特集2023.05

組織としての労働安全
事故を防ぐ
不安全行動をどうなくすのか
自律的な安全行動こそ大切

2023/05/15
ルールさえ守れば事故は起きないと考えるのは間違いだ。不安全行動をなくすために何が必要なのか。専門家に聞いた。
芳賀 繁 株式会社社会安全研究所
技術顧問
立教大学名誉教授博士

不安全行動とは?

ルールを守りさえすれば事故は起きない。ルールを守らせるにはどうすればいいのか──。そう考える安全担当者は少なくありません。しかし、ルールを守れというばかりでは事故はなくなりません。ルールを守らない状況をつくっているのは、マネジメント側の問題です。まず、そう捉えることが大切です。

事故の要因となる不安全行動には、いわゆる「うっかりミス」=ヒューマンエラーと、意図的な違反の二つがあります。組織事故の研究で著名なジェームズ・リーズン氏は、不安全行動には、意図する行動と意図しない行動があるとし、うっかりミスや勘違いも不安全行動であるとしています。うっかりミスのようなヒューマンエラーに対しては、「フェイルセーフ」や「フールプルーフ」といった人間工学的な対策が有効です。

一方、意図的な行動に対しては、社会心理学や社会的な文脈での解釈が必要です。つまり、違反=意図的な行動は、動機付けや信念、態度、規範、組織文化の問題から発生するため、ヒューマンエラーと別の対策が必要になるということです。

ではなぜ、意図的な違反が起きるのでしょうか。ルール違反の要因には、(1)ルールを知らない、(2)ルールを理解していない、(3)ルールに納得していない、(4)ルールを守らなくても注意を受けたり罰せられたりしない──といったことが挙げられます。手順を守らない方が仕事を楽に終えられるとか、同僚も同じようにやっているとか、違反しないと仕事が終えられないとか、こうした違反は、「状況依存型違反」と呼ばれています。

リスクテイキング

一方、事故やけがなどのリスクがあっても、行動を実行に移すことを心理学ではリスクテイキングと呼びます。例えば、安全帯を着けずに高いところに登るのもリスクテイキングの一つです。

こうした行動の背景には、リスクを過小評価したり、リスクを取った方が高い価値が得られたり、リスクを避ける方がデメリットが大きい(安全帯を着けると作業しづらいなど)といったことがあります。

このような、違反やリスクテイキングの要因がたくさんある現場では安全ルール違反が多発します。これらの状況を放置すればルールを誰も守らなくなり、重大なことが起きない限り、安全に関心が向かないという文化が生まれてしまいます。組織としてルールを守っていく風土をつくっていかなければいけません。

違反を減らす方法

意図的な違反を減らすためには、ルールの必要性を理解し、納得した上でそれを守ってもらうことが必要になります。そのためには、経営層・管理層と現場で作業している人とのコミュニケーションが重要です。ルールの納得性を高め、自発的にそれを守るようにするということです。

個人がルールを守らない場合、会社や職場に対する愛着やコミットメントが欠けている場合があります。職場を早く辞めたいとか、こんな仕事が嫌だという場合には、違反が起こりやすくなります。こうしたケースでは、長く働き続けたいと思ってもらう、良好な人間関係を築くなどの環境づくりが求められます。心理的安全性も事故防止に有効です。

リスクテイキングに対しては、リスクを過小評価しないように事故を起こした場合の重大性を教育する必要がある一方で、リスクをあえて取らざるを得ない工程管理や作業計画の見直しが求められます。ここでも現場との対話が重要になります。

対話の中では、効率や生産性も大切であることをはっきり言った方がいいと思います。安全対策が口先だけのきれいごとになってしまえば、安全施策は現場に響きません。安全を担保しつつ、効率化を図る方法を探ることが大切です。

安全文化の創出

違反を取り締まるだけでは、エラーを隠したり、報告しなかったりするようになるかもしれません。大切なのは、作業する人が自律的・主体的に安全ルールを守るような安全文化をつくっていくことです。

安全文化とは、グループのメンバーが総体として、安全の重要性を認識し、ヒューマンエラーや不安全行動に対して鋭い感受性を持ち、事故予防に対する前向きな姿勢と有効な仕組みを持つことを指します。先ほど登場したリーズン氏は、安全文化のためには、(1)報告する文化、(2)公正な文化、(3)柔軟な文化、(4)学習する文化──の四つの要素を取り入れる必要があると述べています。

安全文化をつくるためには、経営トップから現場第一線まで安全について考えたり、議論したりすることが必要です。会社に対して不信感があれば、ルールをつくっても守られません。守れないルールを押し付けるのは、最悪のマネジメントです。守れるルールをつくることが何より大事です。

これまでの安全教育は、ルールを教えてそれを守らせることでした。これからの安全教育はそうではなく、自分ならどうするのかを考えてもらうことが大切になります。例えば、少人数で本音でディスカッションして、現場の状況を自分なりに考えてもらい、自分で判断できるようになる。このように現場の第一線が自分で考え、自律的に安全でかつ効率的な作業の仕方を決められることが、本当の安全文化です。

経営側はこうした研修を怖がります。なぜなら、場合によっては現場の判断でルールを逸脱するかもしれないからです。しかし、実際にはそうではありません。作業する本人が安全のために何をすればいいのかを考えることが、組織の安全文化をつくっていくのです。

協力会社の現場の作業員がルールを守らないと考えるのならば、その原因をつくっているのは発注側や元請け側にもあるという認識を持つことが大切です。ルール違反がマネジメントの問題だと認識できれば、問題の根っこは同じだと気付くはずです。

しなやかな現場力が大切

私は最近、失敗を防ぐことを安全管理の目的にするのではなく、成功を続けることを目標にしようと訴えています。これまでの安全対策では、失敗の原因を調べて要因を洗い出し、それをやめさせるためにルールをつくるということを繰り返してきました。しかしこれだと細かいルールがたくさん増えていき、結果的にルールが守られなくなります。細かいところまでマニュアル化するときりがないので、細部の調整は現場に任せるしかありません。

こうした中、安全管理の分野では、「セーフティⅡ」という新しい安全概念が登場しています。これまでの安全観は「事故が起きないこと」「悪い結果を避けること」だったのに対し、これからは、「ものごとがうまくいくことを確かなものにする」ことをめざそうという提案がされています。

そのために必要なのは、「うまくいっている」ことの振り返りです。その業務が普段うまくいっているのはなぜかを振り返る中で、新たなリスクやうまくいくためのより確かな方法が見えてきます。

現場第一線が決められたことを決められたとおりに行うだけでは、想定外の事態に効果的に対処できません。現場第一線が自分で情報を集め、意思決定し、自律的に行動する力が求められています。こうした「しなやかな現場力」がシステムの持続性・レジリエンスを高めます。安全管理を形骸化させず、事故を防ぐためには、現場第一線を巻き込んだ組織的な対応が求められます。

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