特集2023.05

組織としての労働安全
事故を防ぐ
社会保険加入で請負から雇用へ
変わる建設業界の労働安全

2023/05/15
多重下請け構造下の労働安全はどうあるべきだろうか。多重下請けのイメージがある建設業界だが、構造が変わりつつある。どのように変化しているのか。国土交通省の審議会などにも参加する識者に聞いた。
蟹澤 宏剛 芝浦工業大学 教授

社会保険の未加入対策

国土交通省は、2012年から建設業での社会保険未加入対策に本格的に取り組んできました。主な目的は、技能者の処遇の向上と人材の確保、公正で健全な競争環境の構築です。

当時の建設業界では、5次請け、6次請けは当たり前で、10次下請けのような事例もありました。建設業界では、「けがと弁当は手前持ち」とよくいわれてきましたが、これは請負労働者はけがをしても自分の責任という意味です。

建設業界が重層構造になるのは、必然ともいわれますが、そんなことはありません。建設業界が重層構造になる基本的な理由は、社会保険料や税金の負担を避けるためです。こうした構造を見直す必要がありました。

建設業界では、特定の会社の仕事を専属的にしているのにもかかわらず、請負契約で働く人がたくさんいました。社会保険の未加入対策は、こうした人を雇用契約に切り替え、社会保険に加入してもらうことを意味します。

取り組み始めた当初は「絶対に無理」とまで言われました。しかし、この10年間で取り組みはかなり進みました。日本建設業連合会の大手クラスの建設現場では社会保険の未加入者はほとんどいなくなっています。国交省の公共事業労務費調査において、10年前は厚生年金の加入者は半分程度でしたが、現在では8〜9割にまで上がっています。

イギリスの仕組み

労働災害を防ぐためには、安全設備の充実と人に対する教育訓練というハードとソフトの両面からの対策が必要です。

日本の建設業の労働災害の発生率は、各国と比較して高くないのですが、上には上がいます。イギリスの建設業における労働災害(死亡)の発生率は日本の5分の1で、世界でも断トツに死亡災害が少なくなっています。

背景には、イギリスの建設業の優れた教育訓練のシステムがあります。イギリスには「建設技能証明スキーム」(CSCS)という仕組みがあり、建設労働者はこのカード(「CSCSカード」)を持っていないと建設工事現場に入れません。

国家基準に基づく建設技能者の技能レベルを証明する機能もあり、技能レベルごとに13種類にランク分けされています。さらに、安全衛生試験を受けて試験をパスしなければカードを発行してもらえません。加えて3〜5年ごとに再試験や更新が必要です。この仕組みは労働災害を減らすために大きく役立っていると思います。

また、このような仕組みを設けると、カードを持っていない人、つまり技能がない人や安全教育を受けていない人は建設現場に入れないことになり、賃金ダンピングを防ぐ要因にもなります。

日本の建設工事費の単価はアメリカやイギリスと比べて低いです。単価が安いから数をこなすという考えになり、それは不安全行動にもつながります。日本にも「建設キャリアアップシステム(CCUS)」はありますが、イギリスのような厳密な運用はされていません。今後の活用が期待されます。

一人親方の問題

日本の建設業の死亡災害は現在、年間200人台です。死亡事故は、大手ゼネコンの建設工事現場ではほとんど起こりません。にもかかわらず死亡事故が年間数百件台に上るのは、中小の建設工事現場で事故が起きているからです。中小の現場では設備面の対策も弱い上に、労働安全の意識がまだまだ低いという問題があります。

かつ、一人親方が多いことも問題の背景にあると思います。一人親方になると教育を受ける機会がなくなるからです。会社に雇用される労働者であれば、雇用保険を使った教育訓練を受けることも可能です。しかし、一人親方だと独立してから何十年も現場の経験だけで仕事をすることがあります。新しいスキルなどを学ぶ機会が少なくなってしまうことが事故発生にも影響しています。重層請負の問題の一つは、このように安全教育が徹底されないところにあります。

請負から雇用へ

建設業では、建設業法の改正を受け、2020年10月から建設会社の社会保険加入が義務化されました。法人の事業所や従業員が常時5人以上いる個人事業主は社会保険に加入しなければ、建設業許可が取得できません。

こうした取り組みの結果、建設工事現場では、4〜5次請けが当たり前だったものが、2〜3次請けまでというように重層構造が変化してきました。

背景には、建設業界の人手不足があります。建設業の就業者はピークの約685万人から500万人を切るまでに減少しています。特に大工の数はピーク時から3分の1に減少しています。これだけ人材が減少していると、重層構造を利用して人を集めるということもできなくなっていきます。これまでは重層構造の中で、法令順守を徹底しなくても工期に無理やり合わせるようなことも行われてきましたが、それも難しくなっていくでしょう。

こうした現状を踏まえれば、日本の建設業界は請負から雇用への流れが進むのではないかと思います。これまでは一人親方は社会保険料がかからないからもうかるという考え方もありましたが、これからは違います。雇用契約を締結して、社会保険に加入し、労働法で守られる存在になっていきます。そうすることで労働安全の教育もしやすくなり、事故防止にもつながるはずです。

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