格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」産業別最低賃金の引き上げが「底上げ」の次なる突破口になる
産業別最賃の役割
最低賃金法(以下、最低賃金=最賃)の下では、1980年頃から関係労使の申し出を契機とする産業別最賃として、労働協約に基づく「労働協約ケース」と、公正競争確保を理由とする「公正競争ケース」の2種類が定められてきました。
このうち理想とされたのは、「労働協約ケース」です。労働協約を広げる産業別最賃は、ナショナルミニマムを定める地域別最賃とは異なり、関係労使の自主的な賃金決定を支える役割を期待されていました。その後、産業別最低賃金は、2007年法改正で特定最賃に発展解消されます。
しかし特定最賃は近年、その機能を果たしづらくなっています。背景には、2007年の法改正で、地域別最賃の考慮にあたって生活保護との逆転現象の解消が課題となったことや、政府が賃上げを主導したことによる、地域別最賃の大幅な引き上げがあります。特定最賃の引き上げが、地域別最賃の引き上げに追いつかず、必要性に疑問をもたれる例が増えているのです。
問題は、特定最賃額を決める際にセーフティーネット的役割を意識しすぎると、地域別最賃の役割と重複してしまうことです。例えば、地域別最賃プラスいくらといった金額設定の方法は、労使の役割を放棄するようなもので、産業別最賃としての意義を失わせてしまいます。
全国一律最賃の課題
地域別最賃は大幅な引き上げが続いていますが、生活保護との逆転現象が一応は解消されたことや、経済成長率の鈍化によって、そのエンジンが弱まりつつあります。今後、最賃をさらに引き上げていくためには、新たなロジックが必要とされています。
現在、全国一律1000円といった数値目標や、最低時給1500円といったスローガンが掲げられています。現状の日本の最賃は低すぎるので、大幅引き上げの余地はあるでしょう。ただ、現行の目安制度による全国的整合性確保を超えて、全国一律制とする必然性はないと思います。日本の最賃の対象規模は、他の先進国と比較して非常に大きいからです。日本の労働力人口は約6500万人ですが、2015年から全国一律の最賃を導入したドイツは約4200万人。フランスは3000万人以下、イギリスは約3200万人で、日本の半分未満です。
規模が大きくなるほど、労働者の状況も多様化します。そうした中で全員に適用される全国一律の最低基準を考えていくと、低い方に引っぱられるおそれがあります。全国一律の最賃を導入したとしても、それ以降の引き上げは膠着するかもしれません。アメリカでも、連邦最賃はなかなか上げられず、主な動きは州や都市、産業レベルとなっています。地域別最賃決定の分権化も一案ですが、現状では地方最低賃金審議会のイニシアチブ発揮は難しいでしょう。
産業別で促進するメリット
では、個別企業での賃金引き上げはどうでしょうか。日本の場合、賃金は主に個別企業での賃金交渉で決められています。しかし、個別企業では労使の利害が一致する場面が多く、賃金よりも雇用が優先される構造が生まれ、賃上げの推進力は弱まりがちです。同業他社との競争力格差も問題視されやすくなります。
そこで私は、産業別という規模に注目しています。産業という規模は、国と個別企業の間に位置します。産業規模であれば、個別企業の雇用保障問題とは一定の距離を保てます。また、国のように、ターゲットが広がりすぎて利害が拡散することもありません。このように、産業という規模は、適度な規模感で賃金底上げに役割を発揮することが期待できます。
その際、産別最賃は、地域別最賃の「代わり」になる必要はありません。その産業の労働者のために、公正な賃金を追求することを目的とすべきです。そもそも最賃には、セーフティネットや公正競争、経済発展などさまざまな目的があり、どのような水準が適切なのかを判断することが困難です。これがネックになって、長年、地域別最賃の引き上げは、従来の金額にプラス何円という議論しかできませんでした。生活保護との逆転現象解消という最賃引き上げのエンジンが弱まりつつあるなか、目的とターゲットを絞りこむことが、突破口となるはずです。
どのように実践するか
産業別最賃は、情報労連のようにさまざまな業種の労働組合が加盟している場合、業種ごとに切り分けて設定した方が望ましいと考えます。「情報サービス」や「通信建設」「運輸」などのように利害が共通し、一つの論理で貫き通せる単位であることが重要です。その上で、業界ごとの賃金データを分析し、例えば、中央値の5割を切るような水準は認めないなど、妥当性の根拠を明確に打ち出すべきです。
大事なことは、地域別最賃のように絶対的最低水準を模索するのではなく、産業内の賃金構造に鑑みた相対的最低水準の設定です。産業ごとの賃金データを収集・分析できるのは、産業別労組の強みです。それをきっかけに産業内のモデル賃金が横断的に形づくられていけば、均衡待遇の実現にもつながります。
対象となる労働者は、最賃という性質を踏まえると、軽易業務に従事する労働者は適用除外としても、パート労働者などの非正規労働者も含めるべきでしょう。その産業における賃金ピラミッドを意識すれば、「この産業のこの職種で働く労働者の賃金水準としては、これくらいを保障します」というビジョンが明確になります。働く人の納得感も高まります。
好循環の突破口に
高い最賃をアピールできれば、良い人材が集まり、労働者のモチベーションも向上し、企業の業績もアップするという好循環を生み出すことが可能です。企業の支払い能力にとらわれて、低賃金で労働者を使い続けることは、その産業にとって長期的に見ればマイナスです。
そのことを実証するためにも、産業の労使には、一度、思い切って産別最賃を引き上げることを提案します。そのうえで、当該引き上げがどのような属性の労働者にどのような好影響・悪影響が生じたかを検証していただきたいのです。最賃引き上げの実証研究は、日本ではほとんどありません。実は、最賃引き上げによる影響が誰にどの程度及ぶのかよくわからないまま、雇用の減少を心配して抑制的になっているのが現状です。変数が多すぎる地域別よりも、産業ごとに分析したほうがクリアな分析ができます。実際にアメリカでは産業別の実証研究が重ねられ、政策に生かされています。
日本で産業別最賃の大幅な賃上げを実現し、その影響がフィードバックされてきちんと分析されれば、それがモデルケースとなり、地域別最賃引き上げの次なる突破口になるはずです。労使が主導する産業別最賃の意義を再確認することが、底上げの実現になるのです。最賃引き上げが経営や経済全体にとってもプラスであることを示すためには、具体的な成功例が何より有効ではないでしょうか。産業別労組こそそれを実践できる主体として、皆さんに大いに期待しています。