕事の内容も大半がアルバイトと同じように単純化されています。こうした労務管理は、「ブラック企業」の戦略なのです。「ブラック企業」は、月給制の外見を装って正社員を採用する一方で、学生はゆるやかに働けるという、うたい文句で採用する。労働をなるべく単純化し、長く安く働かせることで利益を最大化するのが「ブラック企業」の戦略です。

三つのインパクト

同一労働同一賃金のインパクトは、三つの労働市場の階層に分けて考えられます。

一つ目は総合職と一般職のように、転勤や残業があり、年功的な賃金で働く労働者と、派遣や契約社員のように仕事の割り当てが決まっていて時給制の労働者との格差を是正する場合です。この両者の間に処遇格差がある場合、格差の合理的な理由の説明責任を企業に負わせる方法が、現在一つの方向性として議論されています。こうした方法が導入されると企業は説明責任のリスクを回避するために正社員の限定正社員化をすすめることになるでしょう。

二つ目は、スーパーマーケットのように、パート社員と正社員が同じ仕事をしている例です。同じ仕事をしているのにパート社員と正社員との間で著しい処遇格差が生じているようであれば、同一労働同一賃金原則は、パート社員の賃金を大きく引き上げる圧力になるはずです。

三つ目が、「ブラック企業」の場合です。前述したように、「ブラック企業」や「ブラックバイト」の職場では、正社員とアルバイトの処遇に実質的な格差がありません。むしろ、正社員の方が低い。この場合に、同一労働同一賃金原則が導入されると、正社員の待遇が上がるだろうと見ています。というのは、これまで月給制という外見でごまかされてきた正社員の賃金が、時間単位で計算すると、その業務時間や業務の範囲に比して、低すぎることが明らかになるからです。時間当たりの賃金を厳密にみると正社員の賃金はもっと高くしなければいけません。ですから同一労働同一賃金の導入を「ブラック企業」に当てはめると、正社員の処遇の底上げにつながることが予測できます。

労使の力関係が均衡点を決める

同一労働同一賃金政策だけでは、学生アルバイトの処遇は大きく改善されないでしょう。この点は、日本の労働市場が、男性正社員の年功的な賃金を主なモデルとし、学生や主婦に対しては家計補助的な労働として属人的な賃金差別をしてきたことが背景にあります。

こうした格差を是正するためには、「このくらいの仕事なら、このくらいの賃金」という職種別最低賃金を決めていく必要があります。その水準の決定は、優れて社会的な決定です。それは経済原理的な要素に還元されるのではなく、社会の話し合いによって決めていくものです。労働組合はこの点でイニシアチブを握ることが求められます。こうしたベースがあってこそ、「同一価値労働同一賃金」という議論が成り立っていくはずです。

また、同一労働同一賃金が法制化されても、どういう水準が合理的なのかを議論し、その均衡点を見いだすことの方がより大きな問題です。その均衡点は労使の力関係によって変わってきます。労働組合には、より高い均衡点をつくるための積極的な活動が期待されます。

とはいえ、同一労働同一賃金は、「月給制」のベールをはぐことになるので、労働者がよりシビアに労働条件を労働市場で吟味する傾向を強めると思います。労働組合はそうした労働者へのアプローチをしやすくなるはずです。

最後に、ブラックバイトに関しては、同一労働同一賃金以前に労働基準法違反などの人権問題が起きています。シフトを決める際の話し合いは、きわめて労使関係の問題です。「ブラックバイト」に苦しむ学生たちに協力し、労働組合の存在をアピールしてほしいと思います。

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