特集2023.05

組織としての労働安全
事故を防ぐ
進むICTを活用した労働災害防止
技術者のレジリエンスも大切

2023/05/15
ICTを活用した労働災害防止の取り組みが進んでいる。ICTは事故防止に役立つ一方、現場の技術力=レジリエンスを高めるために活用することも重要だ。
建山 和由 立命館大学教授

進むICTの利活用

国土交通省は、建設現場におけるICTの活用を施策の主要な柱とする「i-Construction」という施策を2016年からスタートさせています。ICT利活用の目的は生産性向上が中心でしたが、事故防止や安全性向上にも効果が見込めるとして活用が始まりました。

建設労働災害防止協会(建災防)では、ICTを活用した労働災害防止をこの間、議論してきました。労働災害防止におけるICTの活用には三つの効果があります。

一つ目は、「省人化」です。人が機械に接触する場面を減らすことで事故防止に効果があります。例えば、測量や重機制御にICTを活用するなどにより重機作業を行う場所に人が立ち入る場面を減らすことができます。

二つ目は、センサー機能などによって事故発生を予防する効果です。例えば、激突や挟まれなどの危険を察知したらブザーが鳴り警告したり、機械を止めたりすることで事故の発生を予防します。実際、RFIDタグや超音波、レーザー、画像センサーなど、さまざまな機能が搭載された機械が登場しています。国土交通省は、安全装置に関する新技術を比較できるサイトを公表しています(新技術情報提供システム、NETIS)。

三つ目は、VR(仮想現実)、MR(複合現実)などの技術を用いた安全教育です。例えば、VRゴーグルなどを用いて仮想空間の中でローラー車にひかれたり、高い橋梁から落ちたりなどの体験ができます。この安全教育のいい点は、現場で作業する人だけではなく、監督者や発注者など、現場には普段いない人も事故体験ができることです。事故の怖さをわかってもらった上で関係者全員で作業の安全性を議論できます。

データベース化

離れたところから現場の状況を確認する「遠隔臨場」も広がっています。具体的には作業員がウエラブルカメラを装着したり、ネットワークカメラを設置したりすることで、現場の状況を確認します。当初は監視されることを嫌がる作業員もいましたが、運用してみると見られているという意識が働く結果、不安全行動が少なくなったという事例が報告されています。

また、見られていることで整理整頓が進み、効率性の向上や事故の防止につながっているという声もあります。オンラインでつないでおけば事故が起きてもすぐに対処できる上に、事故が起きてしまった場合でも原因究明のために映像を活用できます。中小企業では共同で現場の映像をストックし、安全教育に活用する取り組みを始めているところもあります。

建災防では、「労働災害防止のためのICT活用データベース」を立ち上げ、開発者と利用者が意見を交わしながら技術を開発する双方向のデータベースをつくっています。

また、「ヒヤリハット」や「グッドジョブ」の事例を集めてデータベース化する取り組みも進めています。将来的には集めたデータをAIに解析させ、事故の発生を予測するような仕組みをつくることも可能になるでしょう。

想定外の出来事への対応力

しかし、それでも予測できない事象は起こります。日本は高度成長期に驚くほど速いスピードで質の良いインフラを整備してきましたが、それは設計を体系化してマニュアルをつくってきたからでした。しかし、その一方で技術者の技術力が落ちるという課題も生まれました。技術力とは、計画外や想定外のことが起きたときに適切に対処する力です。

そこで被害を最小限に食い止めるために必要な力が、「レジリエンス」と呼ばれるものです。「レジリエンス」は、現場での豊富な経験や知識から育まれます。ICTやAIが発展したら安全が担保できるかというと必ずしもそうではなく、安全のためには働く人のレジリエンスが必要です。そのためには心理的安全性や自己効力感、メンタルヘルスのほか、良い睡眠が取れているかといったことも必要だといわれています。ICTやAIは、事故を未然に防ぐだけではなく、働く人のレジリエンスを高めるためのサポートとして活用することも重要です。

魅力的な産業になるために

イギリスでは、建設工事にかかわる各主体の責任を明確化する中で、安全に対する発注者の責任も明確化しました。無理な納期で作業させたり、安全管理の予算を安上がりで済ませたりして事故が起きると発注者の責任も問われます。そのためイギリスでは、建設作業を計画的に進めるために、BIM(Building Information Modeling)と呼ばれる、3Dモデルを活用した建設現場のマネジメントが進んでいます。発注者は工程管理や労働者の作業環境に配慮するようになり、事故が大幅に減りました。日本も見習うべき点が多いと思います。

日本の建設業界は深刻な人手不足に陥っています。新型コロナウイルスの影響が小さくなったことで、人材獲得はますます厳しくなることが予想されます。

対処法の一つは、少ない人でも対応できるようにする「省人化」。もう一つは、魅力的な産業にしていくことです。給料や休暇などと合わせて大切なのが、安全性です。建設業の危険なイメージを払拭し、より安全に働ける職場にするためにもICTの活用が大切です。

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