格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」正社員とパートタイマーの「宿命」の違いに目を向けて
近著に『女性活躍「不可能」社会ニッポン-原点は「丸子警報器主婦パート事件」にあった』(旬報社刊)。パートタイム労働をはじめとして非正規雇用問題を精力的に取材。
─「パートの基幹化」について教えてください。
「パートの基幹化」とは、簡単に言うと、パートタイマーが正社員と同じ仕事をするということです。パートタイマーのスキルを向上させることは戦力化であり、基幹化と区別しています。「パートの基幹化」は、いまやどの職場でも当たり前。しかもスキルの高いパートタイマーは少数精鋭ではなく、「多数精鋭」です。そういう職場が社会にあふれています。
問題は、パートタイマーが基幹化したにもかかわらず、その賃金が上がらないことです。パートタイマーの時給は上がりつつありますが、それでも本来の仕事に見合う賃金ではありません。
パートタイマーは依然として企業にとって正社員より安い賃金で働かせることができる労働者です。そこに企業の「うまみ」があります。企業は、スキルの高いパートタイマーを正社員との賃金格差を利用して安い時給で働かせる。パートの基幹化は、企業が1時間ごとに利益を吸い上げるビジネスモデルなのです。
─パートの賃金はなぜ上がらない?
正社員との賃金格差が「うまみ」なので、よっぽどのことがないと企業はそれを手放そうとしないでしょう。主婦パートに限って言えば、男性正社員中心の日本の労働市場で、主婦パートの賃金が家計補助的とみなされてきたことや、第3号被保険者制度など制度的に賃金を低く抑える要因があったことなどが挙げられます(図1)。企業はそこに目をつけて、「うまみ」を吸い取ってきたのです。
セット1 | 「A:パート基幹化」+「B:正社員との賃金格差」 |
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セット2 | 「C:男性正社員向け主収入用賃金」+「D:主婦パート向け副収入用賃金」 |
セット3 | 「E:男女の役割分業意識」+「F:第3号被保険者制度」 |
─パートタイマーの気持ちは?
第3号被保険者制度など制度の枠内にいる人たちは、不平や不満があっても、「じゃあ、どうすればいいの」と、「しょうがない」と思っている人が多数派です。一方で、制度の枠外にいる人たちは、正社員との賃金格差に敏感です。「同じ仕事なのに賃金が少ない」「ボーナスがもらえない」「有休が取れない」など、不満はすごく強い。「しょうがない」と思っている人が多数派ですが、後者の不満の大きい層もじりじり増えています。
─同一労働同一賃金はパートタイマーの労働条件にどう影響しますか。
パートタイマーに関する同一労働同一賃金の議論には、いまのところ三つの意見があると思います。
一つ目は、「パートが基幹化したといっても、責任や役割が正社員とは違う」というもの。元来、パートタイマーと正社員は同一労働ではないとする意見です。
二つ目は、いわゆる「ジョブ型」と「メンバーシップ型」に整理する意見です。パートタイマーは職務を限定した「ジョブ型」であるとし、正社員と同じ仕事をしているかもしれないが、広い視点で見ると配転や残業などがある「メンバーシップ型」の正社員とは異なるので、同一賃金は難しいとする意見です。
三つ目は、主婦パートと正社員はそもそも同じ職場で働いていないから、同一労働という前提が成り立たないというものです。この場合、「同一価値労働」という方法で格差を是正する必要があります。
私の意見は、この三つの見解と異なり、「パートタイマーと正社員とでは労働者としての宿命がまったく異なる」というものです。
日本のパートタイマーは、いわば「賃金をかすめ取られる」労働者です。パートタイマーは正社員と同じ仕事をしながらも、正社員との賃金格差を利用されて、賃金をかすめ取られています。
一方で、正社員は「労働時間をかすめ取られる」労働者です。例えば、人手不足なのに人員増で対応せずに、既存のメンバーの労働時間を延ばすのは労働時間のかすめ取りのモデルです。不払い残業は労働時間のかすめ取りの最たるものだと言えるでしょう。「ブラック企業」問題の根本にも長時間労働と不払い残業があります。
このようにパートタイマーと正社員とでは、労働者としての立場が異なります。そうするとパートタイマーと正社員とでは要求する内容が違ってきます。パートタイマーは賃金格差を是正するために賃上げを要求し、正社員は長時間労働を是正するために時短を要求します。このように、労働者としての「宿命」が異なるので、互いの要求がかみ合わないのです。ですからこの宿命の違いを相互に理解しない限り、パートタイマーと正社員の同一労働同一賃金は実現しないというのが私の持論です。
─どうしたら「宿命」を乗り越えられますか。
まずは、この「宿命」の違いを理解することが大切です。そうしないと、たとえ同一労働同一賃金が実現したとしても、効果は望めないからです。
─どういうことでしょうか。
もう一歩踏み込んでみましょうか。現在の同一労働同一賃金の議論には、性別役割分業の視点が投影されていません。主婦パートの夫は、会社で労働時間をかすめ取られ、家事をする時間がありません。一方の主婦パートは、職場で賃金をかすめ取られている上に、夫の長時間労働のせいで家庭では家事を担わされ、家事労働の時間分の賃金をかすめ取られています。つまり職場と家庭の二重の意味でかすめ取られているわけです。
同一労働同一賃金は夫の労働時間のかすめ取りには影響しません。パートタイマーの賃金を上げる運動だけでは、男性正社員の長時間労働の是正につながらないからです。このような状態で同一労働同一賃金原則が導入されたらどうなるでしょうか。主婦パートの賃金は上がるかもしれないけれど、夫が長時間労働に従事している限り、主婦パートは労働時間を延ばすことができません。家事責任も背負い続けます。これではパートタイマーと正社員との賃金格差が残り続けることになるでしょう。
─こうした現状を変えるためには?
「正社員の労働時間のかすめ取り」「パートタイマーの賃金のかすめ取り」に同時に対応するには、第3号被保険者制度の見直しも含め性別役割分業を打ち破るとともに、個別企業の利害によらない「純然たる」産業別労働組合の存在が必要だと考えています。
企業にとっては、「労働時間のかすめ取り」も、「賃金のかすめ取り」も、利益を生み出す「うまみ」にほかなりません。この構造を維持したい企業に対して、企業別労働組合が利益の源泉とも言える「うまみ」に真正面から向き合うのは困難です。だから、企業の利害によらない「純然たる」産業別労働組合の存在が必要になると考えています。真の産業別労働組合ならば、個別企業における利害構造を回避して、正社員の長時間労働とパートタイマーの低賃金の是正を同時に要求することができます。そうした展望を期待しています。
同一労働同一賃金だけ実現しても、「性別役割分業」や「長時間労働」などの構造的な問題にメスを入れなければ効果がありません。なぜパートタイマーが低賃金のまま抑制されているのか、その背景に目を向けてほしいと思います。