特集2023.08-09

平和の訴えを止めない
安全保証環境の変化と平和運動
戦争を回避せよ
戦渦に巻き込まれないための
日本の外交政策とは?

2023/08/16
昨年12月、政府は日本を取り巻く安全保障環境の悪化を理由に歴史的な軍事力拡大を決定した。戦争を回避するためには、軍事力強化一辺倒でいいのだろうか。戦争回避のために日本がすべきことは何かを聞いた。
猿田 佐世 弁護士
新外交イニシアティブ(ND)代表

日本の安全保障リスク

私が講演や学習会でいつも強調するのは、日本一国であれば戦争になる可能性は、ほとんどないということです。

北朝鮮がミサイルを飛ばすのは、日本を狙っているのではなく、アメリカ東海岸を狙えるミサイルを持つことで、アメリカとの交渉力を高めるためです。仮にミサイルが日本のどこかに落ちるようなことがあれば、北朝鮮は日米同盟に基づく反撃に遭って、現体制は崩壊します。北朝鮮の指導部がそうしたリスクを取る可能性は極めて低いでしょう。

また、ロシアは、ウクライナ戦争で手いっぱいで、日本に侵攻してくる可能性はないといっていいでしょう。

さらに、中国が日本に侵攻する理由もありません。尖閣諸島の問題が思い浮かぶかもしれませんが、尖閣諸島での武力衝突がウクライナでの戦争のようになるリスクを踏まえれば、中国が尖閣諸島を侵攻するメリットはないでしょう。

このように、日本一国だけで戦争になる可能性は、ほとんどありません。

最も高いリスク「台湾有事」

日本が戦争に巻き込まれる可能性が最も高いのが、台湾有事です。これは日本と中国の戦争ではなく、米中もしくは中台の戦争です。中国が台湾に武力侵攻し、米国がそこに介入し、日本が戦争に参加するというシナリオです。台湾有事(=台湾戦争)の回避が、日本の安全保障にとって最重要課題です。

与党政治家の中には、「台湾有事は日本有事」と発言し、自衛隊派兵の可能性を触れるなど、日本を戦場にするリスクを自ら取るような動きをする政治家もいます。しかし、台湾有事に何らかの形で介入すれば、日本は反撃を受け、民間人も含めて甚大な被害が生じます。日本が戦争に巻き込まれるかどうかは、日本の主体的な選択でもあるのです。

だからこそ、日本が台湾有事にどう向き合うかが問われます。その際、日本が選択の意思を示す重要な場面の一つが、日米安保条約に付随している「事前協議制度」です。この制度は、米軍が日本防衛以外の目的で在日米軍基地を使用し戦闘行動する際には、事前協議を行うこととするものです。日本はこの制度を前提に、今の時点から、(1)台湾有事の際の日本からの出撃は事前協議の対象になること、(2)日本は事前協議で必ずしも賛同するとは限らないこと──を米国に伝えておくべきです。最近なされている台湾有事のシミュレーションの多くで、アメリカには在日米軍基地の使用が決定的に重要とされており、そのように伝えることで米国の対中政策が慎重なものになる可能性があります。岸田首相も、今年3月の参議院予算委員会で、事前協議において日本が在日米軍基地からの出撃に「NO」の意思を示すこともあり得ると答弁しています。

巻き込まれないための意思表示

日本は、世界でも珍しいほど「アメリカファースト」な国です。例えば、東南アジアの国々は、自国の安全保障リスクが高まる可能性があれば、アメリカに対しても懸念を示します。2021年にアメリカとイギリス、オーストラリアが「AUKUS」という軍事同盟を締結した際、東南アジアのいくつかの国々は、軍拡競争や武力衝突のリスクを高めるとして懸念を示しました。日本はこうした懸念を示すことがありません。自国民を守るために日本も意見を言うべきところではしっかり物申すべきです。

日本とアメリカの利益は、完全に一致するわけではありません。例えば、台湾有事を考えてみましょう。遠いアメリカ本土は戦場にならなくても、日本は戦場になります。そのリスクが最も高いのが沖縄であり、在日米軍基地や自衛隊の基地の周辺地域です。戦禍から国民を守るために、アメリカ一辺倒ではなく、自分たちの意見を述べる必要があります。

「安心供与」の外交政策を

戦争回避のためには、米軍との過度な一体化を見直すとともに、抑止力強化一辺倒の政策を見直す必要もあります。

日本はすでに世界有数の軍事力を持つ国です。アメリカのあるシンクタンクは去年の時点でも日本の軍事力は世界で5番目と評価していましたが、去年12月に決定した防衛費の倍増で、日本は2027年度には世界で米中に次ぐ3番目の軍事費支出国になります。

もっとも、それでも中国の軍事支出の5分の2程度にしかなりません。中国のGDPは日本の4倍にまで成長していますが、中国の軍事支出は、GDPの2%未満です。つまり、日本がいくら防衛費を増やしても中国に追い付くことはできないばかりか、日本が防衛費を増やせば相手は簡単に軍事費を増やすことができるのです。例えていうと日本が戦闘機を1機購入したら、中国は4機購入できるのです。これらの数値でわかるように中国に軍事力で対抗しようとするのは、現実的ではありません。

戦争を確実に防ぐためには、「抑止」とともに、相手が「戦争してでも守るべき利益」を脅かさないという「安心供与」が不可欠です。そのために、この線を越えたら戦争も辞さないという一線を明確にし、それを双方が越えないことを確認する外交を展開しなければなりません。

私たち「新外交イニシアティブ(ND)」は、2022年11月に政策提言(『戦争を回避せよ』)を公表しました。この中では、次のような外交を展開し、米中双方に自制を促すべきだと訴えています。

具体的には、中国に対しては、台湾への安易な武力行使は、中国に対する国際的な反発を招くことを訴えつつ、「一つの中国」「台湾の独立は支持しない」ことを明確に示すことで、「安心供与」を行い、自制を求めます。

アメリカに対しては、過度な対立姿勢をいさめるべく、米軍の日本からの直接出撃が事前協議の対象であることをてこにして、台湾有事に必ずしも「YES」でないことを伝えます。さらに、ASEANなどの東アジア諸国と連携しつつ、戦争回避の国際世論を作っていきます。このように米中双方に対して自制を促しつつ、台湾有事を回避する外交を展開すべきです。

「現実的」に考える人ほど

冒頭お話ししたように、日本一国だけであれば戦争に巻き込まれるリスクはありません。

また、日本を取り巻く安全保障環境を冷静に分析すれば、軍事力を強くしても日本は中国に勝てません。「現実的」に考える人ほど、そのことに目を向けてほしいと思います。軍事力のみに頼る抑止力一辺倒の政策では戦争を回避できません。「安心供与」に基づく外交政策を展開する必要があります。例えば、防衛費の増額に充てるお金を一部だけでも外交に充てれば、かなりの成果が生まれるはずです。台湾有事は避けられない運命ではありません。政治は、最後まで外交を諦めないでほしいと思います。

平和運動を担ってきた人たちの高齢化が進んでおり、あと10年もすれば運動できる人もいなくなっていきます。軍事力一辺倒の政策や憲法9条の改正に違和感を持っていたとしても、平和運動をする人がいなければ、社会全体は軍事力強化の方向へ引っ張られていきます。だからこそ今行動することが大切です。労働組合の平和運動に心から期待しています。

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