「2020」その先を考える移民とAIは「長期停滞」する日本を変えるのか
客員教授
金融政策の行き詰まり
日本も含む先進国の実質金利は、この四半世紀で4.5%ポイント低下しています。実質金利が低下しているにもかかわらず、日本のインフレ率は上昇していません。このことは、経済の基礎体温を示す自然利子率も実質金利と同様に低下していることを示しています。
自然利子率とは、経済・物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利の水準のことで、一定の前提の下で長期的には潜在成長率とパラレルに動きます。
金融緩和の基本的なメカニズムは、実質金利を自然利子率より低くすることです。しかし自然利子率の低下に合わせて、金利を低下させようとしても、金利を無制限に下げることはできません。マイナス金利には副作用があり、深掘りしようにも限界があります。金融政策はこうした限界に突き当たっています。
金融政策が行き詰まる中、需要を直接つくり出す財政政策への期待が強まっています。ただし、これに反対する意見もあります。
長期停滞論と「人口ペシミズム」
自然利子率が長期に低下する背景を探ったのが「長期停滞論」です。背景にはさまざまな議論がありますが、日本の場合、特に懸念されているのは人口減少です。人口が減少し、国内経済が縮小する中では、投資需要が生まれない。その結果、長期停滞が生じるという懸念です。人口減少を背景にした悲観的な展望は、「人口ペシミズム」だと言えるでしょう。
しかし、「人口ペシミズム」は正しいのでしょうか。私は著書(『移民とAIは日本を変えるか』慶應義塾大学出版会)の中で、「人口ペシミズム」に対して、三つの異論があり得ると書きました。
一つ目は、人口減少は悲観すべきことではなく、チャンスと捉えるべきという考え方です。代表的な論者は立正大学の吉川洋学長です。吉川氏は、人口減少がイノベーションを生み出し、生産性が向上することに期待しています。そうだと良いのですが、日本の生産性は現状では上がっていません。生産性が上がることを前提とするのは危険です。
ここからは、二つ目と三つ目の異論について見ていきましょう。
人口減少と外国人流入
二つ目の異論は、人口減少が確定的ではないという見方です。これは主に移民の受け入れとかかわります。
総務省統計局によると2019年4月現在の日本人人口は1億2396万人。前年同月に比べ45万3000人減少しました。一方、外国人も含めた総人口は1億2625万4000人。前年同月に比べた減少数は24万8000人でした。これらを比較すると、日本人人口の減少に比べて、総人口の減少はおよそ半分にとどまっていることがわかります。
また、2019年の出生数は外国人を含め90万人を割りましたが、一方で日本には、年間20万人弱の外国人が流入しています。
著書の中でも書きましたが、毎年の外国人入国超過数が現状の15万人程度でも総人口の減少や老年人口比率の上昇はかなり抑制されます。こうしたことから「人口ペシミズム」は確定的な将来像ではないことが読み取れます。日本はすでに「日本人社会」ではなくなり、多国籍の社会になりつつあります。
移民の経済学
重要なことは、移民受け入れはこれからの課題ではなく、すでに国際的定義では移民に相当する形で多くの外国人が日本に流入していることです。
外国人が増えることで経済的・社会的影響が生じます。経済的な影響は、国内労働者と外国人労働者の関係により異なります。両者の関係が、補完的になるか、代替的になるかがポイントです。
教科書的な移民の経済学の議論では、国内労働者と外国人労働者は代替的だと考えられています。例えば、外国人労働者の流入によって、国内労働者の賃金が抑制されたり、雇用が代替されたりします。他方、例えば、高度人材が流入した場合は、全体として生産性が高まり、補完効果が生まれます。また、介護離職が大量に生じている状態で外国人労働者が流入すれば、離職が予防されるケースも考えられます。この場合も、補完的な効果が期待されます。
このほか、介護分野に低賃金の外国人労働者が流入することが介護保険の持続性を高めたり、低賃金労働者の流入で付加価値生産性が低い企業が存続し新陳代謝を抑制することになる、といった問題もあります。このように外国人労働者の流入は非常に複雑な経済効果をもたらします。そうした状況で、連合は外国人労働者の処遇を適正化することが国内労働者の処遇を守ることだと訴えています。この考え方は間違っていないと思います。
立ち遅れる教育支援
実は、経済的影響よりも重大なのが社会的影響です。移民を受け入れる国の国民が一番懸念するのは犯罪の増加ですが、日本の場合、外国人が増加しても、外国人による刑法犯罪数は増えていません。犯罪多発に加え、政治的・宗教的な対立なども起きているドイツと比べ、日本の外国人増加による社会的影響は幸いまだ顕在化していないと言えます。
しかし、将来を見据えると大きな問題があると言わざるを得ません。日本は外国人労働者を一時的な人手不足対策として受け入れているため、その人たちを日本に包摂し生活を支援するためのしかるべき環境が十分、整えられていません。子どもたちの教育支援体制の立ち遅れは特に深刻です。文部科学省は2019年、外国籍の未就学児が約2万人いるという調査結果を公表しました。
ドイツで外国人の犯罪が増えたのは、ドイツ社会に統合できず孤立した人が増えたからでした。日本でも日本語や日本文化になじめる環境がないと、将来的に日本社会に溶け込めない人が増え、社会が不安定化するリスクがあります。外国人とその子弟が日本に適応できる生活環境の構築が喫緊の課題です。
AIで大失業は起きるのか
三つ目の異論は、AIの進化で大失業が起きるので生産年齢人口はむしろ減った方が良いという主張です。しかし、長期的にはともかく、今後20年以内にAIの進化によって大失業が起きる可能性は非常に小さいと考えます。人口が減っていく効果の方が、AIが雇用に与える影響より大きいと考えられるからです。
AIの進化で、労働・雇用に生じる問題は、仕事の二極化と「中抜き」の進行です。高度で賃金の高い仕事に就く人と、AIに代替され低賃金の仕事に就く人に分かれる可能性があります。
また、AIに置き換えるのが原理的に難しい分野もあります。例えば、説明責任が生じる領域で、AIが判断の根拠を説明できない場合などです。
雇用には、政策も影響します。アメリカでは資本を過度に優遇して、人間の労働をAIに代替させる誘因を与えるべきではないという議論も起きています。
AIとの関連でみても、人への教育は重要です。近年、実務教育の必要性が強調されていますが、AI時代では技術はすぐに陳腐化します。実務偏重の教育は長期的に見て失敗するリスクがあります。
必要な財政政策とは?
金融政策の限界に対して、財政政策の重要性を訴える人たちは、需要不足を補う総需要政策の観点から財政政策を語っています。しかし、財政において重要なのは、社会的な収益性が高い分野に投資する、ということです。教育はその最たるものです。人への投資は社会に大きなリターンをもたらすものである限り、苦しい時でも行うべきものです。
社会の持続性や将来世代のことを考えるのであれば、需要が足りないから財政を出動するというより、移民も含め人間に対する投資がなにより必要なのではないでしょうか。それが政府と社会の義務でもある、と思います。