特集2022.06

政治はやっぱり大切だ
経済も民主主義も その選択が未来を変える
「アベノミクス」の副作用からどう抜け出す?
賃上げは経済好循環の必要項目

2022/06/14
コロナ禍からの景気回復で日本経済の遅れが目立っている。背景には、長く続いた金融政策の副作用がある。賃上げは好循環を生み出す必要項目となる。
山田 久 日本総合研究所 副理事長

「アベノミクス」の功罪

──「アベノミクス」への評価は?

「アベノミクス」は、(1)超低金利をはじめとする非伝統的な金融政策、(2)機動的な財政政策──という二つの政策である程度時間を稼ぐうちに、(3)構造改革につながる成長戦略を実施する──という3本柱のフレームワークでした。金融・財政政策は今も続いていますが、3本目の柱である成長戦略は思うように進んでいません。これが「アベノミクス」から10年弱がたった現状ではないでしょうか。

特に金融政策は、過去に例のない大胆な政策を打ち出しました。最初の1年ほどは、縮小していた経済のマインドを変える効果があり、結果論として、円高を止め、デフレのリスクを軽減するという面では成果がありました。

しかし、金融政策はもともと時間稼ぎに過ぎません。金融政策は馬の手綱のようだとよく言われます。手綱を引っ張れば馬は止まりますが、緩めても馬が進もうとしなければ前に進みません。金融と経済の関係もこれと似ていて、金利の引き上げにはインフレを止める効果はあっても、金利の引き下げにはデフレを止める効果は期待できません。つまり、経済自体に前に進む力がなければデフレから脱却できないのです。

このように、経済成長のためには、金融政策だけでは不十分で、その国の経済が自然に持っている力を発揮させる必要があります。これは以前から言われていたことですが、「アベノミクス」から10年近くが経過する中であらためて明らかになったのではないでしょうか。

副作用としての体力低下

──金融緩和の副作用も指摘されています。

大胆な金融緩和は、長く続けるほど副作用も出てきます。最も大きな副作用は、事業構造の新陳代謝が妨げられることです。

金利が低いと企業は配当や金利の支払いが少なくて済みます。そのため低収益や赤字部門でも存続できてしまいます。金融緩和が長く続くほど、低収益部門が残り、結果として経済の体力が落ちてしまいます。これが長期に及ぶ金融緩和の根本的な問題です。

また、副作用として円安が指摘されていますが、根本的な要因は、やはり日本経済の体力が落ちていることです。金融緩和政策で低収益部門が存続し、多くの負債を抱えていることで、それらの部門への悪影響を考慮して金利を上げられずにいます。一方で世界的にはインフレが進み、利上げが進んでいます。その結果、金利差が生じて、円安が進んでいるということです。問題は、諸外国に合わせて金利を上げられないほど経済の体力が落ちていることです。

──欧米との基礎的な体力の違いはどこにあるのでしょうか。

一つは物価の動きそのものです。アメリカでは物価が上がっても企業は価格転嫁ができ、それにより賃金を上げることができます。ヨーロッパはアメリカほどではないですが、ある程度、価格転嫁が進んでいます。

一方日本は、物価は上がっていますが、その内容は食料品やエネルギーが中心で、それ以外では価格転嫁があまり進まず、賃金も十分に上がっていません。

その背景にも経済の基礎体力があります。企業は低収益部門に投資をしません。低収益部門が存続すれば、投資が行われず、収益も上がらないので賃金も上がりません。そうした部門を整理すれば成長分野に人やお金を回せますが、日本は金融緩和を長く続けるもとでそれをしてきませんでした。これが欧米との差になっています。

新陳代謝を促す賃上げ

──改善の切り口はどこにあるでしょうか。

結局は事業構造を時代に合わせて変化させていくしかありません。

その対応は、簡単な話ではありませんが、少なくとも賃上げは必要な要素になります。なぜかというと、賃金を上げればそれを払える事業しか市場に残らなくなるからです。つまり、賃上げに対応できない低収益部門を整理し、事業構造を変えるということです。

(1)事業構造の転換、(2)働く人のスキルの転換、(3)賃金の引き上げ──。この3点セットに取り組むことで経済は成長します。

経済成長の源泉は、かつては工場や機械などの有形固定資産でしたが、現在はソフトウエアや知的財産、人的資源などの無形資産にシフトしています。日本はもとより資源が少なく、競争力の源泉は人的資源しかありません。低収益部門を温存し、古い事業や産業に人的資源を張り付けたままでは成長は望めません。

政府もそうした問題意識は持っています。安倍政権でも金融政策の限界を認識していたからこそ、「働き方改革」や「1億総活躍」を掲げてきました。しかし、実行が十分ではなかったのです。

参院選の争点

──参院選の争点は?

参議院議員選挙では、所得増につながる成長戦略とともに、エネルギー政策や財政再建につながる社会保障政策も争点にすべきでしょう。

日本が金融緩和政策を続けてこられたのは、中国のグローバル市場への参入によるデフレ圧力や、世界のエネルギー価格が抑えられていたことがありましたが、事情が変わりました。中国の人件費が上昇し、エネルギー価格も脱炭素やウクライナ侵攻によって高騰しています。将来のエネルギー自給率を高めるためのエネルギーミックスのあり方を議論する必要があります。

他方、エネルギー価格が高騰すれば、家計の負担が増すとともに、国内企業の資金が海外へ流出します。その結果、経常収支が赤字になれば、国債の発行も国内だけでまかない切れなくなり、海外からお金を借りるか、財政カットを実行するかせざるを得ません。経済成長とともに財政再建にも同時に取り組んでいかなければいけません。

重要性増す産別労組

──賃上げのために産業別労組に求められる役割は?

賃上げのためには、事業構造の変革が必要ですが、それへの対応は個別企業だけでは限界があります。企業の枠を超えた事業再編や人材育成が求められる際、働く人の生活を支えるために産業別の労働組合の役割が重要になります。

例えば、官民でファンドを作って中小企業が企業横断的に技能育成する仕組みを強化する。こうした交渉は、産業別労働組合だからこそできます。産業別労働組合のスタッフ機能の強化は今後の大切な課題だと思います。

賃上げ交渉でも産業別労働組合の役割が重要です。個別企業の労使交渉では、企業収益の範囲内の交渉になってしまい、結果的に低収益部門が温存されることにもなります。産業別の最低賃金が設定されれば、事業構造の新陳代謝につながります。地域別最低賃金にもそうした効果はありますが、適用範囲が広すぎるため収益性の高い産業の実態を反映できません。産業別最低賃金や、労働協約の地域的拡張適用の活用は、事業構造の新陳代謝のために重要な課題です。

とはいえ、労働組合も要求ばかりとはいきません。働く人のスキルや職種の転換を頭ごなしに否定するのではなく、正面から取り組んでいく必要もあります。

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