特集2023.05

組織としての労働安全
事故を防ぐ
事故が起きない現場の秘訣とは?
「高信頼性組織」から学ぶ

2023/05/15
小さなミスが大きな事故につながる現場で、事故が起きないのはなぜか。それを分析したのが、「高信頼性組織」に関する研究だ。事故が起きない現場は何が違うのか。識者に聞いた。
中西 晶 明治大学教授

高信頼性組織とは?

高信頼性組織とは、小さなミスが大きな事故につながる危険性のある過酷な条件下でも高い安全パフォーマンスを長期的に維持し続けている組織のことです。

研究の始まりは1980年代後半、アメリカの研究者が、同じような環境下でも事故を起こす組織と起こさない組織があることに関心を持ったことにあります。

最初の研究対象は、原子力空母や原発、航空管制や医療現場などでした。こうした現場は、少しのミスが大きな事故につながります。その中で研究者たちは、なぜ事故が起こらないのか、現場をつぶさに調べました。高信頼性組織は、現場に根差した研究だと言えます。

高信頼性組織の研究は、例えるなら、事故や病気の原因を探るというより、健康なアスリートが高いパフォーマンスを維持できる理由を探るのに似ています。ある組織が優れた安全性や信頼性を維持して、「なぜ事故を起こさないのか」を調べるのが高信頼性組織の研究です。

三つの階層

高信頼性組織の要因は、三つの階層で考えるとよいでしょう。その階層とは、「組織文化」「組織マネジメント」「組織行動」の三つです(イラスト参照)。

三つの階層の中で最も深い階層にあるのが、「組織文化」です。「組織文化」では、次の四つの価値観が重要になります。他者の失敗から学ぶ「学習の文化」、おかしいと思うことがあったらそれを止めることができる「勇気の文化」、互いに信頼し合う「信頼の文化」、倫理や公平性を重視する「正義の文化」です。高信頼性組織をめざす上では、これらの文化を発展させる必要があります。

二つ目の階層は、「組織マネジメント」です。ここでは、「評価報酬」「情報共有」「教育訓練」「内部統制」「意思決定」の五つが検討課題となります。これらは、先ほどの「組織文化」を組織に根付かせるために必要なマネジメントの考え方だといえます。

三つ目の最も表層にある階層が「組織行動」です。その特徴には、「正直さ」「慎重さ」「鋭敏さ」「機敏さ」「柔軟さ」の五つがあります。問題が起きたら正直に報告するとか、トラブルには機敏かつ柔軟に対応するとか、そういった行動面での特徴を指します。

三つの階層は独立しているのではなく、相互に関連しています。例えば、日頃の行動が組織文化を形作り、マネジメントがメンバーの行動を方向付ける。このように三つの階層は相互に関連しながら、高信頼性組織を形作っていくと言えます。高信頼性組織になるためには、これらの要因を取り入れていく必要があります。

状況を捉える力

高信頼性組織だと事故が起きないのは、事故やトラブルの芽を未然に摘み取ることができるからです。たとえ事故が起きたとしても、トラブルが小さいうちに解決できるということでもあります。

これを抽象的な言葉でいえば、「マインドフルネス」や「センスメイキング」ということになります。つまり、目の前で起きている状況を意味のあることとして捉え、それを組織として共有し、必要な対処を行うということです。この反対が、「言っても無駄」とか、「誰かがやってくれる」といった学習性無力感という状態です。高信頼性組織では、状況に対して機敏かつ柔軟に対応できるため、事故を防いだり、事故が起きても小さいうちに解決できたりするのです。

具体例を挙げましょう。高信頼性組織で最初の研究対象の一つになったのは、原子力空母でした。原子力空母では戦闘機が着艦に失敗すれば壊滅的な事故につながります。その中で事故が起きずにいた要因の一つには、着艦を指揮監督するのが、パイロットの癖を知っている現場のリーダー的存在だったという研究があります。軍隊は強いタテ組織で上からの命令が絶対というイメージがありますが、実際には現場のことをよく知るリーダーに権限移譲が行われる場合があるのです。こうした行動を分析した結果、高信頼性組織に共通する要因が浮かび上がってきました。

組織文化を根付かせる

高信頼性組織の土台となる組織文化をつくるためには、行動から入るのも一つの手です。具体的にはあいさつや声掛けのような目に見える行動に取り組むことから始め、その行動を習慣化させることなどです。文化とはその集団に獲得された考え方や価値観のことです。行動を通じて、その意味を考えてもらい、理解してもらうことが文化の形成に役立ちます。

また、高信頼性組織をめざす上で大切なのは、ミッションの共有です。自分たちの組織において絶対に譲れないミッションは何かということをパート労働者やアルバイト、協力会社の労働者を含め組織のメンバー全体で共有できているかが大切です。

想像力も重要です。マニュアルや手順書は、現場の人が作業をする上で不可欠ですが、事故を起こさないために大切なのは、マニュアルに書かれていないことや、マニュアルどおりにいかないことが起きたときにどうするかです。その際に想像力を働かせることが求められます。

マニュアルを守るにしても、それを守る必要がなぜあるのかを考え、納得した上で守ることが重要です。

こうした想像力を育てるためには、対話やコミュニケーションが必要です。ある企業では、失敗した体験談を共有し、そのときどういう感情を抱いたのかを共有しています。「焦った」とか「迷った」という感情はマニュアルでは伝わりません。本人の語りを通じて、マニュアルの「行間」を伝えるような取り組みは、想像力を育てるために有効だと言えます。これは、経営学ではストーリーテリングと呼ばれます。本人の語りだけではなく、マンガやドラマ、寸劇などを通じて再現する方法もあります。

高信頼性組織は定義上、失敗を未然に防ぐ組織なので、失敗の経験がほとんどありません。そこで、過去の事例や他社・他業界を参照し、このような想像力を働かせるための活動が重要になります。

情報通信分野での活用

労働組合はこうした対話を実施する主体としての役割を発揮してほしいと思います。会社の上層部と現場をつなげ、合意形成や労働安全のためのリソースの獲得などの役割が期待されます。

日本では高信頼性組織という言葉はまだあまり知られていませんが、実は情報通信の分野でその考え方が活用されています。なぜなら、通信ネットワークや情報セキュリティーといった分野も事故が起きると社会に大きな影響が及ぶからです。そのため、こうした現場では事故を起こさない運用が当たり前のように求められます。その中で高信頼性組織の考え方が実践されているのです。

高信頼性組織とは、事故がなくて当たり前の現場において、事故を起こさないことがどれだけすごいのかを言葉にしたものだといえます。高信頼性組織はなぜ事故を起こさないのか。その要因を分析し、自組織に反映させていくことで、事故のない組織に成長していくはずです。

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