組織としての労働安全
事故を防ぐ睡眠不足は作業ミスや事故につながる
リズムを保った睡眠確保が大切
准教授
睡眠不足とヒューマンエラー
睡眠時間の国際比較をしてみると、調査によって多少結果は変わるものの、日本の平均睡眠時間は6時間30分前後で、参加国の中で最下位となることがほとんどです。この結果は例えばアメリカと比べて30分から1時間も短く、長い間日本は、先進国のうち最も眠っていない国の一つとなっています。
必要な睡眠時間量には個人差があるため、一概に「〇時間寝ればいい」とはいえません。年齢によっても必要な睡眠時間は変わります。ただそうしたことを勘案しても、6時間30分という睡眠時間は働く世代にとっては短いといえます。特に若い世代ほど必要睡眠時間量は長い傾向にあるため、心身の健康を損なわせる睡眠不足に注意が必要です。
睡眠不足による眠気は、ケアレスミスや居眠り運転だけでなく、多くの重大な産業事故や医療事故の原因にもなっています。例えば、スペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故や、スリーマイル島原発の事故は、調査委員会の報告書によって作業員の睡眠不足が間接的に影響していたと結論付けられています。
睡眠不足と疲労による事故の損失額は、米国だけで年間160億ドル、全世界では800億ドル以上に達すると報告されています。日本でも睡眠不足によって生じる経済損失の額が試算され、国内で年間約3.5兆円にも上ることが示されました。このうちおよそ3兆円が、日中の眠気によって生産性や作業効率が下がることで生じる損失でした。
人は睡眠不足になると、脳の認知機能が低下し、これが要因となって作業効率が低下します。14日間にわたって睡眠時間を短くし、その期間中、一定のタイミングで認知課題を行う実験では、睡眠不足が蓄積するにつれてエラーの数が増えていきました。興味深いことに、最初の数日は眠気が高まるのに、3〜4日目以降は高まらなくなりました。エラーの数は日を追うごとに増えるのに、それに伴って眠気が強く自覚されるわけではないという結果です。つまり、慢性的な寝不足状態では、自分の眠気に鈍感になってしまうことを示しています。睡眠不足に気付かないまま、本来のパフォーマンスを発揮できずに日々を過ごしている人がたくさんいる可能性を示唆しています。
睡眠覚醒リズムも大切
睡眠不足を解消するために、週末にいわゆる“寝だめ”をする人もいるかもしれません。注意してほしいのは、「社会的時差ボケ」です。「社会的時差ボケ」とは、体内の時刻と社会的な時刻(始業と終業時刻など)がずれることで、時差ボケのような症状が出る状態を指します。
週末いつもよりも遅く起きてしまうと、睡眠のリズムが乱れ、長く寝たのにスッキリせず、その日の夜の眠りの開始も遅れ、睡眠不足で1週間が始まることにつながります。「ブルーマンデー」という言葉がありますが、これには睡眠覚醒リズムが乱れたことによる心身の不調もかかわっていると考えられます。心臓の鼓動や呼吸にリズムがあるように、体温や内分泌系などにも日内変動があり、人間の体はリズムによってできていると言っても過言ではありません。睡眠リズムの乱れの影響は、全身に及ぶ大きなものです。
どうしても寝不足になり週末に長めに寝たい場合、起床時刻を平日と大きくずらさないことが、リズムを乱さないためのポイントです。なるべく長めに寝たいのであれば、むしろ就寝時刻を早めることを心掛けてほしいと思います。
リズムの影響がより顕著なのが、シフトワーカーです。日勤から夜勤に異動させる場合、体内のリズムが整うのに3週間以上かかるといわれています。日本では、3交代制のように短期間でシフトの入れ替わりが多い勤務体制をよく見かけますが、健康の観点からは睡眠のリズムに配慮したシフトづくりも重要です。
数年前、国が「朝型勤務」を奨励しましたが、睡眠学の観点からは多くのリスクが想定できます。睡眠時間だけでなくリズム体質にも個人差があり、「朝型」の人もいれば、「夜型」の人もいます。「夜型」の人が極端に早朝から勤務すると心身への負担は非常に大きく、従業員一律に「朝型勤務」を求めることは推奨できません。似た制度にサマータイムがありますが、各国の調査でその省エネ効果は大きくなく、むしろ事故や健康リスクが増大することが明らかにされています。
日々の睡眠を見直す
「少し寝足りない」程度でも、1〜2週間続けば徹夜以上のダメージがあることがわかっています。週末に長く寝ないともたないとか、疲れが取れないとか、日中眠気が出る人は、平日に睡眠が足りていないサインかもしれません。慢性的な睡眠不足は週末だけ長めに寝ただけでは解消されないことも示されているので、生活習慣を見直すことも必要です。寝酒を控えることや、寝る直前のテレビやパソコン、スマホなどの強い光を避けることも、睡眠の質を高める工夫です。
企業が従業員の睡眠のためにできることもあります。例えば、昼寝ができるような環境の整備や、勤務間のインターバルを確保することが挙げられます。ただし昼寝は、長く寝てはいけません。また、夕方以降もNGです。夜の眠りに影響しないよう、お昼休みくらいの時間帯に、15分ほど眠るのが最も効果的です。
睡眠の優先度を上げる
日本の睡眠時間が短い背景には、睡眠時間を削ってでも頑張るべきという考え方があるように思います。慢性的な寝不足によって生産性は低下し、事故のリスクは高まります。そして免疫力は低下し、生活習慣病やうつ病といった種々の疾患リスクが高まります。仕事の作業効率や自身の健康維持をおろそかにすることにもなりかねず、決して賞賛すべき考え方ではありません。労働安全や健康のためにも、「忙しいときはまず睡眠時間を削る」というスタンスから、社会全体が卒業しなければならないと思います。